初等中等教育研究室

ベネッセのオピニオン

第42回 「学力向上」のために必要なこと
学習「量」の確保に加えて「質」の向上を

2014年02月14日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 初等中等教育研究室
室長 木村 治生

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「学力向上」をとらえる視点

 子どもたちの「学力」を高めるためにどうするか。ここのところ、さまざまな自治体から相談を受けることが多くなった。全国学力・学習状況調査で都道府県ごとの順位が公表され、その高低が教育行政の一つの成果としてとらえられるようになったためだろう。その順位が、公教育の指標になりつつある。

 学力向上のために各自治体が必死になること。それ自体は、否定されることではない。子どもたちの能力を高めるために、公教育に投資をし、優れた教育実践を普及させる。すでに実績を上げている他の自治体や学校から、よい指導法を学ぶ。そうした取り組みが広まっていくのは望ましい。

 しかし、気がかりもある。学力向上のための自治体の取り組みが、どこを見ているのかという点だ。重要なのは、子どもたちの資質や能力が高まることにある。順位は一つの目安かもしれないが、本質はそこにはない。短期的な順位だけを気にせずに、長期的な視点で、子どもたちの資質や能力を高めるために何が必要かを考えたい。

 たとえば、今の子どもたちは、少子高齢化が進むことで生じるさまざまな社会課題を解決しなければならない。情報化の進展で増える大量の情報のなかから自分に必要なものを判断したり、グローバル化によって異なる文化的な背景を負った仲間と困難を乗り越えたりするような場面も増えるだろう。そのために必要となる力を培い、生活者や社会人として自立することが求められる。それが公教育で保証する最終ゴールだとしたら、日々の活動がそのゴールに整合的かどうかを意識すべきだ。短期的な順位の高低に一喜一憂するのではなく、未来の子どもたちの活躍につながるものなのかという観点から、学力向上のための取り組みを考えられるとよいだろう。

「学力向上」に必要なこと

 では、学力向上には、どのようなことが必要なのか。ここではシンプルに、学力向上に必要な要件を、学習の「量」と「質」の両面からとらえてみたい。「学力向上=学習の量×学習の質」というわけだ。

 

① 学習の量について

学力向上を図ろうと思うと、真っ先に思い浮かぶのは、学習時間の確保である。学習時間と学力や成績の間には明確な相関がある。図1は、全国学力・学習状況調査(平成25年度)のクロス集計の結果だ。学習時間が短い子どもに比べて、長い子どもはそれぞれのテストの平均正答率が高い傾向にある。勉強した子どものほうが、そうでない子どもよりも成績が上がるというのは、経験的にも正しい。

 

図1 全国学力・学習状況調査の平均正答率(学習時間別)

 

 とはいえ、学習時間を増やそうとしても、それは容易ではない。以前、このコーナー(第31回「生活をコントロールする力の大切さ」)でも書いたことがあるが、睡眠や食事などの基本的な生活の時間、学校にいる時間を除くと、子どもたちが自由に使える時間は意外に少ないからだ。結局、限られた時間をどうコントロールするかがポイントになる。図2は、テレビなどの視聴時間別に各テストの平均正答率を示している。この図に表われているように、長時間の視聴は学力にマイナスに作用する。これは、テレビなどのメディアの時間が増えれば、学習時間を減らさざるを得ないことが影響しているのだろう。学習時間の確保には単純に「勉強しなさい」と強制するだけではダメで、余暇の時間を削ったり、すきま時間を見つけたりといった具合に生活全体を見直す必要がある。そうした生活を主体的にコントロールする力は、短期的には学力を伸ばすことにつながるとともに、将来、生活者や社会人として自立するうえでの基盤になる重要な力だ。

 

図2 全国学力・学習状況調査の平均正答率(テレビなどの視聴時間別)

 

② 学習の質について

 つづけて、学習の質という観点で、学力向上について考えてみよう。学力向上が「学習の量」と「学習の質」の積だとすれば、一定の学習量は必須である。一方が「ゼロ」であれば、その積も「ゼロ」だ。しかし、同じ学習の量であれば、学習の質が高いほど、学力向上に効果がある。とすると、学習量と同じくらい学習の質が注目されなければならないが、なかなかそこまで施策の手が回りきらないという実態があるのではないか。「効果的な学習方法」を子どもたちにいかに獲得させるか。このことを、もっと考える必要がある。

