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Benesse発 2010年「子どもの教育を考える」
このコーナーでは、教育のあるべき姿をベネッセ教育研究開発センターと、皆さんと共に考え、創りあげていきます。
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『Benesse発2010年「子どもの教育を考える」』更新終了のお知らせ

『Benesse発2010年「子どもの教育を考える」』は、2010年3月31日をもって、更新を終了させていただきました。
これまでたくさんのアクセスをいただき、ありがとうございました。

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USER'S VOICE
「子どもを取り巻く環境と生活習慣」へのご意見・ご感想
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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/7/22

 一番私に欠けていること、それは親野先生がおっしゃられている「目をつぶる」ことだと感じました。ついつい、これも教えなきゃ、あれもできるようにしたい、しつけが足りないと言われたくない…と、必要以上に私自身が自分をがんじがらめにしているのかもしれません。子どもと一緒に生活して、一緒に笑いあって楽しめる関係というのは、一番の理想だと思いますが、現実には叱ることも多く、自己嫌悪に陥ることも度々です。叱るだけではなく、私も一緒に行動する、そしてそのうち子どももできるようになる。子どもと二人三脚の関係を作りたいな、と読んで感じました。何もかも一度にできなくていいんですね。ほっとした気持ちです。(30代・女性・幼児)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/7/1

 身につまされる内容でした。自分に余裕が無くなり、子どもが言う事を聞いてくれないと、怒ってしまい、言ってはいけない言葉をつい言ってしまいます。自分が子どもと同等になって考えると、子どもが傷つく言葉をわざと言ってしまいます。でもそれは、子どもの自信を無くしていたと自覚しました。何か回避できる良い方法があれば特集でやって欲しいです。年がら年中時間に追われています。短時間で子どもの気持ちを汲取る方法を、教えて下さい。(30代・女性・主婦・幼児)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/6/24

 「子どもを取り巻く環境と生活習慣」の特集は、すごく気になりました。私が小さい頃は父親が帰って来ないと食事をする事ができませんでした。それがよかったどうかはわかりませんが、でも食事をするときはその日の出来事を話し、楽しかった記憶があります。いじめられた時もそれで乗り切りました。しかし、今、主人は帰りが遅く、平日みんなで夕食を食べることは全くありません。 私にも余裕がなくイライラする日もあります。そんな状態で子どもはどう感じているのだろう…と不安になる時があります。我が子にはキレやすい子になど絶対になって欲しくないと思いますが、最近、何気なく過ごしている普段の生活がそんな子どもになる事を引き寄せてしまっているんじゃないかと不安です。(30代・女性・主婦・幼児)

 現在2児(3歳0歳)の母です。最近子どもを叱ってばかりいる自分がいます。原因は些細な事ですが、一度怒り始めると止まらなくなり、ことあるごとに大きな声で叱ってしまいます。悲しそうな子どもの顔を見てしまったと思うけれど、一生懸命違う話をする態度に、さらにイラついたりして…。何故大きな声を出してしまうのか、自己嫌悪の毎日です。決して子どもが嫌いな訳ではなく、可愛いし、いとおしい宝物です。子どもをほめること、共感すること、抱きしめる事、大好きを伝える事は実際意識しています。私がしている行動は、自分が誉められて育てられなかったり怒鳴られてばかりいた事と関係あるのでしょうか?「大きな声ださないで」という子どもの声が心にズシンときます。私はダメ母だなあと自分を責めています。(30代・女性・主婦・幼児)

 「他人を見下す若者」は、ネット上では多く見られる。昔も他人を見下す生意気な若者はいたはずだ。しかし、彼らにネットはなく、心密かに他人を見下していたのではないだろうか。ネット時代の若者とそうでない時代の若者の大きな違いは、行動することでしか自分を表現出来なかったことにあると思う。自分の意見を言うだけでも能動的な行動が伴う。ネットがない時代の若者は、常に行動しなければ認められる立場にいなかった。動くことで何かが得られるというメリットが、やり直しがきかないデメリットを上回っていたのではないだろうか。平成大不況の中で、動くことが出来ないジレンマを抱えた若者の姿が見えてくる。それは、若くない私たちの生き方をも左右していると感じた。(40代・女性・主婦・幼児)

 「危機がつのる子どものからだ」について。20年前に中学で教育実習をしたとき、1年生が「手つなぎ鬼」をしらないことに愕然としたが、やり方を教えると結構たのしそうに遊んでいたことから、どうやらやりたくなくてやらないのではなく、私が子どもの頃から10年足らずの間のどこかの段階で、遊びの文化の伝承がとまってしまったのではないかと思った記憶がある。子どもが保育園にいくようになって、保育園ではいろいろな遊びを教えてくれるのだが、3、4歳では残念ながらやらないとすぐ忘れてしまう。家庭で遊んでも少子化で「集団」にならない。小学校にあがってから、昼休みにでも外に出て、最初は先生が教えて集団遊びをやれば、今より少しは身体能力が上がるのだろうか。(30代・女性・主婦・幼児)

