ベネッセ教育総合研究所
キャリア教育再考
IPUコーポレーション
チーフディレクター
松高 政(まさし)
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まねできない取り組みを

 先日、ある大学で1年生を対象にしたガイダンスで話をした。終了後、学生が「テーマパークでアルバイトをしているのですが、ゼミの先生との面談で、『何の意味もないし役にも立たない』と言われました。本当にそうでしょうか?」と、不安げに聞いてきた。恐らくその教員は、違う意味を込めてアドバイスしたに違いない。しかし、残念ながらこの学生に伝わったのは、バイトに意味がないということだけだ。良かれと思ってした助言でも、結果的にはむしろ学生を戸惑わせ、頑張ろうという気持ちをネガティブにしてしまっている。
 学生たちの質問を聞いていて何より感じたのは、アルバイトや進路、友人とのことを相談する相手や機会がないのだろうか、ということだった。大学生にとって特異な問題ではなく普通に抱く戸惑いのはずなのに。この大学では、1年次から基礎ゼミを行い、教員との個人面談を行っているにもかかわらず、である。もちろん、熱心に取り組み学生を元気づけている教員もいることはわかっているが。
 キャリア教育をうまく実践している大学の取り組みについて他の大学の方に話すと、規模、学生の質、歴史、所在地などが違うから簡単にまねできない、だからあまり参考にならない、と言われることもある。しかし、考えてほしい。簡単にまねができないからこそ、他の大学との差別化につながり学生にとっても魅力ある、特色ある大学になる。やり方をそのまま参考にしようと考えるのではなく、特色あることに熱心に取り組んでいることに励まされ、自大学でも他にまねできない独自の工夫をすればいいのである。
 体系立ったキャリア教育講座やキャリアセンターという仕組みももちろん大事だが、日々の学生一人ひとりとのやり取りこそが、キャリア教育の出発点であろう。それでこそ「すべての教育は、キャリア教育であるべきだ」という理念にもかなっている。

学生のせいにしない

 先日、お好み焼き専門店の大手チェーン「千房」社長の中井正嗣氏の話を聞いた。店長が暗いと店員も暗くなる。するとお客様が下を向いて食べる。そんなお店は間違いなく儲かっていない、ということだった。飲食店にとって味が良いことは大前提であるが、勝負はそれを提供する「人」にあるというわけだ。
 今でこそ「千房」に入社したいという学生も多くなったようだが、以前は「お好み焼き屋なんてかっこ悪い」と言われ、学校の成績は悪い、素行も問題あり……というタイプしか来なかったそうだ。しかしそのような学生でも、一度採用したからには、家族と同じように教育するという。「自分の子どもだったら、出来が良かろうが悪かろうが育てなくてはいけない。社員も同じです」というのが、中井氏の基本的な考えだ。大学にも同じことがいえる。「学生に元気がない」「うちの学生は……」という嘆きを聞くことも多い。しかし、元気がないのは学生のせいなのか。キャリア教育であれ、1年次教育であれ、学生への効果は、月が昇るがごとく、じっと見ていても動きは見えないが、ふと気がつけば高く昇っているようなものであるはずだ。そんな地味な努力が大学にも求められる。
 中井氏は「サービス業は人を育てる教育業だ」と言う。それなら、大学は教育というソフトを提供するサービス業である。お好み焼き屋も大学も、「教育」というキーワードで繋がっている。どちらも、魅力はそこで働く人によって決まる。


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