ベネッセ教育総合研究所
特集 今、なぜキャリア教育か
小杉 礼子
小杉 礼子氏
労働政策研究・研修機構副統括研究員

1978年雇用促進事業団職業研究所(現・労働政策研究・研修機構)に入り03年から現職。主に学校から職業への移行期に関する調査研究を担当。著書に『フリーターという生き方』(03年、勁草書房)など。
藤田 晃之
藤田 晃之氏
筑波大学大学院人間総合科学研究科助教授

中央学院大学商学部講師などを経て98年筑波大学教育学系講師、03年2月から現職。教育学博士。学校から職業への移行支援などを研究。著書に『キャリア開発教育制度研究序説』(97年、教育開発研究所)など。
松高 政
司会 松高 政
(株)アイ・ピー・ユー・コーポレーション
チーフディレクター
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今、なぜキャリア教育か
 キャリアセンターなど事務組織が中心になって行うキャリア支援は、学生サービスの一環として多くの大学に広がっている。しかし、セミナーへの参加が学生の主体性に任されるなど、限界も見えてきた。そこで、すべての学生を視野に、教育の中に位置付けてキャリア意識の形成・向上に取り組む大学も増えつつある。その動きを探りながら、今なぜキャリア教育が必要なのか、課題はどこにあるのか、考える。
鼎談 「モデル不在」「評価の難しさ」をどう乗り越えるか
 キャリア教育を導入する大学が増える一方で、多くの大学が様々な問題を抱えている。そもそもキャリア教育とは何なのか。何をモデルにし、どのようにして効果を検証できるのか。大学の人材育成や諸外国におけるキャリア教育に詳しい専門家に話し合ってもらった。
企業利点の顕在化でインターンシップの市場化を(小杉)

松高 私どもの2002年の調査では、57%の大学がキャリア教育を実施しており、そのほとんどはここ5年くらいの間に始めています。この急速な展開をどうご覧になりますか。
小杉 社会の変化にようやく大学が追いついてきたのではないでしょうか。これまでは企業と大学の役割分担がはっきりしており、大学は誰が優秀かというシグナルを出すだけでよかった。企業はそれを参考にして採用し、一人前に教育していたわけです。ところが社会や経済の変化に伴って、企業は採用を絞り、大学は多様な学生を受け入れざるを得なくなっています。進学と採用のちょうど中間に位置する大学は、両方の変化に対応する必要に迫られています。
藤田 付け加えると、サバイバル戦略の中でキャリア教育を「売り」にして差別化しようと考える大学が増えているのだと思います。また、高校が大学に入れることにひたすら力を注ぎ、おろそかにしてきた部分の教育を、大学がフォローせざるを得ないという側面もあるでしょう。
松高 キャリア教育の導入が目立つ一方で、これというモデルがないこともあって、どの大学も暗中模索で進めているようです。日本の大学改革はアメリカをモデルにすることが多いのですが、キャリア教育でもアメリカには確立されたモデルがあるのでしょうか。
藤田 アメリカでは、自己理解を深め自分をアピールする技術を学ぶ授業としてキャリア教育が成立しています。多くの場合、学歴とアルバイトを含む職歴の他に、資格証明書、技能・経験を裏付ける作品・業績の写真や記録をファイリングしたポートフォリオ(書類フォルダー)の作成が軸になります。履歴書に定型書式がないアメリカでは、就職活動でこれが自己PRに使われ、企業側も重視します。
 就職したい企業が何を求めているのかも考えた上で、デザインや文字のフォントまで工夫して作るポートフォリオが、キャリア教育のプロセスを通じて厚みを増していく。自分とは何か、どこが自分の魅力なのかをつかみ、どうアピールするかを学ぶわけです。
松高 アメリカでキャリア教育の中心になるのは、教員と職員どちらでしょうか。
藤田 いわゆるティーチングスタッフ、つまり教員ですが、キャリア教育に関連した博士号が要求されるわけではありません。教育内容は多くの大学の間で共通性があり、ハイスクールで行われている進路指導も踏まえ、キャリア発達論に則したオーソドックスな授業をしているようです。
松高 すると、キャリアセンターの職員は、ジョブプレースメント、日本でいう就職指導に軸足を置いているのでしょうか。
小杉 それももちろん重要な役割ですが、アメリカの大学のキャリアセンターは、出口だけではなく在学中の履修指導にも関わっています。学科や学部の移動、転学が比較的自由にできるシステムになっているので、キャリア形成の一環としてこれらの相談に応じ、どのタイミングでどんな科目を履修すればいいか助言します。学生にとっては、入学後のあらゆる進路決定の場面でキャリアセンターに支えてもらうわけです。
松高 このようなアメリカのキャリア教育は、日本でも参考になるとお考えですか。
藤田 海外のモデルを紹介する時に気を付けないといけないのは、NEET(Not in Education, Employment or Training)にしてもインターンシップにしても、その言葉や取り組みが最初に生まれた国の状況と、日本の状況が大きく異なっているということです。例えば、日本でよく紹介されるボストンのノースイースタン大学の場合、最大6カ月間の有給インターンシップを、在学中に最低でも3回は実施します。当然4年間では収まらないので、5年間在学することになります。
 これをそのまま日本に導入することは不可能です。キャリアセンターのスタッフの数が全然違うし、受け入れ側の企業の体制も違いますから。プログラムの中身だけでなく、それを動かす組織やシステムなど運営方法も含めた紹介がなされるべきです。そのプログラムによってどんな効果が出ているのかという情報も重要で、そこまで詳細な分析をすれば、日本でも参考にできる点は多いと思います。
小杉 日本的な文脈に落として理解せざるを得ないという点は同感です。日本の場合、基本的には4月1日をもって学生から社会人に切り替わるシステムになっており、アメリカ社会とは大きく異なります。その中で大学としてできること、できないことを判断しながら、少しずつアメリカの事例を取り入れている状況といえるでしょう。
 外国のプログラムを導入する時に運用の仕組みを考慮すべきだという指摘も、その通りだと思います。労働市場の状況や大学以前に受ける教育などバックグラウンドを考慮した結果、日本では、2週間から1カ月のインターンシップが主流になっているのでしょう。
藤田 日本のインターンシップについては、大学が頭を下げて受け入れ企業を確保し、企業は社会貢献として学生を受け入れるといったイメージがあります。でも、学生を受け入れたことで副次的な効果を得る企業も多いはず。その情報がもっと表に出てくれば、もう少し相互恩恵的なものになると思います。それによって、企業はしっかりした受け入れ体制を整え、大学はインターンシップをカリキュラムの中にきちんと位置付ける方向へと発展するはずです。
小杉 企業にとってのメリットを明確にする形で、インターンシップを市場化すべきだと考えています。一部の企業が導入している採用型のインターンシップは今後増えていくでしょう。こうした採用型と従来の教育型のバランスを取りながら、インターンシップに参加したい学生と受け入れたい企業とのマッチングを図る場として、市場が形成されることが望ましい。それは行政の役割でしょうね。


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