ベネッセ教育総合研究所
キャリア教育再考
IPUコーポレーション
チーフディレクター
松高 政(まさし)
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キャリア教育再考

第1回 データに基づく検証と議論で理念と方向性の確実なリンクを
立ち止まり考える段階

 「Stop to Thinkのための節目」。キャリアに関する研究で知られる神戸大学の金井壽宏教授がよく言われる言葉だ。キャリアをデザインするために、節目だけは立ち止まって自分のキャリアについて考えることが大切だ、という意味である。この言葉はさらに、大学人がキャリア教育について立ち止まって考えてみるべき節目にきている、という意味にも捉えることができる。
 キャリア教育は、その必要性が強調される段階を過ぎ、「何を」「どのように」行うべきか、さらには、どんな効果がもたらされているのか、という点を検証する段階に入っている。キャリア支援とその教育が流れに任せるものであってはいけない。それは、ごくごく地味な、高山への山登りのごとき取り組みだ。進むべき道を誤らないためにも、この連載を通して、文字通り“Stop to Think about Career Education=キャリア教育再考”を試みたい。

ノウハウは蓄積されたか

 近年の大学でのキャリア教育の広がりは、時代の要請に応えるものである。一方、ブームともいえるこの現状は、机上の理屈で「わかった」という思い込みを生んではいまいか。キャリア教育に必要な基本的な内容や技法、それを正当化する理論、さらには関連する諸学を軽んじる傾向はないだろうか。
 それを物語るデータとして、私たちが2002年10月に実施した調査の結果(有効回答数:全国の国公私立343大学)を紹介したい。調査では91.3%の大学が「低学年でのキャリアに関する指導が必要」と考え、57%の大学が「指導を実施している」と答えている(図表)。

図表

図表

 さらに、実施している大学に実施上の課題を複数回答で聞いたところ、「実施のためのノウハウの蓄積」という答えが45.4%で3番目に多かった。裏を返せば、残り半数以上の大学ではノウハウが蓄積されているということになる。日本では高等教育段階でのキャリア教育についてアカデミックな研究は全くといっていいほど蓄積されておらず、参考にすべき理論や方法論がほとんどないにも関わらず、である。
 キャリア教育の理念は高邁である。文科省によると「望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技能を身に付けさせるとともに、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる」(中教審答申)ことである。こうした主張に異論はないが、理念の輝かしさがかえって客観的、分析的な議論を妨げてはいないだろうか。実際、これまで多くの大学でキャリア教育のプログラムや教材開発に関わる中で、観念論や印象論に基づく捉え方に直面することが多かった。
 例えば、毎回外部のゲスト講師を招く10数回の授業は、各回の講師の話は現場に根ざした説得力のある内容であろう。しかし全体を通して見ると、学生のどのような課題を解決したいのか、どんな効果を期待しているのかという点がよく分からない場合がある。崇高な授業理念と方法論とが結びついていないのである。
 「いや、授業で毎回きちんとアンケートをとっている」という場合でも、キャリアの授業に関するアンケートは一般的に、内容がよほどひどくない限り結果はおおむね良好である。なぜならキャリアの授業は、学生にとって初めて聞く内容が多く新鮮だからだ。アンケート結果を見て「自分たちは、いいこと、これまでにはない新しい内容をやっている」と考えていては、単なる自己満足で終わってしまう可能性もある。
 もちろん、このようなやり方に全く意味がない、などと言うつもりは毛頭ない。むしろ、学生のためを思い、時間とお金とエネルギーを注いで熱心に取り組む姿勢が伝わってくるからこそ、それをより効果的なものにしなくてはもったいないと思うのである。
 キャリアの授業を実施したことで「学生の目の色が変わってきた」というコメントを聞くことも多い。「だからうまくいっている」で終わらせてしまうのではなく、どのような内容をどのような技法で教えた場合に学生の目の色が変わるのかに着目してほしい。学生のどんな部分がどう変化したのか。この点こそが宝の山である。そこをきちんと検証し蓄積することによってこそ、他の大学ではマネのできない、独自の効果のあるキャリア教育につながる。そのヒントは、直接学生に接している大学教職員の方々にしか把握できない。



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