ベネッセ教育総合研究所 グローバル教育研究室室長 主席研究員
㈱ベネッセコーポレーション大阪支社を経て、ベルリッツ・シンガポールの学校責任者として駐在。帰国後は、ベネッセの英語教育事業開発を担当。研究部門に異動後は、ECF(幼児から成人まで一貫した英語教育の理論的枠組み)開発や東京学芸大学附属小金井小学校の外国語活動カリキュラム開発などに携わる。英語教育が、子どもの成長やことばの力の育成にどのように資するのか、に関心を持っている。
2018年10月31日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員 加藤 由美子
前回のオピニオンでは、子どもの英語コミュニケーション能力を伸ばすための3つの条件、英語に触れる(language exposure)、英語を使う(language use)、差し迫った必要性(urgent needs)について、また英語に触れる(language exposure)、英語を使う(language use)の「質」において、下記のようなMAP(meaningful, authentic, personal)が大切であることを高校生への指導を例に紹介しました。今回は幼児・小中学生の英語の指導や学びにどのようにMAPが大切かを紹介します。
meaningful
子どもにとって理解可能であり、面白いと感じ、それをやる価値があると実感する
authentic
子どもが本物と感じる(リアリティを感じる)
personal
子どもが自分事として、自分の英語(my English)を構築することに役立つと感じる
幼児・小学生の英語学習に関して、「文字学習が始まる前の学習者は、音声のみで語彙を認識することになるので、実体と言葉(ここでは英語)がしっかり結びつくように提示することが大切である」とアレン玉井光江先生(青山学院大学)は著書(*1)の中で述べられています。以前、あるバイリンガル幼稚園で、’cold water, warm water‘と言いながら、水とお湯を入れた洗面器に交互に園児の手を入れさせている授業を見学したことがあります。こういうことがまさに実体と言葉が結びつくことなのだと思います。しかし、日本の一般的な学習環境では、すべてに実物を使うのは難しいこともあるので、アレン玉井先生は以下のような提案をされています。これらを使えば、実物がない場合でも、子どもはリアリティ(authentic)を感じやすくなると思います。
(*1)アレン玉井光江(2010)『小学校英語の教育法-理論と実践』大修館書店
アレン玉井先生は、同じ著書の中で、「教師は1つの文脈の中だけで単語を教えるのではなく、様々な文脈の中でその単語を提示し、学習者が単語を十分に使いこなせるように指導に工夫を凝らす必要がある」とも述べられています。これはまさに、英語にたくさん触れる(language exposure)ことの重要性を語っています。また、「『意味のある(meaningful)文脈の中で』言葉を教えるという観点からすれば、第二言語習得においても物語は優れた教材である」と述べられています。幼児・小学生が英語にたくさん触れるために物語は有効であるとのことですが、どのようにすればよいのでしょうか。アレン玉井先生がまとめられた「お話」読みを成功させるポイントを確認したいと思います。
著書の中ではそれぞれの理由について述べられていませんが、子どもが「お話」の世界に集中して入り込み、味わいつくし、想像したり考えたりすることの大切さが推察されます。「お話」の世界は現実のものではありませんが、子どもがこのように「お話」に入り込めば、現実に勝るとも劣らない(authentic)、意味ある(meaningful)世界で、何度も同じ言葉に触れられ、その言葉が、子ども自身の中に息づくものになっていくように思います。最初は登場人物と同じ動作や動物の鳴き声をまねしてみたりすることから始まるかもしれませんが、やがて「お話」の中にたくさん出てくるセリフをまねし続けるうちに、実際の生活において、同じような気持ちになった時に、自分の言葉(personal)として思わず口をついて出てくるようになるのではないでしょうか。お腹が減ったら ’I’m hungry.’ 嬉しい時に ‘I’m happy.’ などです。それがその子どものmy English(*2)の基礎となっていきます。まずは小さなmy Englishから育てていきたいものです。
幼児・小学生の英語の指導や学びには、実物や物語など、MAPを取り入れやすい教材を使うことができます。一方で、中学校以降の英語学習では、履修すべき単語や文法項目が教科書の中で提示されており、MAPなしでそれらを理解し、練習し、覚えるものとして指導されてしまいがちです。しかし、それでは、中学生の頭や心はなかなか動かないと思われます。では、中学生の頭と心を動かすために、どのように英語学習や指導にMAPを取り入れるとよいでしょうか。公立中学校で長く指導された加藤京子先生(兵庫県立北条高校)の中学生への指導事例で、英語教育シンポジウム(*3)の中で発表されたものをご紹介します。
