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Benesse発 2010年「子どもの教育を考える」
このコーナーでは、教育のあるべき姿をベネッセ教育研究開発センターと、皆さんと共に考え、創りあげていきます。
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『Benesse発2010年「子どもの教育を考える」』更新終了のお知らせ

『Benesse発2010年「子どもの教育を考える」』は、2010年3月31日をもって、更新を終了させていただきました。
これまでたくさんのアクセスをいただき、ありがとうございました。

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USER'S VOICE
「日本の家庭教育で何がおきているのか?」へのご意見・ご感想
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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/2/10

 平木先生の特集を読ませて頂いて、自分たちの子育てがいかに型にはまっていたか、思い知らされました。子どもに習い事をたくさんさせていれば満足し、これだけお金をかけて学ばしているという、自己満足に浸っていたと思いました。子どもが、みんなが出来ることが出来ないと悩んでしまったり、その子の個性を忘れていた気がします。先生の言うように、ありのままの子どもを受け止めることが大切だと改めて実感しました。アサーション・トレーニング、自分の気持ちや考えを、自分も相手も大切にする関係の中で率直に伝えるって、簡単そうでなんて難しいんだろうと思いました。少しずつ、変えてゆけるようにしたいです。先生の本も読んでみたくなりました。(30代・女性・主婦)

 平木典子先生のお話の感想です。自分の子どもたちにも、習い事をいくつかさせています。けれども、私の場合は、詰め込みたいとか特技を身につけさせたいといった理由より、あまり前向きでないもう一つの理由の方が大きいのです。放課後にほとんど友達と約束をしてこず、運動が得意でないので、放っておいたら兄弟でゲーム漬け。宿題の時間を除けば、ほんの1〜2時間のこととはいえ、毎日続くと心配になります。結局、お稽古事をさせることで、なんとか有意義にならないかという、苦肉の策です。確かに、このお話にもあるように、いつでも大人の管理下で何かをさせられている状態では、子どもは自分で考える機会を失っているのではないかと、不安があります。とはいえ、ゲームを前に、誘惑に打ち勝つのは難しい様なのです。子どもの、やりたい事ができる時間を大切にしてあげるべきだとありましたが、このような状態のことは指していないような気がします。しかし、このお話の中で、ひとつ今すぐにでも手がつけられそうなことがあります、それは「親が変わってみせる」ということ。これを今年の目標にして、良い親子関係を目指したいと思います。(40代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/2/4

 長く教育に携わり、自身も親として様々な講座を受講してきたので、平木氏の発言を興味深く読んだ。最近の親は、過干渉と放任の両極端があり、その中間に、携帯やネット、子どもの非行にどう対処してよいか分からずに、立ちすくんでいる親が多数いる。平木氏は心理学を学び、多くの事例を見ているから子どもの心によりそって、といったアドバイスができるのだろうが、ほとんどの親も教員もそのような方法を学んでいないため、一方的な押し付けになり、反発を買うか子供を委縮させてしまっていることが多い。今の小・中学生の親が既にそのような親に育てられてきているのだから、新たな規範を示すことは難しいと思われる。一番有効なのは、自分が小・中学生だったころにどう感じていたかを、親自身が問い直してみることではないだろうか。(40代・女性・主婦・高校生)

 『キレない子どもを育てるために』を読ませていただきました。私には今年4歳になる娘がおります。反抗期なのか全く言う事を聞かず私のイライラが日々溜まっています。最近、何を言うにも怒った様な口調で言うので「普通に話しなさい!」と私が怒ってしまうのです。主人にも同じようにしゃべるので、主人は「(私が)怒ってばっかりいるから、子どもも真似して普通の会話でも怒った様に言うんだ」と、私を責めます。確かに接する時間が多い私の影響は大きいと思うし、私自身もちょっとした事で感情的になって『叱る』じゃなくて『怒る』になってしまっているな、と思うのです。だがら、最近では子どもにどう接して行けばいいのか不安で仕方がないのです。私の育て方ひとつでこの子の性格や人との関わり方が決まってしまうのかと思うと、怖くなるのです。でも、篠原先生の「子育てに失敗はない」と言う言葉に少し救われた気がします。もちろん今のままでいいとは思っていませんが、「私の育て方ひとつで」と言う恐怖心が無くなり、萎縮して焦っていた気持ちが少し楽になって、私が少しずつでも変わる努力をすれば大丈夫じゃないかと思える様になりました。(30代・女性・主婦・幼児)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/1/28

 私自身は反抗期がなく、未だに反抗期って何だろうと考えています。この原因を、お話を読みながら探していきますと、規範と文化に衝突できるだけの力がなかったことだと思いました。衝突し、勝つためには、多くのエネルギーをつかうので、楽な方を選択していたように思います。親となった今では、これでは流されるばかりで、つかむものが少なすぎると考えますので、子どもには、自分の価値観をしっかりもち、多くの人と認め合った人間関係を築いて欲しいと願っています。価値観を育てることは、一朝一夕にはいかないので、家庭の中でのお互いの小さなわがままの対応から練習し、子どもと親が向き合って、学びながらお互いの自立を迎えられたらいいと思いました。(30代・女性・主婦・小学生)

 地域での子育て支援をしています。私自身人見知りなほうで、児童館主催の何回かの講座に出ても友達はできませんでした。なので、子どもが保育園に行っても新しい友達はできず、子育て支援のグループに入ってようやく仲間ができたのです。子育ては「楽しんだ者勝ち」というところもあり、なんにでも積極的にかかわれば友達もできるし、充実した「子育てライフ」が送れるのは事実。でも、性格的にできない人も多い。支援する側になってみて、支援者が保育士など行政の関係者ではなく、一般のお母さんのほうがいいのでは?と思うようになりました。子育て中のお母さんが支援する側になったり、支援される側になったり、という共同体が地域でできれば、地域社会も変わるのではないでしょうか。(40代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/1/21

 私は主人が転勤族ということもあり、春に生まれてくる第一子も知人のいない地で育てていくことになります。そのような環境だと、地域の児童館などの存在は本当に心強いものと考えています。また、児童のための児童館という存在はもちろんとても大切な環境ではありますが、少子高齢社会の日本においては、高齢者と児童・その保護者がお互いにふれあいをもてるような場も必要なのではないかと感じています。人格を形成していく過程で、先人に学ぶべき大切なことは多いと思います。公共の場において、そのような環境を提供して頂くことができれば、より人らしく温かな環境で子育てをしていけるような気がしております。(30代・女性・主婦)

