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Benesse発 2010年「子どもの教育を考える」
このコーナーでは、教育のあるべき姿をベネッセ教育研究開発センターと、皆さんと共に考え、創りあげていきます。
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『Benesse発2010年「子どもの教育を考える」』更新終了のお知らせ

『Benesse発2010年「子どもの教育を考える」』は、2010年3月31日をもって、更新を終了させていただきました。
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研究員リポート
データからみる今と未来

第27回 「読解力」向上と読書との関係―本を読んでも「読解力」が伸び悩む日本の子どもたちの現状打開の方向とは

ベネッセ教育研究開発センター 小林 洋 (2008/7/2更新)

 読書が子どもの成長にとって有益なものであることは誰しも認めるところであろう。しかしながら、PISA型読解力の向上という視点から見たとき、現在の日本の子どもたちの「読書」の在り方には改善の大きな余地があることが「学力向上のための基本調査2006」からあらためて明らかになっている。この「学力向上のための基本調査2006」は、子どものPISA型読解力(以下、「読解力」と記す)と、教師の指導や保護者の働きかけとの関係、ならびに教科学力や「学びの基礎力」「社会的実践力(生きる力)」との関係等を総合的に調べたものである(同調査「中間報告書」、同最終報告書『「読解力」を育てる総合教育力の向上に向けて』参照)。ここでは、その調査結果の中から、子どもの読書の状況と「読解力」との関係に関わる部分を紹介し、そこで浮かび上がっている課題とこれを打開していく方向性を考えてみたい。

1)日本の子どもたちの「読解力」は、読書の量が増えても頭打ちになる傾向がある

図表1   図表1は、「最近の1ヶ月」の読書量の分布を表したものである。小5・中2ともに、1ヶ月に読む本の数は、1〜3冊の子どもが最も多いことがわかる。1冊も本を読んでいない子どもが、小5では約1割、中2では約3割となっており、中学になると、小学校時代よりも本を読まなくなる傾向を示している。
 図表2は、読む本のジャンルについて、「1.よく読む」「2.ときどき読む」「3.あまり読まない」「4.まったく読まない」の4件法で問うた設問の回答結果を示したものである(「1.よく読む」「2.ときどき読む」についてのみ表示)。小5・中2ともに、「小説や物語・紀行文・随筆・童話などの文学の本」を読む割合が最も高くなっている(「よく読む」「ときどき読む」の計で、小5:65%、中2:57%)。次いで割合が高いのは、小5では、「歴史や偉人の伝記の本」(小5:39%、中2:15%)、中2では、「音楽や美術、演劇など芸術に関する本」(中2:17%、小5:24%)となっており、小5→中2の読書傾向の変化がうかがえる。


図表2  読む本のジャンル

図表2

 この読書傾向の変化は、子どもの成長に伴い必然的な変化という側面も考えられるが、「自然科学や技術に関する本」(28%→10%)や「産業に関する本」(16%→4%)などでの小5と中2の間の大きな違いは、理科離れや社会への関心が低くなることを反映している可能性もある。子どもの視野を広げさせ、自然・社会・人間に関する幅広い知識や関心を培っていくことは、高い「読解力」を達成していくためにも大切である。そのためにも、「文学」関係に偏りがちな今の読書傾向から、学年段階に応じた指導に留意しつつ、多様な分野の本(や情報源)に興味を持たせ目を向けさせるような指導が求められるのではないだろうか。


図表3

図表4  図表3は、読書量と「読解力」との関係を表したものである(「読解力」は、教科学力を測定する問題とは別に独自に作成した問題を用いて測定した)。小5では、4〜5冊で、中2ではすでに1〜3冊のところで、「読解力」は頭打ちとなり、それ以上に読書量が増えてもむしろ低下する傾向を示している。この傾向は、実は、図表4に見るように、国語の成績(や、図表を示していないが、算数/数学)と読書量との関係についても同様に指摘できることである。国立教育政策研究所の有元秀文総括研究官は、OECDのPISA調査から、読書時間と「読解力」との関係について、日本と「読解力世界一」のフィンランドとを比較分析し、フィンランドの子どもの場合は、読書時間が多くなるほど「読解力」の成績がどんどん高まる傾向があるのに対して、日本の子どもは、読書時間が増えても「読解力」は頭打ちになる傾向を指摘している(国立教育政策研究所のHP参照)。これは、今回の結果に相通じるものと考えられる。すなわち、図表3や図表4は、日本の子どもたちの読書活動の在り方に何らかの改善の余地があることを端的に示しているものなのである。もとより、「読解力」は、読書の量のみで決まるものではない。しかし、読書活動を通した「読解力」向上という一つの方法に対して、これまでの在り方を見直す必要を示している。



2)「読書活動」をどう見直すことが求められているか

 読書と「読解力」との関係に見られるこのような問題状況をどう克服していけばよいのだろうか。ここでは、「読解力」と教科学力との関係や、学びの基礎力、社会的実践力との関係についてこれまで行ってきた分析を踏まえて(この内容については前掲報告書参照)、「読解力」の向上につながる読書活動の在り方について、現状を見直す際に大切と考えられる2つの視点を提起したい。一つは、読書活動ならびに教科・活動全体において学びの質を高めるために共通に指導する側が考慮しておきたいこと(=「横断性」)であり、もう一つは、「読書」独自の役割を踏まえて他の教師・活動との連携の在り方(=「独自性」と「連携性」)を考えるということである。この両面から「読書活動」を捉え直し、再構築していくことが大切だと考えられる。

