ベネッセ教育総合研究所
特集 顧客・応援団としての卒業生
 
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「税制の見直しが必要」

 02年の「U.S.NEWS & WORLD REPORT」に掲載された、卒業生が母校に寄付する割合の大学ランキングによると、1位はプリンストン大学で64%。続いてダートマス大学49%、ノートルダム大学48%、ハーバード大学47%、デューク大学46%、エール大学45%となっている。大学と卒業生との緊密な関係がうかがえる。
 日本社会における「寄付文化醸成の提唱者」を自任する田中理事は、最大の壁は日米の税制の違いだと指摘する。日本では、個人が大学に寄付する場合、1万円を超える分について所得の25%を限度として控除が受けられる。これに対しアメリカでは、州による違いもあるが、基本的に税金はかからない。私学団体では、所得に対する上限を25%から50%に引き上げるよう求めているが、税額から直接控除されるようにするなど、制度を抜本的に見直すべきだというのが同理事の考え。「そうでないと納税者にとってインパクトが弱すぎ、自分のお金をどう生かすか考えるときの選択肢になりにくいのでは」。
 加えて、日米の大学間の体制の違いも挙げる。「大学の規模にもよりますが、アメリカだと寄付を集めるスタッフが50〜70人います。ファンドレイジング(募金活動)は当たり前の業務として組織の中に組み込まれており、財務担当スタッフもきちんと確保されています」。慶應義塾では、塾員センターの職員は7人で、寄付を担当する基金室はわずか6人だ。
 多くの大学が苦労する卒業生情報の収集は、欧米ではどのようになされているのか。「日本の大学とは比較にならないほど頻繁に広報誌を送っていて、それが所在を把握するツールにもなっています。ケンブリッジのダウニング・コレッジでは、OB会の会報に毎回、卒業年度別に住所不明者の一覧が掲載され、『知っている人は情報を』と呼びかけています」。ただし近年の日本ではこれも難しい、と指摘。「個人情報の問題が厳しくなったので、第三者から情報を得ても本人の承諾なしに名簿を書き換えて会報を送ることはできません」。結局、住所が分からない相手と直接連絡をとる必要がある、という難題にぶつかる。

同窓会と顔の見える関係を

 慶應義塾では、三田会の若返りと活動の促進を図りつつ、スタッフが卒業生と直接話し合う機会も増やそうと努めている。全国各地で開かれる三田会の会合には、安西祐一郎塾長、田中理事ら法人幹部や塾員センターの職員が積極的に足を運ぶ。「すべての会員は無理でも、せめて役員たちとは顔の見える関係をつくっておきたい」。そこでは、大学に対する意見や注文も耳にする。「最近は、『慶應は難しくなりすぎて地方の高校から入るのが大変』と言われます」と苦笑する。
 国内だけではない。海外に出張する際には、その国にある三田会の役員に連絡し、周辺国の三田会の役員にも集まってもらい懇談する。田中理事も昨年、ヨーロッパ出張の機会を利用して塾長と共にドイツ、スペイン、イギリス、フランス、ハンガリーなど各三田会の役員と交流。今年は北米で同様の場が設けられた。
 多くの大学が卒業生とのネットワークづくりに動き出す中、「慶應に学べ」とばかりに質問や相談を受けることも多い。国立大学の間でも関心の高まりを感じるという。「これまで卒業生が重要なリソースだという発想を持っていなかった国立大学では特に、データの収集に悩んでいるようです」。
 卒業生の力を借りたいから関係構築を、という発想には疑問を呈する。「あくまでも大学として卒業生に何ができるかを出発点に据えるべき。その結果卒業生が母校の方を向き、有形無形の貢献をしてくれるのではないでしょうか」。
 慶應義塾が卒業生のためにできる最も大切なこととは、「誇りを持ってもらえる母校であり続けること」だという。そのためには、教育や研究、学生サービスの質を高め、社会に貢献し、そうした動きと目指す方向を卒業生に発信していく必要がある。
 「卒業生との関係を築く上での私立大学の優位性は、建学の精神を持っていること。それを求心力にして、在学生と教職員も含め全員の気持ちを束ねることができるはず」。慶應義塾の建学の精神は、福沢諭吉が掲げた「独立自尊」。「この理念に基づいて、卓越したリーダーシップで社会に貢献できる人材を育てることは、卒業生に対する責任でもあります」。
 08年には創立150年を迎える。記念事業のスローガンにも、“21世紀の福沢塾”を目指すという理念を盛り込む方向だという。大きな節目を飾るこの事業もまた、多くの卒業生、三田会の誇りをかけた支援によって展開されることになりそうだ。



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