 松村教授の『「苦手」を「得意」で克服する「才能教育」』を読ませていただきました。小5の息子を持つ父として、将来の事を考えると自由に楽しく学校生活を送って欲しいという願いもありますが、学歴主義と云う現代の社会を見ても、やはり自由やゆとりだけでは不安もあります。しかし英才教育と云う型にはめる事もなかなか気が乗らず、何とも勝手な親だと反省しています。しかし才能教育の記事を読ませていただき、得意な事を伸ばす事が、将来へのそして子ども自身のゆとりにつながるのではと痛感しました。今決めるのも将来の人生を歩むのも子ども自身。子どもの気持ちを尊重しつつ、好きな事をさせてあげ、もし挫折した時、親に何ができるか?が重要であると思います。教育とは答えを出す事ではなく、気づかせる事が大切なのではないかと思います。全ての子どもに才能はある。それが何かを子どもたちに気づかせるのが教育で有り、親としての役目だと思います。(40代・男性・会社員・中学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/1/14

 横関館長のお話を読んで、杉並区で子育てをしたくなりました。児童館は各地域にあるけれど、その場所を活性化させるのはスタッフと共に手を取り合った地域住民であり、利用する親である。また、毎日訪れる人々に満足することなく、敷居が高いと思っている人にもなんとか活用してもらおうとする努力に脱帽です。子どもが生まれると、行動範囲も狭くなりなかなか自由な時間と行動ができない母親のことをよく理解していらっしゃる証です。杉並区の方々は、温かい館長が待っている児童館にぜひ訪れてもらいたい。そんな気持ちになりました。また、「子育て応援券」ぜひ全国に広がってほしいものです。地域で子どもを守る態勢を推進し、心豊かな子どもを育てるために、みんなで声をあげましょう!(30代・女性・主婦・小学生)

 親ばなれ子離れについて。私が子どものとき親が参加する学校行事は少なく、あっても忙しく来ないことがありました。今は行くのが当たり前。また行かないと「協力的ではない」と、言われたりします。手伝いも必要なものは参加するべきかとは思いますが、学校行事も過度に公開せず、時には非公開でもいいと思います。あくまでも「子どもの思い出」で、親のものではないということです。親が学校に行き過ぎ、子どもの係りや役に文句を言ったり、先生の手伝いを親がすることで子どもの係りや役を優遇してもらおうとする親。どれも子離れできない親、または親に頼る子どもを作るような気がしてなりません。今主流の「開放された学校づくり」は、私は方向性がずれてきているような気がします。子どもの世界を邪魔しないように、見守ることも大事ではないでしょうか。 (40代・女性・主婦・小学生)

 キレない脳を育てる、の文句に魅かれて読みました。小学生になってから子どもたちが、親の言っていることに対しての態度が素直じゃなくなってきました。いつまでも「はいはい」と答えることは、おかしいことだとわかっていても、もしここで子どもがキレたりしたら…と考えることもあります。ここでは親子でも楽しみながらできる実験がいくつか紹介されています。早速親子で挑戦してみようと思います。(40代・女性・主婦・小学生)

 私自身も核家族で育ち、身近に赤ちゃんもおらず初めての出産、子育てにとまどうこともかなりあります。両親とも離れて暮らしている私は、毎日1歳の娘を連れて近所の児童館に通い、そこでママ友達とおしゃべりすることでストレス解消しています。乳児期、幼児期、思春期と発達段階にあわせたお話を読み、大変な乳児期も過ぎていくんだと将来への希望が見えました。毎日いらいらしたりすることもありますが、今この瞬間を大切に愛情を注いで子育てを頑張りたいと思います。(20代・女性・主婦・幼児)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/1/7

 最近の犯罪に至った理由として、「むしゃくしゃして(対象は)誰でもよかった」「親に怒られて」というような言葉をよく聞き、その理由の安易さに驚き、また、瞬間的に爆発した怒りをとどめることがどうしてできなかったのだろうかといぶかることが多いです。自分の子どもがもし将来…といった不安を抱く親も少なくはないでしょう。キレやすい子に育ったらどうしよう、ママ友達との会話でもよく話題に上ります。今回の、脳研究の視点からの説明に、正直少しホッとしました。ごく普通に愛情を注ぎ穏やかに暮らしていれば大丈夫なのかな、と。多くの情報の中で、母親は常に自分の育児を試されているような気持ちです。このような情報が多くもたらされれば、もっとおおらかに子どもと接することが出来そうです。頑張れ、子どもの脳!そしてその手助けになるように良い刺激を与えて育てていきたいと強く感じました。(30代・女性・主婦・小学生)

 子どもの自立には親の自立が欠かせないとのこと、本当に耳が痛いお話でした。普段から子どもも人格を持った一人の人間だということを意識しようと心がけてはいるのですが、つい感情的にしかってしまったり、他の家族なら見逃すようなことを注意したりして、あとになって後悔することがあります。年々行動範囲が広くなっていくことを必要以上に心配したり、門限も今までと変えられなかったり。考えてみると、子どもの自立を妨げているのは自分なのだとあらためて反省しました。(40代・女性・主婦・小学生)

 日本の幼児教育が、昭和の初期まで、極端な放任主義だったとの指摘は、納得する一方で意外に感じました。明治以降の日本は、富国強兵の一貫として教育を強化していたものと思っていたからです。加えて現代は、戦前の様に兄弟が多い家庭も少なく大半が中流以上の意識を持っていますし、子ども一人に払う関心、資金、情報も飛躍的に増え、ある意味過保護なまでに子どもの教育に取り組む家庭が多くなっているのでしょう。放任でも優秀な人材が輩出されて来たことを顧みれば、子どもが何かに興味を持ったり、没頭できたり、地域の方と親しく接する機会を増やせるような環境作りをもう少し大切にしたいと感じました。“家族”を大切にするウェイトが大幅に伸びている事実が、却って地域や社会との交流が希薄になっている危険シグナルにも見えてきて、とても強く印象に残りました。(40代・男性・会社員・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/12/24

 「子育てには失敗はない」、この言葉で子育てに対する不安が消えました。自分の子育てが正しいか不安に思いながら過ごしていたからです。これから反抗もするし注意も聞いてくれなくなると思います。そのときに自分で自分の気持ちを抑えることが出来るようにトレーニングをしていかないといけないのですね。このお話を読ませていただいて、学校はそのトレーニングをするのによいところというのは納得です。尊敬できる先生がいて、尊敬できる親がいれば、子どもも反抗しながらも自分で気持ちを抑制できるようになると思いました。人の批判ばかりしている親を子供は尊敬できないし、子どもは親の意見に影響されて先生を尊敬できなくなりますよね。そうなると自分が偉いと思い、自分の気持ちを抑制することなく行動してしまうのだろうと思いました。子育てについて不安があると、親や友達に聞いたりネットや本で調べています。自分の子どもに当てはまったり当てはまらなかったり。子どもは一人ひとり違う個性をもっていて、その子に合った子育てをしていかなければいけないのだと感じます。命令ばかりの子育てではなく、その子に合った子育ての方法を探していきたいです。(30代・女性・主婦・幼児)