 「子どもが見ている食卓の風景」を読みました。子どもの描いた絵でその子の環境がわかるということで、様々な絵の例が掲載されていたので非常に理解しやすく参考になりました。現在小1の上の子が3歳くらいの頃、食事にあまり手をつけない子どもに対し、夫も私も「残さず食べさせる」ことに一生懸命になっていた時期がありました。子どもは泣きながら食べることも多々あり、今思うとなんてかわいそうなことをしてしまったのだろうと悔やまれます。しかし子どもが食事を避けようとしているのに気づきショックを受け、それからは大らかな楽しい食事を心がけるようにしたのですが、あの頃の自分に、先生のこの記事を読ませたい気持ちです(記事中の「頑張りすぎる母親」に近かったのかもしれません)。その後、妹も生まれ、今は上の子も色々食べられるようになり、夕食中は色んな話をしながら賑やかな家族の食卓になっている(と思っている)のですが、我が子に食卓の風景を描いてもらい、子どもの視点から見た我が家の姿をそっと見てみるのも面白いかもしれないと思います。(30代・女性・会社員・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/6/10

 一歳三ヶ月の子を持つ母親です。日々の成長を嬉しく思うことが多い中、好奇心も旺盛になり親にとっては困ってしまうことをすることも多くなってきました。よく子どもに『だめ』と言わないほうが良い、と耳にはしますが、昨日できなかった事が今日はできるようになっている…という毎日なので、ついつい『ダメ!ダメ!それはダメよ!』と口にしてしまいます。子どもがのびのび過ごせるよう、命にかかわる危険な事以外なら『すごいね!こんなことも出来るようになったのね!』と声をかけてあげられるよう、私自身気持ちを切り替えて子どもと向き合おうと思いました。(女性)

 のんびり屋の小学校二年生の息子がいます。忘れないようにと、朝ハンカチなどを用意し渡すのですが、すぐにポケットにしまわず、玄関でもう一度確認すると、テーブルに置いてきたというので、毎日怒ったり、いらいらしたり、また用意してあげたり。一事が万事その調子でした。特集を読んで、言葉などでしつける方法ではなく、子どもが自然に行えるシステム作りが必要なことがよくわかりました。そこで、玄関にハンカチなどを入れた籠を用意し、忘れたとしても出ぎわにそこから持って行くようにすると、まだまだ前もって用意できるようにはなりませんが、親が怒らずに済むようになりました。(30代・女性・主婦・小学生)

 否定しない子育てを実践したくて、そして実際に苦心している所です。自分自身が沢山の否定を受けて育ちましたし、そのせいで自己肯定感が薄いと感じます。対して夫は家庭で否定をされるという経験があまりなかったといいます。そして、私から見る彼は、自己肯定感が強くあり、失敗や挫折に対する受けとめ方が違うように思えます。もちろん、厳しく育てられたことで、私に分があることも沢山あります。今の日本の社会で仕事をし、生活をしていく上では、とても役に立っていると思うのです。ただ、同じく生きる中で、幸せをより感じながら生きていくことができるのは、自己肯定感のある人なのではないか。子ども達にはできるだけそうしてあげたいと思います。(30代・女性・小学生)

 親野智可等先生の出版物やお話を参考にさせて頂くことが多いのですが、少子化や親自身もそれほど兄妹の多い環境で育っていないために、自身の子育てに悩む事が多い世の中だと感じています。昔なら地域で子育てをしていましたが、今は地域との繋がりも薄くなり、悪いことをしても叱りつけるといった、良い意味での「近所のおじさん・おばさん」が居なくなりました。それどころか、時折注意をしてくれた方に対して親自身が不満を漏らしたり、子ども自身も「誉めて育てよう」と言う方針をどう間違ったのか、叱られたことがない・叱られ慣れていないという子もよく目に付きます。その反面、周囲の目を気にしすぎて叱りすぎたり…。周りのお母さん方と話していても、皆さん一様に「プレッシャー」にさいなまれているとヒシヒシ感じます。子ども数が少ないが故の周囲からのプレッシャー。情報等から子どもの将来を考え込みすぎ、自身が焦ることからくるプレッシャー…。子どもの「今」の姿を見るだけではなく、広く先を見据えた「育児」と「育自」をしていかなければならないのだと、思い考えさせられました。(30代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/6/3

 子どもの前でつい涙がでました。小学1年の男の子です。日ごろから叱ったり注意したり、時には怒ってしまったり。うちは一人っ子なだけに、じーっと見すぎてしまうのです。なので見守ろう、と思っても、やっぱり口出ししてしまったり、お尻を叩くことも…。そして「もうちょっとお話を聞けるようになろうね」とお話していると、子どもに「ママがおれのこと責める」と言われてしまいました。私はそんなつもりはない、あなたが大好きで、あなたのために言っているんだよ、なんでわかってくれないの、と心で思い、つい涙がでたのです。でもいろんな意見をみていたら、自分が辛抱できていなかったり、子どもにとって良いモデルになっていないな、など、自分自身が親になりきれていない未熟さもわかりました。親6年目、これからも子どもと一緒に素敵な〔親〕になっていきたいです。(30代・女性・主婦・小学生)

