ベネッセ教育総合研究所
特集 顧客・応援団としての卒業生
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若手を巻き込む仕組み

 このように、卒業生の結束力と機動力が突出する慶應義塾でも、数年前から危機感が広がっているのだという。他大学と同様、若い卒業生が三田会に入らない、会合に参加しないという声が各組織から聞こえだしたからだ。田中理事は、これが在学生の帰属意識の低下の延長線上にあると分析する。「早慶戦では、かつては学生席のチケットを求めて売り場に行列ができたのに、今では空席が目立ちます。ラグビーに人気を奪われたのかというと、そうでもない」。
 柔軟な履修システムが浸透し、クラスという基盤がなくなっていることも要因に挙げる。「われわれの頃はクラス、サークル、ゼミという3種類の仲間がいるのが当たり前で、卒業後もそれぞれのネットワークを維持していますが、今やクラスがなくなり、サークルにも入らない学生が増えています」。
 従来「好対照」と指摘されてきた慶應と早稲田の卒業生の帰属意識についても、「今やあまり違いはないのでは」とみる。「以前ならどちらを目指すかという受験生の意思が明確で、学生はおのずと『慶應タイプ』『早稲田タイプ』に分かれていました。今は入れればどちらでもいいという受験生も多く、均質化とアイデンティティの薄さにつながっているのでは」。
 こうした変化を受け、近年は大学を挙げて若手巻き込み作戦を展開している。その一つが塾員対象のものなどホームページの充実だ。

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塾員向けHPでは、各校舎等にある慶應義塾のシンボル・ペンマークのバリエーションを紹介している
 ビジュアルを多用し音声機能で塾歌も挿入、大学の歴史に触れたり現在のキャンパス風景を眺めたりして、誇りと懐かしさを感じてもらえるよう工夫した。メルマガ配信、施設の利用やクレジットカードなど塾員の特典もPR。教職員、学生、卒業生のコミュニケーションサイトの準備も進んでいる。稼働すれば、卒業生は情報を受けるだけでなく、恩師や後輩、かつての仲間と双方向のコミュニケーションができるようになる。
 卒業直後から同窓会活動に引きつける仕組みも考えた。2年前から、慶應連合三田会の大会の実行委員会に、前年度卒業の三田会の幹事にもオブザーバーとして参加してもらっている。「先輩たちの結束と活動ぶりを見せ、10年後には自分たちも一緒にやるんだという自覚を高めたい」と田中理事。

情報発信で信頼関係を築く

 現役の生徒や学生と卒業生の交流も進めている。03年から本格導入した「CANDO(感動)ネット」では、生徒らがサイトに疑問を書き込み、卒業生が答えたり学ぶ機会を提供したりする。「裁判員制度って何?」という中学生の問いには、三田法曹会が10人の生徒を弁護士事務所に招き、業務や法廷を見せながら説明した。世代を超えた交流は、スポーツやアウトドアにも広がっている。
 塾員向けの広報誌の定期発行も検討中で、試みとしてこの夏、塾生の保護者向けの季刊誌『塾』の増頁号を作って全塾員に送る。田中理事は「慶應がどこに向かい何をしているか伝えたい。好評なら発行頻度を増やすことや新媒体の立ち上げを考えます」と話す。
 こうしたアプローチをする上で重要なのが卒業生の住所等データの管理で、どの大学でもその収集と更新がネックになっている。慶應義塾では、4年に1回の評議員選挙がデータ収集のシステムとしても機能している。現在、約30万人いる塾員の26万人ほどの住所を保有。卒業生評議員選出の投票用紙は11万人から戻りがあり、そこで住所の変更情報を把握している。「通常、卒業生向けプロジェクトのレスポンスは5万人が限度。その2倍以上のデータを集められる貴重な機会です」と田中理事。
 今、慶應義塾が母校の方を向いてほしいのは「普通に受験して普通に入学して学生生活を送り、卒業して普通に疎遠になってしまったオーディナリーアラムナイ」(田中理事)だという。社会に散って連絡が取れなくなった卒業生に対して第一にやりたいのは、母校の現状と方向性を伝えること。「寄付をお願いしなければいけないことももちろんありますが、慶應が何をやろうとしていて、財務状況はどうなのか、日頃から継続的に知らせ信頼関係ができていてこそ、『じゃあしようがない』と協力してもらえる。寄付の依頼状だけを見て母校を思い出すような関係では無理です」。

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