 子どもの育て方について先生のお話でほっとした気がしました。いつも子どもに対し100%正解な対応をしているかと問われれば、それはNOでしょう。娘からの問いに答えるときはいつも自分で自分自身に問いかけているように思います。大人の枠だと○も×であったりすることがありますよね?正解は、○は○でしかないはずなのに。そのことで私自身随分悩みましたが、今回先生の脳はとても柔軟性があるから大丈夫の言葉で少しほっとしました。いいと思ったらGO!背中を押されたというよりは、背中をなでおろされたような。肩の力が抜けました。加えて、大事なのはやはり子どもを取り巻く環境なのだと思いました。(30代・女性・主婦・小学生)

 小1の男の子の母親です。「ついやってしまう行動を抑制する」「家庭内での躾」これは、今まさに私の中でのキーワードです。最近の我が子は、悪いとわかっていて何度も同じことを繰り返すのです。「どうしてやったの?」と聞いても「わからない」「やりたかったから」と答えます。振り返れば、私が生活態度を厳しくしつけるようになってきたのと時期を同じくしてこんな風になってきたような気がするのです。厳しく言い過ぎると逆に反抗してわざと悪いことをするのか、厳しく言うことで行動を抑制することができるのか分からなくなってきました。結局は、篠原先生がおっしゃるように、子どもの反応を見ていろいろやってみるのが一番なのでしょうね。(30代・女性・主婦・小学生)

 昨今、子どもの学力低下や理系離れが話題になることが多いです。ですが、子ども達自体の能力はどうでしょうか。私は世代によって思考力が極端に低下するとは考えられません。人間誰しも頭の作りは同じです。おそらく昔と今で変わったのは周囲の環境の方でしょう。スポーツ・ゲームをする環境が整い、学問に対する興味よりそれらに対する即効性のある快楽・満足感が勝っているのだと考えられます。また、理系が優遇されない社会が理系離れを加速させていると思います。これらの問題を解決するには、幼い頃から自分が将来社会に何かを生み出さなければならないこと、そのためにどのような勉強をする必要があるかということをよく考えさせ、社会的に技術者・研究者を優遇する制度を設けるべきだと考えます。(20代・男性・学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/12/17

 「どこかに必ず得意なところがあるはず」という松村先生の言葉に励まされますが、実際には子どもの成績やテストの点数が低いときには動揺してしまいます。今の日本の学校でのテストの点数や通知表の評価は「漢字をいくつ覚えたか」「正しく書けたか」「演算を正しく覚えたか」「計算は正しくできたか」など、目に見え残った成果物が点数になりますね。「うちの子はとても気がつく優しい子」「しっかりしていてお手伝いもでき、任せることができる」など、もちろん個性それぞれで良いところもありますが、こういった面は評価がされにくく先生の論評で書き添えられる程度。点数評価の低い通知表をもらうともっと頑張って(点数を上げて)ほしい気になってしまいます。それより、まだ私の知らない能力を持ってる可能性もあるし、私の思い込みで子どもの可能性をつぶさないようにしたいです。(40代・女性・主婦・小学生)

 当たり前に生活する、秩序を守る、そのことは脳にとっても、とても大切で意味深いことだと改めて知りました。キレない子どもへの近道は、我慢を出来る環境作りだと思いました。あまり難しく考えないで、子どもに目を注いで、必要な我慢はさせたいと思います。私は以前から、「学校と先生を好きにさせたい」と意識していました。担任を好きだと思えれば、授業も楽しいしいだろうと、思ったからです。学校生活は、勉強だけでなく、心育ちの場として大切にしてほしいです。これからも、私に出来る範囲で、学校生活をより楽しく、有意義なものとなるように働きかけたいと思いました。(40代・女性・主婦・小学生)

 『生きる力』について、色々と言われていますが、今、子どもと関わる中で、育てている親の方の『生きる力』についても、時々考えさせられます。 はたして、私自身に『生きる力』は伴っているのだろうか…と。 今回『養育力』の話がありましたが、ウチのコは小学一年生です。今の時期は「与えられているからやる」のではなく、「自らが選び取ってやっていく」力。これをサポートする為の準備をする段階なのかな?と感じました。 情報や環境は日々変化していき、正直、社会に追いついていけているのか…疑問に思うコトは多々ありますが、時々、古いモノに立ち返る必要性もあるのではないか…(例えば食育等)と感じるコトもあり、複雑な気持ちです。(30代・女性・会社員・小学生)

 「家庭の「教育力」は低下したのか?」菅原ますみ先生のご意見についての感想です。 「一人でがんばらない社会」を目指すことで、個人の養育力の低下を補うというご提案がありました。しかし、人とつながることの不得手な大人が増えている現在、とても難しいことだと思います。 「私が子どものころはこうだったのに…」と「古き良き時代」を思い出すことが多々ありますが(近所の怖いおっちゃんおばちゃん、日暮れまで駆け回る「不審者」と無縁の日々などなど)、時代のせい他人のせいにしてみるものの、自分自身を振り返ってみても、かつての大人たちのような「堂々たる大人」ではいられない自分へのもどかしさも感じます。 現代の悪い側面をマスコミが喧伝しすぎることで、大人たちがさらに萎縮してしまうという、悪循環に陥っている面もあるかもしれません。 時代を逆に戻すことは出来ませんが、「新しい時代」を作ることは出来ます。新たな地域の結びつき、大人への養育教育(?)等、模索していくべきだと思います。(40代・女性・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/12/10

 松村先生の論理を読まして頂き悩んでいたことが、嘘のように、晴れやかな気持ちになれました。2年生の息子が全然勉強が出来ず、0点なんて日常茶飯事で、マンツーマンで宿題をやったり、間違えたテストの問題を、繰り返し練習しても、全然成果が表れず、どうしていいものか悩んでいました。担任の先生に相談してみても、気長にがんばりましょうと言ってくださるのですが、解決策が見つかるわけでもなし。主人からはお前が甘やかしているからといわれ…。子どもにもどうしてわからないのと、怒ってしまって自己嫌悪になったりしました。先生の、学校での勉強では、「言語的知脳」や「論理数学的理論」くらいしか見つけ出せなくて、そのほかにも8つの知能があり、長所を伸ばしてやることが大事なんだという文章に改めて気付かされました。5番の「空間的知能」」に息子は当てはまりそうな気がして、少しずつ長所を伸ばしてみようという気持ちになれました。(30代・女性・主婦・小学生)