 親野智可等先生の「教育に対する社会の関心の高さが、保護者に対してプレッシャーになっている」という言葉は、親として救われた思いがしました。4人の子がいますが、4人目にして、初めて、親が言う「良い子」とは、親にとって「都合の良い子」の事を指すのではないかと実感しました。一人目の時には、他の親や大人の目を気にして、叱りたくないのに叱ってしまったことも幾度となくありました。どんなことにも理由があると思い、まず「何をしたかったの?」と聞ける余裕ができたのも、末っ子になってからです。そして「親の言葉は子どもの未来の設計図」と「叱るより受容を」とのお話も、怒ったり叱ったりすることの非生産的な事がよくわかりました。歯科でのたとえは、更に具体的で、早速、明日からでも実践できそうに思いました。子育てへの勇気を頂いた気持ちでいっぱいです。(50代・女性・福祉関連業・社会人)

 我が家でも、いつも子どもに片づけをしなさい!と叱ったり、一緒に片付けたりしていますが、子どもが一人で片づけを出来ないことにイライラしていました。一日のうちに10分の片付けの提案はとっても良いものだと思いますが、子どもは具体的に教えてやらないと、何をどう片付けたらいいのか分らない!とパニックになります。本は本棚へ、おもちゃはおもちゃ箱へと分類分けをさせるのですが、本棚の手前の空いた空間に物を置いたりして、次に本を出す時には邪魔になるような収納をしてしまいます。何度言っても変わらず、どうしたらいいものかと悩んでいます。こういった場合はどのようにしたらいいか、次回は具体例をお願いします。(40代・女性・主婦・小学生)

 子どもの生活習慣はすぐ直せるわけではない、という記事にハッとさせられました。私は仕事をもっているので、夕方6時〜10時前後の4時間の間に子育てにかかわる全てをしなくてはいけないという強迫観念のようなものに追われ、効率優先で動いていたように思います。当然、子どもへの声掛けも、励ますものより急かすものばかりです。自分でさえテキパキできないのに、子どもが思うように行動しないことでイライラも募る一方だったので、ちょっと目先を変え、励ます努力と一日10分間行動を心がけようと思いました。ただ、まずは10分間勉強できるようにするのか、それとも片付けをさせるのか、そこでまた悩みそうですが…。(40代・女性・企業・中学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/5/27

 「木はそんな風に小さくまとまりたいと思っているわけではない」という、親野先生の言葉に、自分の子どもをもっと長い目で見ようという気持ちが湧いてきました。親の思い通りの枝振りに、と考えていたわけではないけれど、この頃、娘に対して私がしていたことはそれに近かったのではとはっと気付かされました。私たちの世代は何事も努力して結果を出すことに一生懸命で、だからこそ結果が得られない子育てに、焦りや戸惑い、いらいらを感じやすいのだと思います。育児書やテレビのコメンテーター、ママ友の情報に振り回されがちで、時に「そんな風にできない…」と、自信を失ったりする私にとって、親野先生の言葉はあたたかく響いてきました。特に片づけについては、「子どものうちにできるようにしておかないと…」と毎日寝る前にいらいらしながらさせていたので、参考になりました。今日明日ですぐにできるようなものでない、と割り切って、“気長な子育て”を心がけたいと思います。(30代・女性・主婦・小学生)

 赤ちゃん戻りなのか、不安にさせてしまっているせいなのか、子どもは家の中でも手をつなぎ、そばにいないと泣いてしまい、常にイライラして過ごしていました。子どもが昼寝中にと、メールを開き、この記事を読みました。そうなんですよね。お腹にいる時から話しかけていて、最初は独り言だったのが、お腹をたたいて返事をしてくれるようになり。そして無事に生まれてきてくれて、少しずつ言葉を覚え、やっと会話が出来るようになったのに、私は「なんでもかんでも聞いてこないでよ」「絵本はさっき読んだでしょ」と、ようやく、やっと話せるようになったのに、そう思ってばかりでした。涙がでました。何が大切なのか教えて頂きました。私の声で安心してくれるなんて、素敵なことです。たくさん話しかけ、お話ししようと思います。ありがとうございました。(30代・女性・自営業手伝い・幼児)

 子どもの叱り方について、ちょうど頭を悩ませていた時でした。ついカッとなって、がむしゃらにまくし立てて怒ってしまうことが多く、これではいけないと思いながらも同じような怒り方を繰り返して、また自己嫌悪に陥るという繰り返し。子どもとの信頼関係が崩れるというのをみて、本当にそうだな〜と改めて思いました。自分が親に人格否定されるような怒り方をされ自信をなくしたうえに、愛されていない、捨て子なんではないかと思った時期があったのを思い出しました。自分がされて嫌だったことを息子にしていたんだと思うと悲しくなりました。これからはもう少し冷静に対処できるよう心がけたいと思いました。ありがとうございました。(30代・女性・主婦・幼児)

