ベネッセ教育総合研究所
大学改革の行方 法科大学院で変わる進路指導
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Chapter2
法科大学院が学部教育を変える


内部進学率だけでは大学は選べない
 法科大学院が設置されたことで、既存の法学部にはどのような影響が考えられるだろうか。
 大学入試への影響としては、内部進学への期待から、法科大学院のある大学の法学部の人気が上昇することが考えられる。実際、中央大では04年度入試において、実質倍率が前年実績を大きく上回っている(※3)。
※3 中央大の実質倍率は03年度7.5倍に対して、04年度8.8倍。同時に、合格者の平均偏差値も上がっており、進研模試集計データによると03年度69.6に対して、04年度71.3だった。
 しかし、一橋大や中央大のように、学部生に対する優遇制度を設けていない大学が少なくないことは前述した通りだ。元々、法科大学院は学部とは全く独立した機関であり、従来の学部と大学院のような連続性はほとんどないのである。
 もっとも、学部生に対する優遇制度については大学の方針次第という面もあるようだ。
 「法科大学院の運営には多額の費用が必要です。学部入学者の確保が難しい一部の大学の中には、法科大学院への内部進学率をアピールして学部生を増やし、学部の授業料を法科大学院運営費に充てる経営方針を立てるところも出てくると思いますね。しかし、優遇制度等を設けて安易に法学部から法科大学院への内部進学のハードルを下げると学生の質の低下を招き、結果として国家試験合格率が低下する可能性があります」(一橋大・松本教授)
 先々の司法試験や教育の質までを考えると、内部進学率の高さ(進学保障)だけで大学を選ぶのは、必ずしも得策とは言えないようだ。

専門特化型と教養重視型近未来に向けた二つの流れ
 学部の教育内容や制度への影響はどのようなものが考えられるだろうか。
 「これまでの法学部の多くは、必ずしも法曹を目指す人ばかりとは限らず、幅広い教養と共に法律学の基礎を身に付けて、一般の企業や官公庁に就職する人も数多くいました。したがって、法科大学院ができたこれからも、多様な就職先に向けて人材を輩出する学部であることに変わりはないと思います」(文部科学省・長谷川氏)
 ただし、大学によっては運営方針に応じて学部の特色をより強く打ち出してくる可能性は考えられるという。それには「二つの流れが考えられる」と、中央大・森教授は指摘する。
 「一つは法科大学院の既修者コースを目指して、比較的高いレベルの法律学を学ばせる学部、もう一つは、法律学に関する科目は極力基礎的なものに絞り、教養教育に重点を置く方針を取る学部です。長期的に見れば、法学部という名称であっても、現在のそれとは位置付けが異なるものになる可能性は否定できませんが、アメリカのように法学部が全面的に廃止されるということはないと思います」
 一橋大はその中間に学部の在り方を位置付けている。
 同大では04年度から、発展的な科目は法科大学院に移し、学部では基本的な法律科目に絞って学べるようカリキュラムを再編した。教員が法科大学院と学部を兼任する場合が多いため、大学院に教員の手が割かれる物理的制約を解消すると共に、法学部に必要な教育とは何かを追求した結果である。
 「従来の法学部では、多様な進路に対応できるよう幅広いカリキュラムを組む必要がありました。しかし今後は、法曹養成は法科大学院が担うわけですから、学部では法律科目をスリム化し、法科大学院で既修者としての教育を受けるにふさわしい法律基本科目についての知識をじっくり身に付けさせると共に、社会において法律がどのような機能を果たしているかという『社会科学的教養としての法学』や他の社会科学を幅広く履修してもらいたいと考えています」(一橋大・松本教授)
 そこで同大が採用しているのが「副専攻プログラム」である。
 法学を主専攻(メジャー)として履修する他、経済学など他の社会科学の分野を副専攻(サブメジャー)として履修することができる。最大の特徴は、副専攻であっても修了した学生には一定の学力を保証する証明書を交付するという点だ。「将来は二つの学士号を取れるようになる可能性もあります」と一橋大・松本教授は述べる。
図2

大学院から学部へ「教育の技術波及」
 制度面の変更以外に考えられるもう一つの変化は、法科大学院から学部への「教育の技術波及」である。
 先述したように、現在、特に国公立大では複数の教員が法科大学院と学部を兼任する場合が多い。そのため、法科大学院で展開されている「ソクラテス・メソッド」による教育法と同様の手法が、学部教育にも波及していく可能性があるという。
 「現在でも、法科大学院の教育に手応えを感じている教員は多いですから、学部教育に積極的に生かしていこうという気運は高まっていくでしょう。大学を選ぶ際には、単に法科大学院の有無に着目するのではなく、法科大学院の存在が学部教育の質にどのような影響を与えているのかという面も、意識してもらえればいいですね」(中央大・森教授)
 法科大学院の教育が、どのように学部に還元されているかという点も、今後、大学選択の段階で見ていく必要があるというわけだ。ただ、こうした双方向的な授業が効果を上げるには、学生一人ひとりが自ら学ぼうとする意欲を持ち、主体的に授業に参加することが前提となるのは言うまでもない。
 学びの主体はあくまで学生であり、教員は学生の知識を整理する脇役に過ぎない――。法科大学院が、大学教育本来の姿を取り戻すきっかけになるのかも知れない。


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