 脳には柔軟性がある…本当に共感するところです。しかし、今の痛んだ子ども達を見ていると、家庭や学校に逃げ場がないのが気になります。確かに少々の不適切な環境で人は壊れないのかもしれません。その環境を糧に頑張っている人も大勢いるでしょう。でも、やはり一人では立ち向かっていくのは難しいのではないかと思うのです。時代の流れによって家庭が孤立化し、学校の密閉性が高まり、人間関係が希薄になり、個が孤になっている気がしてなりません。脳には柔軟性がある。しかし、子どもは出来るだけ多くの大人たちの手で、そして子供同士の関わりの中で適切な環境下で育んでいってあげたいと思います。(30代・女性・教会社員・高校生)

 「GO/NO-GO課題」という実験方法に大変興味を持ちました。まともな環境がまともな成長に必須であるとわかったとき、ふと不安になりました。不安というのは、子どもにまともな環境を用意する存在が親だけになっているかもしれないということです。私たちの幼い頃は、いけないことをしていたら、近所の方、学校の先生、見ず知らずの方まで叱ってくれました。現在では、トラブルを避けるため、誰も何もいってくれないのではないでしょうか。となると、わが子にまともな環境(我慢させたり、叱ったり、見守ったり、親切にしたり、感謝したり、何かを大切にしたり、私たちが「道徳」として教わってきたこと)を与えてあげるのは親、親戚だけなのではないでしょうか?現在9ヶ月になる男の子がいますが、出来るだけいろんな感情の経験を積んでもらうために、あらためて気をつけながら育児をしていきたいと思いました。(20代・女性・主婦・乳児)

 キレない子どもを育てるという特集を読み、まず思ったことは、普段の子どもの生活をそのまま続ければいいだけではないか、ということだ。毎日学校へ通い、学校のルールの中で生活させる、そして家に帰れば、家や社会に対してのルールを親が教えていく。当たり前のことといえば当たり前のことである。でも、なぜキレる子どもがでてくるのだろう?やはり、子どもにルールを守らせるということが、案外面倒な作業であるということなのだろう。子どもの言いなりになったり、好きにさせておくほうが楽なことは結構ある。子どもにルールを守らせるには、自身もルールを守る必要もある。そこで、大人が楽なほうに流れていってしまうせいで、子どもが我慢をする経験を積まないままになってしまうのかもしれない。私自身の子どもは、キレるというより、むしろいじけてしまうことが多い。そのいじける姿を見て、私自身がいらいらしてしまうことがあり、そのことでよく後悔する。私自身も、子どもの手本になるように、子どもと一緒に良い経験を積んでお互いにワーキングメモリを増やしたいと思う。(40代・女性・主婦・小学生)

 学校はトレーニングの最適な場、心をこめて何かをする、丁寧な言葉を使う…今までにも何度も繰り返された言葉ですが、この特集を読んで、改めて今、必要なことなのだと感じました。うちにも小学生がいますが、これらのことは今、ないがしろにされているような気がしてなりません。まず「黙って座ったまま先生の話を聞く」ことができなくても、「うちの子(あの子)は仕方ない」で終わってしまう。先生が心配して、保護者に話をしても、なかなか受け入れてもらえないと聞くこともあります。罵詈雑言も、家庭で、学校で、日常に使われている言葉ではないでしょうか。親世代の子どもの頃なら考えられません。今、当たり前ではないかもしれないと感じる、少し前なら常識だったことが、子どもの脳活動から見ても必須なのだとわかりました。キレにくい子どもは、キレにくい親に育てられるのかもしれません。自分自身に問いただしたいと思いました。(30代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/12/3

 学校はトレーニングの最適な場、心をこめて何かをする、丁寧な言葉を使う…今までにも何度も繰り返された言葉ですが、この特集を読んで、改めて今、必要なことなのだと感じました。うちにも小学生がいますが、これらのことは今、ないがしろにされているような気がしてなりません。まず「黙って座ったまま先生の話を聞く」ことができなくても、「うちの子(あの子)は仕方ない」で終わってしまう。先生が心配して、保護者に話をしても、なかなか受け入れてもらえないと聞くこともあります。罵詈雑言も、家庭で、学校で、日常に使われている言葉ではないでしょうか。親世代の子どもの頃なら考えられません。今、当たり前ではないかもしれないと感じる、少し前なら常識だったことが、子どもの脳活動から見ても必須なのだとわかりました。キレにくい子どもは、キレにくい親に育てられるのかもしれません。自分自身に問いただしたいと思いました。(30代・女性・主婦・小学生)

 小1の男の子の母親です。「ついやってしまう行動を抑制する」「家庭内での躾」これは、今まさに私の中でのキーワードです。最近の我が子は、悪いとわかっていて何度も同じことを繰り返すのです。「どうしてやったの?」と聞いても「わからない」「やりたかったから」と答えます。振り返れば、私が生活態度を厳しくしつけるようになってきたのと時期を同じくしてこんな風になってきたような気がするのです。厳しく言い過ぎると逆に反抗してわざと悪いことをするのか、厳しく言うことで行動を抑制することができるのか分からなくなってきました。結局は、篠原先生がおっしゃるように、子どもの反応を見ていろいろやってみるのが一番なのでしょうね。(30代・女性・主婦・小学生)

 きれる子ども達や非行と親子関係について、自分の家庭でも当てはまるものがいくつかあるなと思いました。家庭事情により、父親は、一番下の中学2年生が2歳の時から別居しています。我が家の場合は、義理の両親の看護が理由で別居していたので子ども達もその点は父親が一緒に住んでいないことを理解していてくれました。下の娘が中学1年生の夏を過ぎてから生活態度が悪い方へと変わってきました。思春期になると周りの環境に大きく影響を受け、世間でいうきれやすくなってしまったのです。父親と相談し、私との距離をおくため今は下の娘は父親と暮らしています。気持ちもだいぶ落ち着き、前の娘に戻りつつあります。子どもの行動は信じたいし、いけないことは頭ごなしに叱ったつもりではなかったのですが、彼女にとってはやかましかったのかもしれません。きれたときに、家の中の物を一部壊してしまいました。今では、どうして暴れたのかもよく覚えていないそうです。娘は、反省している気持ちを手紙に書いてくれました。教育や今の子ども達についての記事を読み、人ごとだと思っていましたが、どの家庭でも起きうることだということを実感しています。(40代・女性・小学校教員・高校生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/11/26

 藤川先生の話を読み、子どもの将来が不安になりました。親が携帯電話を持たせたくなくても、周りの子どもが持っていて仲間に入れないという状況になると、どうしてよいか…。持たせたら持たせたで変な使い方をしないか心配です。24時間見張っていられるわけではないし、親の言うことを聞いてくれるか不安です。まだ1歳なので、小学生になる頃は今より携帯事情が変わって、より悪い方向へ進んでいるかもしれません。今からできることは、自分が子どもの前でメールをしないことかなと思います。(30代・女性・主婦・幼児)