 室田先生の“食卓”をテーマとしたお話に興味を持ちました。子どもに食事時の絵を描いてもらうだけで、その家庭の様子がある程度予想がつくという点です。小学生のころに、このような絵(記号で家族を表す)を描いたことを思い出しました。そのころはなにも考えずにただ描いたのですが、幼少時から両親の共働きや父の長期に渡る海外単身赴任などで一人で過ごすことが多く、楽しい食卓はあまり想像できなかったことが表れていたのでしょうか。家族で食事を摂っていても、両親は疲れていたりケンカをしたりしていて、これ以上雰囲気を悪くしないよう、ただモクモクと食べることに専念していたように思います。今は主人と二人ですが、食事時、小さい頃のような緊張感の中での食事でもなく、笑いもあるのでいいかなと少し安心しました。私が結婚の理想にあげて紙に書いていたのが、“家族で笑顔で食卓を囲んでいる”だったことを今思い出しました!(30代・女性)

 いつも子どもがやりやすい環境を整えていくという考えに共感しつつも、なかなか実行できずにいます。そこには自分たちが育ってきた「こうしなさい」といった枠にはめられた育てられ方も大きく影響しているように思います。情報も溢れている中、自分らしい子育てについて考えてしまいます。結局、枠にはまっていた方が楽なのかと。今後も試行錯誤の連続かと思いますが、親の力で子どもを押し潰さないように気をつけたいと思います。(30代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/5/20

 食育という言葉をよく耳にするようになりましたが、これまでは、三食バランスよく食べさせていれば、それで良いのだろうと軽く考えていました。中村先生の「危機がつのる子どものからだ」を読んで、親として「誰のために誰が作ったのかわからない食べ物」という表現には考えるものがありました。食事はただの栄養補給ではなく、大切な教育の場だと改めて感じたのです。これまでは、「本質的な」「人同士の関わりのある」食生活などということは気にかけていなかったように思います。忙しいとか時間がないとか言い訳をつくって、食事の時間をないがしろにしていなかったかを反省しています。材料の選び方、どれほどの手間を掛けて料理するのか、マナーなどはもちろん、大人になったときに何をどれくらい食べれば良いのか判断できるように教えていくことも含めての「食育」だということを知りました。(40代・女性・主婦・小学生)

 7歳の息子と5歳の娘を持つ二児の母です。私自身が外国人であるため、二人には小さいときから日本語の他にハングルを教えております。日本と言う環境の中で、完璧なバイリンガルを目指すのはなかなか難しく、今も悪戦苦闘中です。特集のお話の中に、土台となる母語がしっかりとしていてこそ、第二の言語習得の時にうまくいくという内容があったので、ある意味ほっとしました。発音は耳で複雑な音を聞き分ける時に身につけるのが勝負だとおぼろげながら感じていたので、子どもたちには発音習得時期を意識して教えておりました。童謡や絵や映像などを使って、週一回はお稽古感覚でハングル勉強を続けさせております。今、長男は簡単な単語の読み書きができるようになり、長女は童謡をたくさん歌えます。会話まではスムーズにできないものの、余裕を持って、子どもたちの能力を信じてこれからも家庭塾を続けたいと思います。子どもたちがちゃんとハングルでしゃべり、ハングル文の読み書きができる日まで…。(30代・女性・主婦・小学生)

 親の役割の大きさを改めて実感しました。やはりどんな優れた映像教材よりも人の声が勝ると言う事ですね。良いと言われるモノとも、それに頼り過ぎず上手に付き合っていけたらと思いました。また、一方通行ではない双方向のコミュニケーションの大切さを痛感しました。親をみて子は育つんですよね。今までの行動を改めなきゃ!と思う事が多々ありました。子どもをどう直すかの前に自分を見つめなおそうと思います。年齢が上がるにつれて絵本を読む頻度が減ってきていたので、これを機に回数を増やしてみようかと思いました。(30代・女性・主婦・幼児)

 私は子ども時代、大勢で砂にまみれ引きずられ、傷を作って泣いて笑い転げて遊び、夕暮れに「いい加減に帰りなさい」など、母親や友達の母親に怒鳴られてから帰宅する日々でした。大人になった今、その頃の友達と電話で懐かしんで話をしています。娘は小学三年生で外遊びが大好き。しかし、私の頃より学校が終わるのも遅く、娘を含め習い事をしている子が多いので、なかなか都合が合わず2〜3人で遊ぶ事が多くなってしまいます。また遊ぶ場所の移動はしない事などの条件の中で遊ぶため、私の子ども時代のようにはいきません。娘は娘なりに楽しい日々と思いますが、大人になって懐かしんで話せる放課後であり、懐かしんで話せる友達がいて欲しい。こう思う気持ちが、明石先生の「『放課後社会』の復活を」を読んで一層強くなりました。(30代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/5/13

