グローバル教育研究室

ベネッセのオピニオン

第50回 英語5技能の時代に育てる「21世紀型能力」
‐東南アジアの英語教育国際セミナーに参加して考えたこと‐

2014年05月30日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 グローバル教育研究室
主任研究員 加藤 由美子

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英語教育

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 英語の大学入試4技能(聞く・話す・読む・書く)化が検討されています。実現すれば画期的ですが、世界のトレンドはもはや「英語5技能」。世界レベルで使用されている言語教育の枠組みCEFR (ヨーロッパ言語共通参照枠)の能力記述は4技能に'interaction'(やりとり)が加わり、5技能に分かれています。「対話」はまさに時代のキーワード。対話力を高めることは21世紀を生きていく上で重要なことですが、この「対話」をうまく使うことで、「21世紀型能力」の中核をなす「考える力」を育てることができるという、新たな「智」を得る機会がありました。

常夏の国シンガポールで毎年行われる英語教育の熱い議論

 SEAMEO (東南アジア教育大臣機構)という政府間組織の傘下に、言語教育の研究や研修を行うRELC (地域言語センター)があります。シンガポールに拠点があり、毎年国際セミナーが開催されます。今年も4月に23カ国317人が参加し、熱い「対話」を行いました。第49回大会のテーマはCritical Competencies for the 21st Century Language Classroom(21世紀の言語教室での批判的能力)。これまでのテーマは、英語(言語)習得中心でしたが、今回は言語力育成を通して「21世紀型スキル」の育成を考えるものでした。過去2回参加した時は、10名ほどの日本人がいましたが、今回日本から参加したのは筆者一人だけ。日本における英語教育研究は言語習得中心で、「21世紀型スキル」育成に対して関心があまり高くないことが現れているように思いました。

東南アジアで注目される、PISA上位の国シンガポールが目指す「21世紀型スキル」

 文部科学省のプロジェクト成果報告の中で提唱された「21世紀型能力」は、OECD(経済協力開発機構)の「キー・コンピテンシー」などとともに、多様化した、変化の激しい社会の中で、他者と共生しながら新しい価値を生み出していくために必要なもの、という共通性を持っています。

 具体的な能力イメージについて、シンガポール教育省が提唱し、2010年以来教育改革を実行している「21世紀型スキル」の枠組を紹介します。RELCセミナーの冒頭で、シンガポール教育省・教育局局長から発表されたものです。

 

図1

出典:シンガポール教育省ホームページ

 

 円の中心は、知識や基礎的スキル、性格、信念、姿勢などの中心価値。次のリングにあるのは、他者への気遣い、人間関係の構築、責任ある決断などの社会的・情動的能力。さらにその外側にある'Civic Literacy'(市民として能力)、'Global Awareness and Cross-cultural Skills'(グローバルな意識と異文化対応スキル)、'Critical and Inventive Thinking'(批判的かつ独創的思考)、'Information and Communication Skills'(情報・コミュニケーションスキル)が「21世紀型スキル」です。

「21世紀型能力」育成の英語教育からのアプローチ ‐'interact'から'interthink'へ

 RELCセミナーでは、英語教育を通して「21世紀型スキル」を育成するための研究や実践が共有されました。その中でケンブリッジ大学教育学部のNeil Mercer教授が、'Creating Effective Dialogues for Teaching and Learning'(教育と学びのために効果的な対話を創造すること)というテーマで講演されたものは印象的でした。

 Mercer教授は'Thinking Together Project'で、教科教育やコミュニケーションスキルの育成と'Thinking Skill'(思考するスキル)の育成をつなげて行うことを20年以上かけて研究・実践されてきました。プロジェクト活動はイギリス、メキシコを中心に、フィンランド、オランダ、日本、スペインでも行われています。プロジェクトが推奨する授業では、教科学習の中で子どもたちが「対話」を行います。それは単なる表面なやりとりではなく、そこで'interthink'(一緒に考える)することが大切なポイントです。教授の考えは、"Language does not only enable us to interact, it enables us to 'interthink'. If we improve the quality of classroom talk, we improve the quality of learning."(言葉は我々にやりとりを可能にするだけでなく、共に考えることを可能にする。教室での対話の質を上げれば、学びの質を上げることができる)というものです。'interthink'する中で、人は他者の頭の中にあるものを考え、他者の'Point of View'(ものの見方)を知ります。それをたくさん行うことで、人の心を推し量れるようになるとともに、多角的なものの見方もできるようになるということです。それをうまく促すためのポイントが紹介されました。