 このご時世、危険が多い上、少子化も重なり、子どもの遊び場、遊び相手、遊び時間が減少しており、空き時間に、携帯型ゲームやケータイを使って、相手と対戦したり、メールで会話したりする事が増えてしまっているのではないかと感じます。相手があってこその会話、遊びを通じてのコミュニケーションが希薄化し、そういうコミュニケーションが苦手な子も増えており、相手が見えず対戦や会話ができる手軽な携帯の物に固執してしまうのではないかと思います。プロフの問題を挙げていらっしゃいましたが、人には個性があり、私はこんな人間で、こんな事が好きで興味ありますなどと皆に知って欲しい気持ちはあるけれど、コミュニケーションが希薄化し、そういう事を面と向かってなかなか言いづらい。なのでプロフに走るのではないかと思います。学校では、ゆとり教育が推奨されて以来、勉学の場ばかり強調されて、遊ぶ事や躾の面が学べていないのではないかと感じます。ゆとり教育=自由の取り違いを解消し、ゆとり教育=幅広く学ぶ場としての改善が必要ではないかと感じます。(20代・女性・主婦・幼児)

 日本の家庭教育でなにがおきているのか?という記事を読ませていただきましたが、乳児期・幼児期・思春期と段階を踏まえて書かれていたのでとても分かりやすかったです。そもそも家庭教育とは?ということについて、あまり意識のない人が多い気がします。幼稚園・学校に入れてしまえば、あとは先生にお任せ状態で家庭でのしつけ云々を先生方が唱えても、「そんなことは学校で教えてください」と平気で言ってしまう母親が実際にいます。人間として生きていくうえで大切な事は家庭教育でしか教えられないと思います。家庭・地域・学校が協力し合って初めて子どもたちの教育は成り立つと思いました。(40代・女性・主婦・中学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/11/19

 特集を読ませていただき、人を見下す若者が増加していることは、寂しいことだと思いました。仮想的有能感は、まだ精神的に未熟な若者に特に顕著に見られるのかもしれません。社会に所属し、多くの人々と協調して生きていく中で、人の役に立つことが最も大事だということに気づけば、そういう感覚はなくなるような気がします。ただ、中高年が管理職などに就くことで、協調性よりもリーダーシップが求められるようになり、復活するのかもしれません。先生が提案されているように、会話や共同作業を増やすなどすることは、有効だと思います。社会人になれば自然に身に付くかもしれませんが、早くから身につけることで、コミュニケーション能力と社会への所属意識が高まり、いじめやニートなどの問題も改善されるのではないでしょうか? (30代・女性・主婦)

 仮想的有能感。初めて聴く言葉だったが、考えさせられる内容だった。我が子の通う小学校でも、積極的に成績などに順位をつけることは無いので、子どもが、根拠の無い自信を持っていたりすることに、戸惑いを感じることがある。夢をつぶすことはいけないし、努力無くては何者にもなれないということを伝えたいと思うのだが、個性(オンリーワン)であれば、何とかなるんじゃないのかといった、どちらかというといい加減な気持ちを子どもが持っているように思う。他人をさげすむことで、自分の自信を保つことは、確かにとても手っ取り早い。そのようになる前に、自分の適性をしっかり見つめて、身の丈にあった自信を身につけて欲しいと思う。(40代・女性・主婦・小学生)

 「日本の家庭教育に何が起こっているのか」の特集では、本当に現代社会では情報過多なんだな…とまず思いました。家庭教育の限界もありますが、まず、育児初体験の母親に必要か必要でないか分からない情報も含めて多く、またその情報に頼らなければ育児できない、ということがあると思います。自分も含め、子どもを一生懸命観察しているようですが、毎日の育児に確信が持てないのが現状です。「子どもはなんとか育っていくものだよ」という言葉に、育児があいまいになっていることは多いと思いました。子ども見つめる――でも見つめすぎて、おかしくなっていることも核家族育児にはあると思います。(30代・女性・主婦・幼児)

 結婚して10数年、小4、小6の子ども達がおります。思春期になる子が、両親の生きざまを見るようになるというご指摘でした。主人もこのご時世ですので、会社でストレスを感じ、不満ばかり漏らしています。今回のこの記事を読ませていただいて、私の主人に対する態度や、主人の家庭での様子がそのまま覗かれているようで、ハッとさせられたと同時に態度を変えなければいけないなぁと気付いた次第です。しかしながら気持の持ちようだとは思いますが、世間で暗い話ばかり(経済状況の悪化、不正等など)取りざたされるとなかなか毎日にこやかに過ごすことは難しいですね。(40代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/11/12

 警察に補導されることは恥ではない!との言葉が印象的でした。小さいときにいろんな経験や過ちを体験し、そのときに大人がしっかり指導することが大事なんですね。尊敬する人が親や教師ではなく友達という現実にびっくりしました。親としてもっと子どもとの距離のとり方を、考えさせられました。(30代・女性・小学生)

 私には、中学2年生と小学6年生の男の子がいます。息子(中2)の幼なじみだった友達が二人、不登校です。親の間では、彼らを心配しながらも「うちの子は学校に行くだけでも良しとしておかなければ…」という会話になります。ある子どもは、親に「友達を誘ってみたら?」との問いに「僕たちだって、一生懸命学校に通っているのに、なぜ来ない人に『出ておいで』と言わなければならないのか?」と怒ったそうです。『一生懸命学校に行く?』その親御さんは、耳を疑ったそうです。私たちの時代に学校に『一生懸命行く』という考えはなくて、行くのが当然であったように思います。いつ、自分の子が同じ行動をしてもおかしくないのでは?…という不安がよぎりました。
 奥村先生の言われる『共依存』の危険に、自分は置かれていないだろうか?自問自答をしながら読み返しました。正直と嘘、幾つになっても人間関係の中で生じ解決していかなければなりません。自分が育てられたようにしか、わが子を育てることはできませんが、誤った背中だけは見せないように努力していきたいと思います。(40代・女性・主婦・小学生)

 この子育てで良いのだろうか、いつも自問自答しています。昔は父母が多干渉しないことで祖父母や社会が子供を育ててくれました。今はそうじゃない。現実を捉えているけど、では何をしたら良いか、特集を読んで考えさせられました。私には8歳と3歳の子どもがいます。なるべく異年代の人と接する場を多くし、出来る限り経験で物を覚えて欲しいと思っています。答えとマニュアルのある勉強は覚えさせることは出来ます。しかし人間としての教育は…答えはずっと出ないと思いますが、特集は、自分の子育てを改めて振り返る、よいきっかけになりました。(30代・女性・小学生)