□読書活動と教科・活動との「横断性」
 読書活動において、そして教科の学習や学校におけるあらゆる教育的活動において、共通に求められる「横断性」とは、読書活動や他の学びの活動が子どもの肯定的な自我形成と社会参画の志向を育てる活動の一環となるために必要な視点であり、一人の人間としての子どもの尊重、能動的な学びを支える自己肯定感や自尊感情の育成、一人ひとりの学びを伝え合い共感し合い学び合う学級・集団づくり、本の著者を含む他者を尊重し敬意をはらう心と批判的精神・批判的思考力の統一的な涵養、そして集団や社会の問題状況に主体的に関与し学びを生かしていく社会参画志向の育成などである。

 従来の「読書」や教科の学習においては、ともすれば、本・テキストに対して、「鑑賞する」「味わう」「学ぶ」といった側面だけが強調されるきらいはなかっただろうか?これ自体は、子どもの成長にとって有効なプロセスであり今後とも大切されていくことが望まれよう。しかし、それだけにとどまっていては、子どもにある意味で「没個性」を強いることであり、子どもを一人の人間として尊重することにはならない(国立教育政策研究所の有元秀文総括研究官が、OECDのPISA調査で日本の子どもたちの無答率が断トツで高いことに対して「沈黙の文化」という言葉で警鐘を鳴らしているのは、この点に対してである)。

 本やその著者に敬意を払わせると同時に、子ども自身の思い・意見を十分に引き出し、肯定的・共感的に受け止め尊重することが大切である。これは本の読み解き方・読ませ方といったテクニック以前の「教育における思想・文化」の問題である。子どもが意欲的にテキスト=学びの対象に向かい、自分自身の考えを持ち、さらにそれを表現するようになるためには、自分の意見が尊重されているという実感や、自己肯定感・自己有能感に支えられてこそ可能となることである。むろん、子どもの意見を尊重するということは、言いたいことを好き勝手に言わせるということではない。子どもに対して、なぜそう思うのかの理由や根拠の明示を求めることが必要である。また、子どもの意見が「学び」の対象となるものであると同時に「批判」の対象となることも「覚悟」させておかなければならない。自己と他者の相互尊重に基づく相互批判を通した建設的な学び合いができる集団づくりは、子どもが能動的に学びに向かう基盤づくりの1つであり「読書活動」(のみならず他のあらゆる学びの活動)が「読解力」向上に有効に資するようになるために大切な要件の一つと考えられる(このことは、学校のみならず家庭においてもあてはまることであろう)。

 また、社会参画志向の学びとは、簡単に言えば、「課題解決のための学び」=「目的のある学び」ということである。子どものこれからの人生上で生起していくであろう様々な悩みや課題、地域・社会さらには世界で生じている様々な問題事象に対してどう向かっていけばよいのか、毎日の授業やホームルーム、朝礼での講話などいろいろな機会を生かして適切に子どもに問題提起し、そのために学び、本を読んで考えるといった、「読書への目的を与える取り組み」も重視されるべきであろう。むろん、ただ「楽しむ」だけの読書があってもよいのは言うまでない。

□「読書活動」の「独自性」と他の教科・活動との「連携性」
 では、次に「読書活動」の「独自性」と他の教科・活動との「連携性」について考えてみたい。読書活動の他の教科・活動に対する独自性は、まとまりのある内容・テーマを持った文字言語に大量に接することに由来すると考えられる。大量の言語に触れることにより語彙を豊かにし言語能力を高めうること、言語空間の中での多様な疑似体験、あるテーマに関わる系統的な知識体系や価値体系(宗教など)との遭遇、多様なものの見方や考え方・価値観・ロールモデルとの出会い、論理的にものを考えて結論を導く方法を学ぶことなど、これらが「子ども一人の活動」として一応成立しうるものであることが、教科などの授業そのものと相対的に区別しうる「読書」の独自性だと考えられる。この独自性の中に、テキストから情報を取り出し、自分なりに解釈し、いろいろ考えてみるという、「読解力」育成の契機が含まれていることは明らかである。

 この独自性の発揮は、とくに低学年の子どもにとっては、各教科のある程度の背景知識に支えられなければ困難なことであり、「教科」と「読書」の連携性が「読書」には必然的にある程度ともなっている。今後は、「教科」や総合的な学習の時間と「読書」との結び付きを充実させる取り組み(読書を通して教科や総合的な学習の時間の、学習への興味・関心を高め、知識を豊かにしたり考えを深めたりするための指導)、すなわち、「読書」が教科学力を牽引し、総合的な学習の時間の活動成果を高めていくような取り組みの充実が求められる。ただし、そのような「読書」と他の教科・活動との相互作用・連携においても、前述した共通の「横断性」が保障されていてこそ、その成果が期待できる。

 このような、「読解力」向上における「読書活動」の再構築の中で、(1)どんな本を読ませるか、(2)どのように本を読ませることが「読解力」向上につながるのか、といった問いを考えていかなければならない。


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