 

■ 教師が授業中に話す内容や働きかけのポイント

  • 教師は生徒よりたくさん話さない。
  • Yes/Noで答えるclosedな質問でなく、できるだけ5W1Hのopenな質問をする。
  • 生徒には、はっきりしてなくてもよいので、まず意見を言ってみるように促す。
  • できるだけ生徒だけで話していけるように促す。
  • 議論で明らかになった誤解について説明や解釈を加える。
  • 小グループのいい議論内容を全体に伝えて他グループの議論の参考にできるようにする。
  • 生徒が経験したことのありそうなことを現状の議論につなげて話す。

 

 Mercer教授は、教室内で「対話」を活性化し、'interthink'を深めるためには、活動や生徒の発達や状況にあわせた'Ground Rules'(共通ルール)を設定する必要があり、それを生徒の目に見えるような形で教えることが重要であると述べられました。

 

■ 対話におけるGround Rules(共通ルール)

  • 参加者は関連性のある情報を提供する。
  • すべての人の意見は価値あるものと認めた上で、批判的に評価する。
  • 相互に質問をし合う。
  • 理由を聞き、理由を答える。
  • 合意に至れるように努める。
  • お互いに信頼し合い、チームとしてワークする。

子ども達が「人と関わって得る智」のすばらしさを体験する機会を増やす

 「人の世には三智がある。学んで得る智、人と関わって得る智、みずからの体験によって得る智がそれである。」島崎藤村の言葉です。

 「21世紀型能力」を育成するためにも、この三智が必要だと思います。基本的な知識や技能を教わり、学んで習得すること、それらを仲間と協働しながら深め発展させること、そして身につけたことを実際の体験の中で使いながら磨くこと。この三智を子どもたちが、いつ、どのような組み合わせで身につけていくのかという教育設計は難しいものですが、様々な研究や実践が行われつつあります。一方で「21世紀型能力」と構えることなく、当たり前のこととして、すでにご自身で実践されている先生方もたくさんいらっしゃるでしょう。

 言うまでもなく、「21世紀型能力」の育成は、対話による'interthink'だけでできるものではありません。しかし、その中核となる役割を果たします。人と関わることは難しく、面倒くさいこともあります。異なった価値観や意見を持った人と関わると葛藤も起きます。多様な人とよりつながり易くなった時代であるにもかかわらず、子どもたちは敢えて人と深く関わることを敬遠しがちです。しかし、それは「一人でするより仲間と一緒にしたほうがうまく行った」「仲間と一緒にすることは楽しいし、充実感を味わえる」という、関わりによって得られるもののすばらしさを感じる体験をまだあまりしたことがないからかもしれません。RELCセミナーに過去2回に参加し、多様な人々と関わった体験のすばらしさが今回の参加を促してくれ、また新たな「智」を得ることができました。英語学習をすると、道具としての言語力を身につけるにとどまらず、それをうまく使って人と関わり、新たな「智」と喜びを得ることができます。子どもたちには、できるだけたくさんの人と関わる体験を通して、新しい「智」を得、それを得る喜びを感じてもらいたいと思います。

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著者プロフィール

加藤 由美子
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員

福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、大阪支社にて進研ゼミの赤ペン指導カリキュラム開発および赤ペン先生研修に携わる。その後、グループ会社であるベルリッツコーポレーションのシンガポール校学校責任者として赴任。日本に帰国後は「ベネッセこども英語教室」のカリキュラムおよび講師養成プログラム開発等、ベネッセコーポレーションの英語教育事業開発に携わる。研究部門に異動後は、ARCLE(ベネッセ教育総合研究所が運営する英語教育研究会)にて、ECF(幼児から成人まで一貫した英語教育のための理論的枠組み)開発および英語教育に関する研究を担当。これまでの研究成果発表や論文は以下のとおり。


関心事:何のための英語教育か、英語教育を通して育てたい力は何か

その他活動:■東京学芸大学附属小金井小学校、島根県東出雲町の小学校外国語活動カリキュラム開発・教員研修(2005~06年)■横浜市教育委員会主催・2006教職キャリアアップセミナーin 横浜大会講師(2006年)

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