 『仮想的有能感』というのは、勿論初めて耳にしたことばで、とても興味深く読ませていただきました。現在のクラスには、先生のおっしゃるようなこどもは見当たらないように思いますが、子どもが通っている習い事(水泳、ピアノ)ではまさにそのようなタイプのお子さんに遭遇します。たとえ、能力や実力があっても、人を見下したり、批判的な態度というのは不愉快ですが、裏づけがないのに、他者を見下すというのは、悲しいことです。人とじっくりかかわって共に過ごすということが、確かに少なくなってますし、どんな綺麗ごとを言っても、やはり点数や順位がつけられて優劣が判断されている場合が多いのが現実だと思います。そういう現実があり、他者との関係が希薄で、少子化の時代だからこそ、親はもっとわが子の心のケアを大切に考えることが必要だと思いました。我が家でも、これまで以上に心をさらけ出せる会話や、子どもが自尊心を培える環境づくりを心がけていきたいと、あらためて考えました。(40代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/11/5

 他人を見下す若者の増加という話題はとても興味ある話題でした。小中学生の息子たちにも多少その傾向がみられ気になっていたところです。その傾向が見られたときには都度諭すようにしてきましたが、子どもに共感するとか、一緒に共同作業するとか失敗談話をしてみるとか、親子のコミュニケ−ションが重要だと改めて感じました。今後の子育てのヒントになったと思います。(40代・女性・主婦・小学生)

 共依存のことは、例えばアルコール依存症の自助グループでは以前から指摘されていることでした。そういった意味では何で今頃?とも思えます。あるいは以前はそういった病的な家庭にのみあった現象が今は普通の家庭においても起こるようになっているということでしょうか。共依存から抜ける考え方というのは、人のせいにしない、他人の行動に一喜一憂しない、というようなことですが、こういった考え方がもっと広く知られるようになることを望みます。 あと、嘘についても、大人が嘘をつくというのは私達が子どもの頃から知っていたことで、(例えばサンタクロースはいる、といったような嘘)それも私たちは受け入れながら育ってきました。それをあえて言わなくてはならないのでしょうか?むしろ私は親以外の、例えばテレビ番組等の中に見え透いた嘘が未だにまかり通っているのが気になります。ヒーロー物における勧善懲悪、みんなと仲良くしましょう、などの(学校で習う歌の歌詞によくある)台詞を疑わしく思う子もいて、しかしそういう子の方が現実的な世界観を持てるのかもしれません。親は、という以前に社会のありかたを議論した方が建設的と思います。(30代・女性・主婦・小学生)

 養育力。とても考えさせられました。我が子も含めて、生活していくうえで、応用力が無く、ひとつひとつ、人の判断を聞き行動します。選択肢を出しても、常に顔色を窺い悩みます。自分を持たない、みんなと一緒…というところもあります。私たちも含めてレールを引かれて生きてきた部分が多いので、こうしてああして…と、手を差し伸べ過ぎたのだと反省します。確かに子どもは、子どもの色では無く、親の色に染まりつつあります。それに、気づいたのは、主人が上司として若い子たちの教育をしようとしたときに、自分を出せない、自分から進んで行動をとれない、賛同は出来ても、意見は述べない、等の特徴があるということを聞いた時です。まるで自分の子と同じだと。ちょうど、中学の入学を機に、繰り返し息子の気持ちを聞き、すべての事に対して、一緒に考えて彼の気持ちを尊重できる環境をつくるように、努力してきましたが、この特集を読み、親も常に悩み、子どもに親として養育されているように思いました。(40代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/10/29

 速水先生のお話に同感いたしました。近年の少年によるホームレス等への暴力、小・中学生のいじめの問題には、加害者の仮想有能感があるように思われます。子どもが、大人社会の影響を受け、子どもらしく過ごせる環境が奪われているのではないでしょうか。自然の中で子ども同士思い切り遊べる時間・空間を大人は確保してあげることが必要だと思います。また、家庭では、子どもがくつろぎ、エネルギーを充電すると共に、親が子どもをかけがえのない存在であるということを伝えていくことも大切ではないでしょうか。そのためには、親が余裕を持って子どもに接しなければいけないですね。(40代・女性・主婦・中学生)

 私が親の教育力が低下していると感じるのは、学校行事の時です。授業参観では、子どもの頑張りが見られるせっかくの機会なのに教室に入らず廊下で話しているお母さんがいます。奉仕活動や運動会などで全校児童や保護者が一同に介意する時などいっこうに話しがやみません。校長先生やPTA代表のあいさつなどほとんど聞こえません。親が話をする人に注目する、先生に率先してあいさつするなど社会生活で基本となる大切なことを子どもの手本となって行動しなければ、今の親の姿を見てあらゆることを軽くとらえる子どもがそのまま大人になってしまうと思います。自分の子どもだけはしっかりさせなきゃと考え、よその子に注意できない私自身の心の狭さにも問題があると思います。子育ては家族や先生、地域全体で取り組むことが大切で、子どもの成長とともに親も成長しなければならないと思います。(30代・女性・主婦・小学生)

 今年受け持ったクラスの子どもの様子を見ていて、ずっと違和感があった。アスペルガー症候群でもなさそうだが、何かがおかしい。間違いを指摘するとキレたり、投げてしまうことでそれを断ち切ろうとしたりしてしまう。自分をとても見て欲しいというアピールをする。人の失敗には厳しい。とてもプライドの高い子なのかと思っていたが、この特集を読んで、彼は仮想型なのではないだとうかと感じた。自尊感情の低さがそうさせていたのだろうかと感じた。今、子どもがとても変わってきている。40人近い人数を預かる立場として、そうした子どもを集団の中でもトラブルなく周りと一緒にのばしていかなければならない。こうした行動をとるのはなぜなのか、どうしていったらいいのかをとても知りたい。今後もこうした情報を期待している。(40代・女性・小学校教員・高校生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/10/22

 速水先生の『仮想的有能感』について、とても興味深く感じました。確かに小学校高学年くらいから「自分も大したことはないけれども、この人よりはましかも」という比較によって自分を安心させる子どもがいます。周りの人間を少し低く見ることによって、自分のプライドを維持させようとしているのでしょうか?それは今の親世代も同じことが言えると思います。テレビに出ている人を馬鹿にする、近所の人の悪口を言う、そういう大人の態度が子どもたちにも反映されているのが今の世の中であり、現代社会の歪みだと思いました。(40代・女性・主婦・中学生)

 最近、思いやりのない行動をする人が多いように感じます。 しかし、自分自身を振り返ってみると知らないうちに相手を傷つけたり悩ませてしまっていることもあります。私をふくめ、皆なやんでいると思います。でも、だれも助けてはくれません。助け合いの大切さをもっと教育にも取り入れていくべきだと思います。(30代・女性・主婦・小学生)