 胎児の聴覚については、なんとなく知っていたので「英語は、早く聞かせるほどよい」と漠然と思っていた。やみくもに英語教材を聞かせていたので、1歳8ヶ月の娘は「アップル」は分かるけど、「りんご」は分からない。他の言葉は、日本語だけど、英単語だけ知っていることがある。「ベイビー」とは言うけど「赤ちゃん」は分からない様子。身をもって実感しているので、「二言語相互依存説」を読んで理由が分かりました。成長に合った教材を使うことが、とても大切ですね。(30代・女性・主婦・幼児)

 生体リズムが大切なことは最近よく耳にしていたので一応気をつけて早寝早起きさせているつもりでした。しかし、高学年になると学校からの帰宅も遅くなり、宿題や塾、習い事のあとで子どももくつろぐ時間を持つとなるとどうしても就寝時間が遅くなり、リズムが狂ったり成長に悪影響が出たら…と心配しているところでした。この記事を読ませていただき3.5日周期でリズムを調整出来ることがわかり安心しました。やはり週の真ん中や週末にちょっとホッとしたいと考えるのは人間に刻まれたリズムなんですね!子どもの生活にもその事を生かしていきたいと思います。(女性・主婦・小学生)

 今の子どもは、小さい時から学校が終わって塾へ行き、遊びといえばテレビゲーム。そんな生活が習慣になっているような子どもも多いのではないかと思います。十何年も前のことですが、公園でベンチに腰掛け、並んで携帯型テレビゲームをしている子どもを見かけたとき、愕然としました。私たちの子どものころは、公園は、大勢の子どもたちがボール遊びをし、さわぎ、走り回って遊ぶ。そんな場所でした。今、確かに外で遊ぶ場所が減り、規制も多いし、必ずしも安全とはいえない社会環境になっているということは確かです。しかしながら、その中で子どもたちは、心も体も成長していかなければならないのです。人と人とが接し、いろいろな状況判断や協調性などを学ぶことが困難になっているような世の中ではないでしょうか。大雑把な意見になってしまいますが、そういう環境を今の大人たちが変えていかないと、子どもたちが大人になったとき、親になったとき、又、今後生まれてくる子どもたちの将来は、どんな風になってしまうのかと危惧します。塾もテレビゲームも否定するわけではありませんが、もっと心もくらしもおおらかになるような人間、社会になってほしいと切に願います。(40代・男性・建築デザイナー・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/5/7

 娘は近所のお友達に比べて、はいはいや、立つ・歩くという面での成長がゆっくりです。音楽が聞こえてくればリズムにあわせて体を揺らしていましたし、手を使う遊びはわりと早くしたりしていましたが、基本的におすわりして静かに遊んでいました。たまに他のお友達と集まると、ハイハイしたり伝い歩きをする子ども達の中で娘だけがじっと座っている。それはそれでいいと思っていても、他のママの「まだ動かないのね」という言葉にちょっと焦りを感じてしまうこともありました。育児書を見て「子どもにはそれぞれのペースがある」と書いてあって胸をなでおろしても、保健センターの健康診断でひっかかってまた気を揉むという日々でした。今回の特集を読んで、育児書での「それぞれのペースがある」という点がよりわかり易く理解できました。家にいると一日中、絵本を持って追いかけてくる娘に辟易していましたが、明日からもっと優しい気持ちで読んでやることが出来そうです。娘と一日も早く会話できる日が待ち遠しいです。(30代・女性・主婦・幼児)

 赤ちゃんはお腹にいるときから、お母さんの声や色々な音を聞いているんですね。「よしよし」というお母さんの声で安心して泣き止んだり。そうは言っても毎日のこと。子どもが大きくなるにつれ、怒ってしまうこともたくさんあり、「もっとこう言えばよかった…」と悔やむこともしばしばです。でもこの特集を読んで、子どもが「何があってもお父さん、お母さんがいれば安心」という安心感を持つということが大切なんだ、と感じました。言葉や毎日のコミュニケーションを通して、子どもの心が豊かに育つ。そんな家庭を作っていきたいなと思いました。(30代・女性・主婦・幼児)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/4/22

 言葉は人とのコミュニケーションを通して獲得されるとのこと、(そうだろうな…)と思いつつ、調査として、乳幼児のテレビ、ビデオ等の視聴時間と言語発達の関係報告を読んで、親として、子どもとの関わりを大切にしなくてはいけないと実感しました。幼稚園前の幼児が、簡単に、九九を暗記したり、歌や物語を暗唱したり、「すごいな」と思っていましたが、先生のおっしゃるように、単なる文字の連なりに過ぎず、保護者がその言葉に、ぬくもりを与えたり、様子を伝えたりしてこそ、その言葉が生きてくるとわかりました。家庭で、子どもと過ごす時間。このことを意識して子どもと接するか、どうかで、子どもの言葉の獲得は変わっていくのでしょう。やはり、生の声は、映像やテープなどには、負けない素晴らしいものなのです!(40代・女性・主婦・小学生)

