アセスメント・教材研究開発室

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eテスティングとeポートフォリオ :コンテンツからビッグデータ時代へ(第3回)

2014年05月23日 掲載
研究員 中島 功滋

関連タグ:
eテスティング eポートフォリオ

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開催日

2014年1月27日

会場

ベネッセコーポレーション東京本部(多摩)

発表者

植野 真臣(電気通信大学大学院 情報システム学研究科 教授)

内容

 講演会「eテスティングとeポートフォリオ :コンテンツからビッグデータ時代へ」を開催し、教育分野におけるICT環境の変遷・eテスティングを支えるテスト理論・eポートフォリオの実践例等について植野真臣先生(電気通信大学大学院情報システム学研究科教授)に講演していただきました。講演者の植野先生による内容紹介の3回目です(第1回第2回,第3回)。

学習コミュニティSNSにおけるeポートフォリオ

 eテスティングによる系列データ 

 前報にて、教育分野のビッグデータを用いた競争力のある技術eテスティングを紹介した。eテスティングは、等質なテストを何度でも受験できる機会を受験者に与える画期的な技術として世界標準になって以来、国家試験などのハイステークステストに導入されつつある。このように何度でもテストを受けられるようになると、一人の受験者のテスト結果が時系列的に蓄積されるようになり、それを管理する仕組みが必要になる。そのような仕組みを提供するのが、eポートフォリオ(ePortfolio)である。しかし、eポートフォリオはテスト結果を蓄積するだけのものではない。より広い学習評価を実現できる技術として注目されている。

 知識とは何か? 

 ところで、一般社会で能力のある人とはどのような人であろうか。学校のテストで点数が取れることがその人の能力を保証してくれるのだろうか。テストの得点だけで能力を測定できると考えている人は少なく、その人の実践的なパフォーマンスを見てみないと能力はわからないと多くの人は答えるだろう。そもそも知識を客観的に問うはずのテストでの問題解決と実践的な社会での問題解決は違うのか。
 この問題は「知識とは何か?」という根源的な哲学的問題にまで遡らねばならない。2000年以上も前に、プラトンは「知識とは『正当化された真なる信念(justified true belief)』」と定義している。その後、多くの哲学者が「真なるものとは何か。正当化はどのようにするのか。」といった問いの解決に従事してきた。
 20世紀に入り、ウィトゲンシュタインという哲学者がプラトンの定義とは全く異なる知識についての深い洞察を与えている。後期のウィトゲンシュタインの考察をまとめると次のようなものである。

1.知識は共同体や状況を前提としており、細かい単位で独立に分離することはでき
  ない
2.共同体にはいろいろなレベルや分野があり、それらが互いに重なっていたり、一方
  が他方に含まれていたりもする
3.社会という共同体は最も大きい共同体であり、そこでの知識創造は科学者が担い、
  知識の硬化は教育が担っている
4.「知識創造」「学習」「わかる」とは、共同体での社会的実践である
5.知識は分散しており、ほとんどが既存知識や他者の知識を前提として用いており、
  分業により社会が成り立っている
6.知っているとは、個人的知識と社会的知識を近づけることであり、機能と概念を
  共有していないといけない

 評価の考え方の遷移 

 ウィトゲンシュタインの考えによると、知識は社会的に構築されており、さらにそのコミュニティも様々なサイズのものが重なりながら存在している。人が、住んでいる地域特有の文化を持ちながら、科学的知識を学び、同時に企業でも働けるのはそのためである。この考え方は、認知科学という新しい分野を創造するだけでなく、クーンの科学革命など科学哲学や教育の構成主義と呼ばれる分野に強く影響を与えた。教育分野では、ヴィゴツキーによる社会的構成主義の系統がウィトゲンシュタインの考え方を強く引き継いでおり、「学習」がコミュニティや他者との関係に埋め込まれていると考える社会的構成主義が普及してきた。実際、学校現場も暗記を中心とする行動主義などから社会的構成主義へと移行しつつある。