 昔と今では物資や情報の量が違い、比べる事はむずかしいとおもいますが、昔の子育ては、子どもに食事を与え大人にさせることが子育ての完成であり、子どもを放任する事が悪いことではありませんでした。今の子育ては、身体を大きくする事だけでなく、心の成長や学問なども親が関わらなくてはいけません。昔の放任主義では、子どもは子ども同士で規則を作り、危険な遊びもしてたくましく育っていました。今の管理主義では、子供は親の管理下におかれ、危険は回避されて、欲しいものは与えられるために、親との距離感が近くなりすぎているような気がします。つまり、教育力は向上しているけれど、そのために子どもの独立心が薄れていることが問題だと考えます。(40代・女性・主婦・中学生)

 日本の家庭教育についてですが、共働きが増え、母親自身も社会参加をしています。両親共に父性を求められ学歴偏重で育った世代が親になっています。子どもの心の育ち、特に周囲の子との関係や学校での出来事で今日・そのときの気持ちがどうだったのか、どんな風にして悲しかったことや嫌なことを乗り越えたらいいか、今どこでぶつかっているのかなどの気持ちの部分は、その余裕のなさから見取る力を失っているように感じます。職業柄、最近は保護者との話題も「きれること」については少なくないのですが、すぐにきれるとき、理不尽にかーっとなるのではなく、他の手段でいくらでも追いつめられた気持ちを方向転換できることを、家で子どもと向き合って話すということ自体がほとんどない、なんていっていいかわからないという人が結構います。理詰めで学力は伸びても心は育たず、じっくりと繰り返し見守られ認められる中で自尊心が高まり、その中で初めて聞く耳を持ち行動も自制できるのではないでしょうか。評論している前に子どもと生で向き合うことが大事に思います。(30代・女性・小学校教員・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/10/15

 とても共感した。昨今の重大事件を起こす若者に多く見られるように思う。こうした気持ちは誰にでもあることながら、事件に至るまでの過程には、今更ながら家庭環境が大きく影響するのだと痛感した。しかし、これはやはり若者だけではないと思う。小学校や園ママを見ていても、他人を見下す人達が確かにいる。しかも意外と多い。私の関わっている人など、所詮一握りにしかすぎないのに。普段の挨拶程度の関係では「普通」でも、役員などを一緒にやると身に染みる。「あぁ、こういう人だったんだ」と。親がそうだからと言って、子どももそうだとは限らないと思っていたが、だんだん年齢が上がってくるに従って、やっぱり親に似てくる子が多いように思う。その親から見れば「いい子」なのかもしれないが、傍から見ると「できれば関わって欲しくない子」に育っていく。どうしたらいいのか…。親切に言おうものなら、親子共に返って逆切れされる。結局は当たらず触らずになってしまう。自分にも守るべき家庭があるからには、恨まれるようなことは避けたい。そうするとやはり、距離を置くしかないのか。そして、自分の子どもはそうならないように育てていきたいと強く思う。(30代・女性・主婦・小学生)

 2歳3か月になる双子の男の子の母です。子どもたちが乳児期のころはやはり育てるという生命維持だけに必至で正直ほかのことも考える余裕もなかったです。しかし幼児期といわれるころになると子どもも親も社会性を求めるようになり、ほかの子とくらべて話すのが遅いかな、保育園に行っている子は親離れできているななどと考えたり、自分自身が主人のお給料で生活させてもらっているだけの存在なのかななど考えるようになりました。08年4月に亡くなりましたが、私の祖母がよく「私たちの時代はテレビやラジオが今みたいにないからいろんな情報が入ってこなかった、でも近所の人がその分助けてくれたんだよ、今の人達は大変だね」と言っていました。今回の特集をよんで教育力はテレビで教えてもらえるけれど、本当の養育力は育児体験者と接したり、自分が体験して少しずつ学んでいかなければいけないものなのだと考えさせられました。(20代・女性・主婦・幼児)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/10/8

 特集を読んで率直に思った事。勉強って何だろう?という疑問。私達親が教えるべきものは合っているのだろうか…と不安に思いました。「いい大学を出て、いい会社に就職して…」それも1つの将来の形です。だから勉強をするのもいいと思います。ただ、その人生を歩むためだけに生きていくのもどうかな?と。現代、当たり前の事を当たり前に教える事のできない親が多すぎだと思うのです。ですから、幼い普通の子どもが凶悪な犯罪を犯す。勉強以前に、優しさや、対話、人の気持ちを教える事の難しさを痛感しました。勉強はマニュアルがある。でも形のない物は変形するから…。私には1ヵ月後1歳になる娘がいます。幸せな人生を歩んで欲しい。でも、私の教育で大丈夫なのか…。一生模索せねばなりませんね。(20代・女性・主婦・幼児)

 家庭だけでの子育ては今のような核家族では母親に大きく負担がのしかかります。真面目に一生懸命子育てをしていても、時に子どもは言うことを聞いてくれず、途方に暮れても相談する相手もいない。閉塞感の中で子育てをしている母親は多いと思います。最近、幼い子どもの命が母親の手によって奪われるいたたまれない事件がありますが、それもそういった閉塞感の中で生まれた悲劇ではないでしょうか。事件が起きるたび、誰かに相談できなかったのか、という声が聞かれますが、プライバシーを尊重するあまり、他人と一線を引いた付き合いを望む人が多いのも事実です。共働き家庭は今後ますます増えていくと思われます。子育ては一家庭内だけではなく、地域で子どもを育てていく、という意識が広く浸透すべきだと思います。(40代・女性・主婦・高校生)

 とても興味深く読ませていただきました。日本の現状を的確に表していると思います。この特集を読ませていただいて、今の日本の教育に必要なのは、生活者としての勉強、すなわち学校での教育が必要だと思います。もう、個々の家庭で出来るレベルは超えています。私も親から独立した時には家事はほとんど出来ませんでした。それでも、周りの友達に比べると、家の手伝いはしている方でした。小さいうちから、家事を学んで、最低限衣食住は出来るようにすべきだと思います。そして、育児に関しても同じです。やはり小さいうちから学ぶ必要があります。少しずつ学校のカリキュラムには入ってきていますが、もっとやるべきだと思います。子どもが少ないのは育てる自信がないからです。結婚をしないのも家事をする自信がないからなんです。(40代・女性・主婦・小学生)

 妻が娘に対して非常に厳しい態度で接しており、その方法は「(子どもは)七つまでは神のうち」のように昔のしつけ方とは相容れない方法だと感じました。確かに子育てに神経質なくらい振り回されています。食事の方法、歯磨き、宿題、明日の準備、服装、朝の準備などすべてにおいて子どもを叱りつけています。広田先生の言うところの「高い山に登っている」状態なのでしょう。私がもし妻と同じ方法で子どもと接すれば、おそらく親子ともども遭難してしまうでしょう。私は自分の親から怒鳴られて育てられた記憶はないので、子どもを怒鳴ることはありません。「子育ては低い山に登るようなもの」という言葉を妻に話したいです。(40代・男性・会社員・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/10/1