 室田先生の「食卓の風景」を読んで考えさせられました。我が家の子どもたちはどのような絵を書くのか、非常に気になります。どの家庭でも、家族全員でその日の出来事を話しながら楽しく食卓を囲む、毎日その時間が持てれば、現代の子どもを取り巻く多くの問題は大分軽減されるのでは、とさえ思います。しかしながら、父親は仕事で遅い帰宅。子どもは塾、習い事で夜、弁当を持っていく日もあり、家に居られる日は宿題、試験勉強、テレビを見られるのは食事の時間くらい。自分自身もパートから帰り、慌ただしく夕食の準備、片付け、家事に追われる毎日。子どもの食事のマナーの悪さも、今自分が注意しなければ大人になって恥をかくと思うと、つい口うるさくしてしまう。せめて家族の揃う週末の食事も父親が率先してテレビをつける。いかにして、この現状を改善すべきか…何か一つでもいいから直せることを考えなくてはと痛感しました。(40代・女性・主婦・高校生)

 子どもの社会性を育てる親子関係を読んで、なんだか自分の取っている行動などが、ほとんど当たっているようで、耳が痛くなりました。自分なりに頑張っているつもりですが、ほぼ一人で子どもを見ているせいか、つい怒ってばかりいて、子どももいっこうに片づけなかったり、話を聞いてくれなかったりで、悪循環のように思えます。いつもこのままではと思いつつも、なかなか自分も変われないです。(40代・女性・主婦・小学生)

 「子どもの社会性を育てる親子関係」というタイトルに引かれて拝見しました。私自身、社会性が本当にあるのかなあと自信をなくすようなときがあり、子どもに社会性をしっかり身につけてほしいと思う気持ちが強いので、親としてどんな手本を見せたらいいのかと戸惑いながら子育てしているときがあります。子どもには、協調性がありそれでいて自己主張しなければいけないときには、はっきりと自分の意見が言えるような、それでいて人の気持ちをよく汲み取れるやさしい心の持ち主になってもらいたいと思っています。小学校に行くようになって、同級生だけでなくいろんな年代の子どもと接して自分なりに付き合っていく機会を子どもには作ってやり、私も地域だけでなく幅広くお付き合いを広げて、そこであった出来事や話題を子ども達に提供して、子ども達の付き合いの中で話題になったことも聞き役に廻って受け止めて、その上で理想とする人になってくれたらなあと思っています。親を超えてほしいです。(50代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/4/15

 まだ母親という立場になって間もなく、現状を知らないこともあり、今の子ども達の生活環境については気にかかっていました。自分が子どもだった頃と違ってきているのはいたしかたないと思いますが、どんな時代にあっても、子どもが子どもらしくいられる環境を大人がもっと意識する必要があると思います。地域と触れ合うためには合宿しなければならないところまできているのか、と少し驚きましたが、それでも子ども達に、より沢山の経験をさせてあげられる機会になるならば自分にできることは協力していかなければと思いました。(30代・女性・主婦・幼児)

 ソーシャルスキル――私もこれからの教育に必要な大切なことだと思います。テストでいい点をとることや、いい学校に行くことよりも、社会に出てからのことを考えると、人とコミュニケーションをとれる人間になることのほうがどれほど大切か、私も身をもって経験してきました。大人になったら自然に身につくという考えは、間違っていると私は思います。日常の小さなことからはじまって、常識的なことを知らない人が最近増えているように思います。私も社会に出てから、恥をかいたり、失敗をかさねて、多少は身についたように思いますが、それでもまだまだ自信はありません。子どもの頃に、親や先生がそうした教育をしていくことが重要だと思います。(女性・主婦・幼児)

 子どもを取り巻く環境の移り変わりがとても分かりやすく、自分に置き換えてみてなるほどと思いました。「おなか空いた〜、ご飯なに?〜」と家に入るなり言っていた子どもの頃。とことん校庭で、教室で遊んで帰り道も立ち止まってお友だちとおしゃべりして帰ってきたなぁと。 現在、我が子は4年生と1年生ですが、学校は放課後開放をしていません。そして、お友達もそれぞれの(学童だったり、お稽古だったり)場所へ帰っていきます。子どもだけののびのびできる時間・場所はあまりなく、学校にいる時間が全てで、冒険や、ちょっとしたふみはずし?は先生のもとでは、しづらいようです。最近は、確かに物騒で、自分の子を守るなら紐でも巻きつけておかないといけないというくらい神経質になりがちですが、大人も夕方の少しの時間、遊ぶ子どもたちの近くで、見守ってあげられたらなぁと思います。 不景気で仕事の時間も増え、豊かな時の流れを見失い、目先のものに慌てさせられがちですが、昭和の自分の小さかった時を思い出し、今を楽しく過ごすことの延長に未来があると子ども達が気づいてくれるといいなといつも思います。(40代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/4/8