 eポートフォリオ 

 教育理論の変容とともに教育評価理論も変化しつつあり,社会的構成主義の考え方から eポートフォリオは生まれた。「ポートフォリオ」とは、自身の学習、スキル、業績を実証するためのあらゆる成果(work)を、ある目的のもと、組織化/構造化し時系列的にまとめた収集物である。
 今日では、eラーニングの普及により大量の多様な学習履歴データが自動的に収集できるようになってきた。これらの学習履歴データやテストデータ、または学習者が作成したレポートなどの学習成果物をインターネット上のサーバーに自動的に蓄積し、学習コミュニティで共有することができるようにした仕組みがeポートフォリオである。
 このような仕組みを構築すると、学習成果物(レポートやデータ解析/プログラム作成課題など)を他の学習者に評価してもらうこと(ピアレビュー)や、SNS(social network service)と連動して、日々の学習スケジュール・学習時間・学習内容を日記のように継続的に記録することも可能となる。他者の成果物を評価することは評価者自身の学習にもよい影響を及ぼすことが期待され、成果物・評価・継続的記録データは学習者本人が見ることにより内省を促すだけでなく、他者にも閲覧を許して他者から学ぶ教材ともなるのである。
 例えば、大量の大学生の学習履歴(日々の学習時間や学習コンテンツなど)と各学生が卒業後に就職した企業のデータが蓄積されていれば、それらを本人の同意のもと在学生に匿名で公開するだけでも多くのサービスを提供できる。学生は自分と卒業生の学習履歴を比較することで、希望の業種・企業に就職した先輩は(今の自分と同じ頃)どのような学習をしていたのか、今の自分の成績や学習の仕方でどのような就職先の見通しがあるのか、何を改善すれば自分の希望に近づくのか、などを類推することができる。
 このように、eポートフォリオはテストデータだけでなく、他の学習履歴データを組み入れ、膨大なデータを蓄積することにより、価値の高いアドバイスを学習者に行うことができるのである。

 他者からの学びを促進するeポートフォリオ 

 社会的構成主義というヴィゴツキー理論は、その後、物理的なスキルや過程よりも「メタ認知」や「経験による学習」を重視した認知的徒弟制に引き継がれてきた。Collinsら(1991)は、学校における具体的な教育法として以下を提案している。

1.モデリング(modeling):学習者が観察・模倣できるように教師が課題遂行の
  成功例を見せる
2.コーチング(coaching):学習者が課題を模倣する間、教師が観察・励まし・
  ヒント・アドバイスなどのあらゆる学習促進を与える
3.足場かけ(scaffolding):コーチングの一部とも解釈されるが、学習者の課題実行
  を支援して成功に導くことであり、学習者の能力に適応的に提供される。最終的
  には支援は減少させ(フェーディング)、最終的には自立させる
4.詳述(articulation):学習者が自身の知識や思考を言語化し、外化する
5.省察(reflection):学習者が自身の遂行と他者の遂行の差異を比較できるように
  する
6.探索(exploration):学習者自身が解決すべき問題を発見できるような段階に導く

ヴィゴツキー理論や認知的徒弟制では、他者からの学びこそが本質であり、特に少しだけ自分より能力の高い他者からの学習が効率的であると考えている。このような意味で、多様な学習者データを大量に蓄積できるeポートフォリオは最新の効率的な学習環境を提供できると期待される。そして、このようなサービスを実現するためには、良質のデータを大量に集めるだけでなく、その膨大なデータを高速に処理できるビッグデータ技術が必要となるのである。

文献

Collins, A. (1991). Cognitive apprenticeship and instructional technology.  In L. Idol & B. F. Jones (Eds.), Educational values and cognitive instruction: Implications for reform (pp. 121-138). Hillsdale, NJ: Lawrence Erlbaum Associates.

報告者

ベネッセ教育総合研究所 アセスメント研究開発室 研究員
< 中島 功滋 >

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