加藤先生は、「『書く』というのは教師から自立した行為なので、書く力を伸ばさないと子どもは自立していかない」とおっしゃっています。そこで「ある文法項目や文章パターンを条件とする中での『自由な』ライティング」とご自身が定義されているクリエイティブ・ライティングを、中学校1年生から段階を追って行われてきました。それは、初期であれば、「‘I want’を使って家で欲しいものを20個書こう」というような、知っている単語や文法が限られた中学校1年生でも実行できるものです。10個ぐらいなら書けてもさすがに20個は浮かびにくいのか、「書きつくした後に‘I want world peace.’ と書いてくる子どもがいるからすごい!」と加藤先生はコメントされていますが、「家で欲しいもの」を「20個」考えつくして書くという内容と量の組み合わせが絶妙な課題設定だと思います。自分の欲しいものならば、すぐに思いつかなくても考え続ける楽しさがあります。リアリティを感じ(authentic)、面白く、やる意味があると思い(meaningful)、自分事(personal)として取り組むことができます。英語をたくさん書く(language use)という、この活動は、英語コミュニケーション能力を高める条件の「量」と「質」の両方を兼ね備えています。「書く」を「話す」にして、言いたい単語を教えたり、調べたりする支援をすれば小学生でもできる活動だと思います。
加藤先生のクリエイティブ・ライティングの別事例をシンポジウムで発表されたポイントに沿って紹介します。テーマは「家族紹介のスピーチ原稿作成」です。
まず、この「家族紹介のスピーチ原稿作成」タスクが「家族のいいことを伝える」という課題設定で与えられていることに心が温かくなります。そして、この作品を作る活動の中にも、MAPがしっかり仕組まれています。
これがその作品の一つです。この作品で使われている文法項目は限られていますが、中学校1年生の中盤でこれだけの量と質を書けることは本当にすばらしいことだと思います。これを書くために、この生徒さんは、モデル文を参考にしながら、自分のお祖母さんについて愛情を持っていろいろ考え、髪型や服装、日常していること、好きなものなどをよく観察していることがうかがわれます。クリエイティブ・ライティングのポイント③に「最後の一文を工夫する」とあります。加藤先生によると、作文の最後は高校生でもうまく結べないそうですが、この生徒さんは大変うまく結んでいます。お祖母さんに ’cute’ と言う表現を使っているところがいいと思います。
加藤先生はシンポジウムで、「書くのが苦手な生徒は、読めないのに書くことを強制されているのではないか?」と問題提起されました。モデル文を与えることで、生徒はまずしっかりモデル文を読むことになります。またポイント④でスローラーナーにはその生徒の書きたいことに沿って、複数の文例を提示し、そこから選ばせるとありますが、実はその過程においても、生徒にうまく読ませています。この活動は、ライティングタスクに見えますが、まずはよく読ませ、まねしながら書かせ、その原稿を用いて発表させ、人のスピーチを聞かせ、QA(やりとり)まで行う、4技能5領域すべてを使うタスクであることがわかります。MAPに満ち溢れ、詳細ステップを踏んで書いた原稿は一生懸命発表するでしょう。また、自分が熱心に書いて発表するのであれば、クラスメートはどんなことをどのように書いているのか、興味を持って真剣に聞くはずです。まさに中学生の学びと言う意味においてはurgentな状態になっていると思います。
クリエイティブ・ライティングの作品は、文化祭で展示したりするとともに、一人一人の「創作ノート」に蓄積されていきます。加藤先生は、「創作ノート」を作る目的として、「英語力の伸長が、教師にも、生徒本人にもわかるように」とおっしゃられていますが、まさに最初は小さかったmy Englishがだんだん大きくなっていく、英語の学びの自立のステップを子ども自身が確認できるものになっています。
かわいい動物の鳴き声、たくさん聞いた ’I’m hungry.’ を思わず自分で言ってしまった驚きや喜び、そういう英語の音や言葉との出合いがたくさんあるお話読みを聞いた体験、大好きなお祖母さんの「いいところ」を伝えるために、改めてお祖母さんをよく観察し、知恵を絞って出来上がった作品、これらはきっと子どもたちの心に残ることでしょう。英語が使えるようになるには長い時間と努力を必要とします。そこでMAPは、英語とのいい出合い、英語で体験することや学ぶことの喜びを子どもたちに与え、英語を学び続けるエネルギーの源になってくれると思います。
㈱ベネッセコーポレーション大阪支社を経て、ベルリッツ・シンガポールの学校責任者として駐在。帰国後は、ベネッセの英語教育事業開発を担当。研究部門に異動後は、ECF(幼児から成人まで一貫した英語教育の理論的枠組み)開発や東京学芸大学附属小金井小学校の外国語活動カリキュラム開発などに携わる。英語教育が、子どもの成長やことばの力の育成にどのように資するのか、に関心を持っている。
教育に関する調査・研究データや教育情報誌、オピニオン、特集など、
サイトで公開している情報を検索することができます。
クリップボタンをクリックした記事を格納します。
※この機能をご利用する場合CookieをONにしてください。