 うちは泥遊びに水遊びし放題、毎日泥んこで帰って来る子でした。それはまるで昭和の時代を思い出させるような、学童保育所があったからです。当然民間経営で公立の学童保育よりは高かったけど、子どもには貴重な経験が出来た4年間だったと思います。今時経験できない泥団子作りや手づかみで魚とり、おやつは自分たちで手作りし、ガキ大将が一番最初にそれを食べる。都会では夢のような学童保育所も、残念ながら公立の学童保育が設置されたために数年前に閉鎖してしまいました。時代の波は子どもの心を狭いものにしていると、特集記事を読んで切実に感じました。(40代・女性・主婦・小学生)

 まさに対人関係が苦手な私と長男です。ただいま長男は7歳でこの春から小2になりますが、友達をつくれなくて困っています。そういう私もママ友と呼べる人もおらず。どうしたものかと悩んでおりました。下の子は4歳でこの春年中になります。上の子と逆で「私が私が…」と前にでたり、謝らなかったり、「だって…」が多かったりと思いやりの心を持って欲しいと思っておりました。特集の「子どもの社会性を育てる親子関係」を読んでソーシャルスキルという考え方を知り、とても勉強になりました。私のかかわり方を変える事により子ども達に自信をつけさせたり、思いやりの気持ちを持ってもらえるようにこれからもっと学んでいきたいと思いました。子どもとの1日1日を大切にして生きていきたいと思います。(30代・女性・主婦・小学生)

 室田先生の食卓のお話、まさにその通りだと思います。食卓って、一日のうちで家族が揃う唯一の時間・場所、って言うこともあると思います。特に今は両親が共働きだったりするし、残業で遅かったりもするし…。いつも、専門の先生のおっしゃることは話半分に聞いていますが(申し訳ありません)、それは、あくまでも専門の立場からの意見であって、実際の生活に即したものではないと思うし、即したものであっても個人個人で事情も違うのだから、一概には言えないんじゃないの?と思っているからです。でも、食卓のお話に関しては、本当に本当にその通りだと思って読ませて頂きました。昔も今も変わらない家族の団らんの場所って、そうないと思うのですが、食卓はその数少ない場所の一つだと信じています。その食卓に今はテレビがあるのが当たり前になりつつある…とても味気ないことだと思います。(30代・女性・主婦・幼児)

 室田先生の「食卓」に関しての感想です。大手進学塾へ小4から通っていました。小4の2月、塾が小5のカリキュラムになってから夕食は塾で弁当となりました。塾内の食事は15分以内で駆け込んで食べなければいけないということで、残したり、帰宅後お腹がすき、再度食べる様子を見て、このままでいいのかと思うようになりました。秋頃から娘が些細なことでイライラする、集中力が欠ける様子が感じ取られ、この状態をもう1年続けるのは健康上よくないと思い、徒歩圏内の個人塾へ転塾。こちらの先生は小学生の食事は大事で、食事中に親子で会話をすることで学ぶものは多いと言ってくださいました。転塾して3か月。3食を大体決まった時間に食べるようになりました。メニューの品目を増やしたり、苦手な食べ物を克服するよう工夫もしてみました。するとイライラすることは激減し、親子の会話が増えました。集中力や、周囲への状況判断、洞察力はかなり向上し、見える学力も上がりましたが、見えない学力、人間力はかなり上がったと思います。(30代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/4/1

 子どもの社会性を育てる親子関係を拝見させていただき、とても参考になりました。我が家には2歳10か月の双子の息子がおりますが、子どもの社会性を育てるためにはまず私自身の社会性がとても重要なのだと痛感しています。双子なので日々ケンカになってしまうことも多く、ほかのお友達と遊んでいるときもその勢いで手が出てしまうこともあり、ひやひやしてしまいます。でもその時、私自身が冷静になり、その時の子ども同士の気持ちをうまく感じて言葉にしてあげようと思っています。子どもと一緒に日々成長できたらいいな、と思います。(20代・女性・主婦・小学生)

 子どもの社会性を育てる親子関係 この記事を読みました。 春から中学校2年の息子がいます。幼児期の心の育て方に触れられていた記事でしたが、わが子はもう後戻りできないこと、少し後悔もしてしまいます。 すぐに親子ともに声を荒立ててしまうことが多く、部屋の片づけや勉強について触れると、「うるさい」「しゃべんな」とドラマのマネのような態度も多くなります。兄はどうしても先に成長するし、親子ともに新しい環境に進むことになり、いつも手探りです。友達との遊び方やゲームや進学についてなど子どもと親の考え方がこんなにも違うのを、時代のせいだけにしてよいものか?私は間違っているかどうか誰に聞いたらいいのだろうか?と悩みの深さは尽きません。サイトにある先生方の研究発表や、皆さんの意見を読むと、実行するのは難しいなと落ち込んでしまうことも多いです。でも、似たような悩みに重なった時、成長しているんだなあ、と以前よりも気長に待ってみようと思えるようになりました。幼児期よりも、親が離れる時間が増えて、見えない部分も気になりますが、少しずつ、責任も負わせて、経験させてみようと、親として見守っていきたいです。(30代・女性・主婦・中学生)