 たとえば、子どもたちは、あまり計画的な学習ができていないようだ。全国学力・学習状況調査(平成25年度)から、「自分で計画を立てた家庭学習」を「している」(以下、「している」と「どちらかといえば、している」の合計)と回答した子どもの比率(全国平均)を見ると、小学6年生では58.9%だが、中学3年生では44.5%と半数を下回る。自分で目標を定め、学習を行い、その結果を評価して次の計画に反映させる。そのように自分の学習の状況を客観的にとらえる力を「メタ認知」と呼ぶ。メタ認知の力が高い子どもほど、「目標-学習-評価」のサイクルをきちんと回し、高い成果を上げることができる。しかし、計画的な学習が定着していない状況では、そうしたサイクルを回せている子どもは少ないだろう。

 また、「テストで間違えた問題の勉強」をしているか、という質問もある。こちらに「している」と回答した子どもは、小学6年生で51.5%、中学3年生で39.5%であった。中学生になってもふりかえりの習慣が身についておらず、間違えから学ぶことが十分にできていないことを感じさせる結果である。認知心理学における学習理論では、失敗のような過去の経験から学ぶことを「教訓帰納」と呼び、学習効果を高める方略の一つとされている。間違いの理由を理解することは、同じ過ちを繰り返さないことにつながる。やみくもに量をこなすだけでなく、そうした効果が高いとされる学習方法を、子どもたちにきちんと身につけさせたい。それは短期的に知識や技能を高めることでテストの点数を上げるのではなく、持続的に子どもの学力を高めるのに役立つはずだ。

学習方法の指導は十分か

 以上に述べてきたように、学力向上のための施策を「学習の量」と「学習の質」でとらえたとき、後者の取り組み、すなわち学習方法の指導は十分かという疑問に突き当たる。もちろん、実際の学習指導においては、内容だけでなく、それをどう習得すればよいかという方法も教えているだろう。しかし、教員は、効果がある学習方法を意識的に伝えられているか、暗に量をこなすことを奨励してはいないかを見直す必要がある。

 また、自治体においては、効果的な学習方法について研究し、どうすればそれが学校現場で定着するかを考えてはどうだろうか。冒頭に、全国学力・学習状況調査の順位に一喜一憂せずに、本質をとらえるべきだと述べた。そうでありながら、上位の県だけを取り上げて以下に紹介するのはいかがなものかという思いもあるが、秋田県の教育実践は「学習の質」についての意識の高さをうかがわせる。

 図3は、家庭学習時間を表したものだ。これを見ると、秋田県は「1時間以上」という中間層が多く、学習時間が短い子どもや長い子どもが少ないことがわかる。通塾率が低く、長時間の勉強をしているわけではないが、家庭学習をきちんとしている子どもが多いためだろう。また、図4からは「自分で計画を立てた家庭学習」を「している」比率が全国平均に比べて高いこと、図5からは「テストで間違えた問題の勉強」を「している」比率が全国平均に比べて高いことがわかる。相対的に多くの子どもたちが、効果的な学習方法を身につけていると推察できる結果である。このことを裏づけるように、学校質問紙で「家庭での学習方法等を具体例を挙げながら教えたか」をたずねた結果(図6)では、「よく行った」の比率がやはり高い。このような学校現場での学習方法への配慮が、学力向上につながっていると考えられないだろうか。

 

図3 家庭学習時間(塾などを含む)(児童生徒質問紙)

 

図4 自分で計画を立てた家庭学習(児童生徒質問紙)

 

図5 テストで間違えた問題の勉強(児童生徒質問紙)

 

図6 家庭での学習方法の指導(学校質問紙)

*図3~6では、「無回答」を省略している。

 

 今、われわれベネッセ教育総合研究所でも、優れた学校現場の知見を取り入れながら、「効果的な学習方法」についての研究を進めている。その成果を、順次公開していきたいと思う。多くの子どもが、望ましいとされる学習方法を身につけ、今と未来の課題を解決できるようになることを願う。

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著者プロフィール

木村 治生
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員

ベネッセコーポレーション入社後、初等・中等教育領域を中心に子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究、学習のあり方についての研究、教育市場(産業)の調査などを担当。文部科学省や経済産業省、総務省から委託を受けた調査研究にも数多く携わる。専門は社会調査、教育社会学。これま でにかかわった主な調査研究・論文は以下の通り。

その他活動:東京大学社会科学研究所客員准教授(2007年)、中央大学非常勤講師(2005~2008年)など

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