 「昭和の始め頃まで多くの日本人のしつけは厳しくなかった」という広田先生のお話には驚くと共に、最近の若い親のしつけはむしろ厳しすぎ、それが問題を引き起こしているのではないかという、自分の実感が間違っていないと感じ、一時ですが安堵いたしました。公共の場で、子どもをいわゆる“おりこうな子ども”としておくために、様々な小言を言い続け、時には怒鳴りつける母親は、自分自身を含め決して少なくありません。注意を聞こうしない子どもを前に、子育てのスキルの未熟さに悩みつつも、つい感情的になる自分を、母親失格とばかりに責め続ける母親も多いのです。広田先生、菅原先生が指摘されている通り、子どものしつけ、教育に関して家庭への圧力が高まっていることを日々感じます。子育ての責任に追い詰められる母親たち。出産費用や児童手当といった費用面での援助も大切ですが、親たちへのメンタルなサポートのための、具体的な手段を広く世間で論じていただければと願います。(30代・女性・主婦・小学生)

 現代の家庭での養育力低下と、幼児期からのたくさんの習い事に関係が出始めているのではないだろうかと感じています。子供のために…と習い事に通わせる気持は理解できます。一方で、幼児期から4つも5つも習い事に通わせるのには疑問を感じます。習い事に通わせることで、教育/養育している気になってしまっているのではないか。肝心の親とのふれあいの時間はなく、ふれあいを通しての養育は行われず、また習い事に行くことで、幼児期に体験したほうがよい友達との遊びも体験しないまま大きくなっているのではないでしょうか。そういった子は、自分に関心はあるけど、人への関心が薄くなりはしないだろうかと不安に感じます。また、そのような子が大人になり子を育てるとき、自分が子どものとき親などから十分に遊んでもらった体験がないため、子どもとどう過ごせばよいかわからず、同じように習い事に通わせることで養育していると満足しているのではないかと感じます。習い事ありきの子育てでは、お金もかかるため、子どもは一人しか…などと少子化にも少なからず影響を与えているのではないかと思います。(30代・女性・会社員)

 働く女性が増え、地域や他の人の手を借りて子育てをしていく事が重要とは分かるのだけど、自分が子どもの時にはなかった制度や施設に協力してもらうという事がどういう事で、どういう結果をもたらすのかがいまいち分かりにくく、ついつい身構えしてしまいます。かと言って、働かないと他の家庭との格差は広がるばかり。難しい世の中だなと思います。(30代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/9/24

 特集を読んで、強く共感しました。家庭で子どもを育てる時に、本当は誰かの力を借りたくても、両親だけで子育てをするしかない現状、また逆にプライバシーを大切にしたいという気持ち、私には両方あります。そして、子育てを終えた世代の人たちが「私たちの時はもっとよくやっていた」と言いたいがために、今子育てをしている人たちを苦しめるような言葉が出ていてそれが「昔はもっとしつけが厳しかった」とか「今の親は甘すぎる」という形の意見になっていると思います。本当に子育てが上手く行っていれば、今の世の中はもっと良い社会であったと思います。でも、そうではないのは今、私たち子育て世代を批判する人たちにも責任の一端があるように思えてなりません。(30代・女性・主婦・小学生)

 昔の家庭教育と比べて変わった点、私は情報量だと思います。テレビもラジオもなかった時代と、インターネットや携帯電話で様々な情報が得られる現代、教育に関する知識や意識が変わって当然だと思っています。以前であれば家族あるいは地域の情報だけで進めてきた子育てを、育児書、テレビなどの媒体から得る子育て情報、インターネットで調べた情報などを活用する反面、その情報量の多さから親としてもどれが正しいのかわからない状態でこどもを育てているように感じます。よほどしっかりした教育観を持っている人は別にして、私も含めほとんどの親が「人並み」を求めて子どもに接する結果、とても中途ハンパな状態になっていることが、家庭教育力の低下として現れているように思えてなりません。(40代・女性・主婦・小学生)

 企業で正社員(技術)として働く親です。景気のせいか、社員に課せられる任務は重いものになってきております。会社も育児休業や時間短縮勤務制など、育児に関する制度は整ってきていますが、それを利用していては、とてもこなせない質・量の仕事があります。子どもがいるからと言って、甘えてるとは思われたくないので、頑張る毎日ですが、やはり毎日クタクタで、悩むこともしばしばです。やはり、家族や子どもは大切です。もっと家族の為に時間を割きたいと思いますが、その為には仕事を辞めなくてはいけないのかと思うと、憂鬱です。仕事は厳しいけれど、やりがいもあります。早く器だけでなく、中身も伴った育児環境整備ができれば…と思います。
「育児休業制度を実質化し、男女ともに休業や退職の後も正社員に戻れるよう保証して、夫婦で楽しく子育てシェアをすることがキャリアのハンデにならない仕組みをつくるべきだ」という点には共感です。景気が悪いからだと思いますが、企業の理解を得るのも手ごわいと思います。結婚していない方や子供を産んでない方も多いので、その方々にも理解していただくことがあると思います。後輩(男・女)も「子供をもつ自信がない」という事があります。その後輩にも、子供をもったって、希望の持てる生き方ができるんだってことを見せてあげたいです。(40代・女性・会社員・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2008/9/17

 現代の子どもはしつけがされていないという意見はよく聞きます。公共の場所でうるさくしても注意しないなど、親力の低下についても問題視されていますが、私はむしろ昔よりも今の子どもの方が注意される場面が多いのではないかと感じています。今の子どもたちは大人仕様になっている社会の中に生かされていて、「公共の場」でない場所なんてほとんどありません。集合住宅が増えているため、家の中であっても飛び跳ねることさえできないし、外で遊ぼうにも道路は車優先で、子連れで自由に動ける場所が無いのも事実だと思います。もっと気を遣わずに時間を過ごせる場所があれば「公共の場」でも静かにさせることができるし、親も注意してばかりにならないのでしょうが、全てが公共の場になっている状態では難しいように思います。それでも「今の親はしつけができない」と言われてしまえば、必要以上に教育熱心にもならざるを得ないのではないかと思いました。(30代・女性・主婦・小学生)

 社会全体に「なすりつけ」「責任逃れ」の風潮が起きているように思います。マスコミが国や地方の公共団体、職員のことに関して大きく取り上げることから、公共物に対しての敬意が薄れ、マナー・モラルの低下が起きているのではないかと思います。大人の意識低下から、子どもへの指導ができなくなり、しつけられていないお子さんが増えてきているのではないかと推測します。先日悪いことをして謝らないお子さんがいて「謝りなさい」と注意しました。その子は返事もできないで、ただじっと口を閉じているだけ。親の前で悪いことをしていても、親が子どもに注意しない、止めさせないなど目につくような気がします。 (30代・女性・主婦・小学生)

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