 室田洋子先生の「食卓の風景」について、とても考えさせられました。わが子ならどのようにうちの食卓を書いてくれるのだろうと、少し不安も感じました。我が家の朝夕の食卓はなるべく家族で取るようにしていますが、上の子が小1なので食卓でのマナーに対しても一番気をつけるべき年齢なだけに、食卓で叱ってしまうときもしばしばです。核家族なので、親に叱られるとその空気は重くなり楽しいとはいえない食卓になっているでしょう。そういえば実家に帰った時、私が出かけている間におばあちゃんとおにぎりを作り、「自分で作ったのを五個も食べたよ〜」って言ってたな、と思い出しました。子どもはその食卓の空気の味も判るのだと、自分の態度を改めさせられる特集でした。(30代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/3/25

 とても参考になりました。3歳前から親の腹で思っていることと言っていることが違うことに気づくなんて、ちょっとびっくりです。まだまだごまかせると思っていましたが、反省します。うちは上のお兄ちゃんが、好き嫌いをあまりしないで、野菜とかも我慢して食べてくれます。妹は正反対で絶対我慢しないで残します。特集を読んでお兄ちゃんの方が心配になりました。後から反抗期がものすごく出たりしたら大変です。あまり我慢しなくていいよと、今からでも言ってあげたいと思いました。(30代・女性・主婦・幼児)

 最近義母と同居になり、子ども(小4、小2)と4人で食事を囲む機会が増えました。主人は変則勤務なので、週に2〜3度一緒に食卓を囲めばいいほうです。同居前、子どもたちは学校であったことを一生懸命に話してくれて、それに私は反応しながら、楽しく会話をしていたように思います。が、義母が加わってから…子どもたちは学校であったことを同じように話してくれるのですが…気がつくと義母中心に話が進んでいます。子どもの話に私が相槌を打つのと、義母の話はどうもうまくかみ合わないのです。しかも少し以前に話をしたことを、同じように話し始めます。そうなると、子どもたちはおばあちゃんの話を聞くべく黙り始めます…。こんな調子なので子どもも私もストレス気味。3世代で食事を囲んではいますが、環境や生活パターンを別にしてきた家族との食事、たまに囲むならそれも新鮮ですが、毎日となると考えてしまいます。子どもの一日の様子を知る機会が減っているのですから…。今子どもたちに食事の絵を書かせたらどんな絵になるのかな〜と思いながら、読みました。その絵が、どんなになろうとも、食事以外でのコミュニケーションを増やすぞ!!と誓ってみました。(40代・女性・主婦・小学生)

 子どもの生活習慣の変化と生活体験の不足を読ませていただきました。先生のおっしゃるとおり、私も自分の子どもたちの直接体験が少ないことが気にかかっていました。私たちの子どものころに比べて、今の子どもは、メディアが発達したぶん、情報量はかなり多く知識ばかりが先行しているように思います。さらに、学校の帰りは集団下校で、他人に迷惑がかかる寄り道は禁止、道端の雑草や虫と触れることもほとんどありません。これではいけないと、親がわざわざ機会を作って見せたり体験させても、テレビなどの動画で見ているものは、もう知っていると言わんばかりにあまり興味を示さなかったりもします。親がセッティングして直接体験させることも、何か違うような不安もあります。でも、親が直接体験に奔走するのではなく、日常で親自身がして見せたり、手伝わせたりすることが大切なのだと言うことがわかり勉強になりました。(40代・女性・主婦・小学生)

 直接体験と間接体験を読ませていただきました。今の子どもが子どもらしく生活することが本当に難しいです。疲れたサラリーマンみたいな子どもがいっぱいいます。私が小学生時代を振り返り、約束がなくても公園へ行き、いろんな学年の子と遊んだり、空地があったことを話すと息子は「いいな〜ボクも昭和に生まれたかったよ」と言います。携帯やゲームは楽しいツールですが、時間や人との関わりと、相手を思いやる気持ちを食べてしまう魔物のように思えてきます。小さい頃に直接体験をして、人と違っていいのだとか、相手を思いやったり許したりを学ぶことは一生の宝物です。パソコンのボタン一つで必要以上の情報が得られ、気に入らなければオールクリアしてしまう間接だらけの社会、上手な関わり方を学ぶ時がきていると強く感じました。(40代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/3/18

 「子どもが見ている“食卓の風景”〜家族のコミュニケーションの質は『食卓』に凝縮されている」を拝見して、共感できる点が多くうなずきながら読み入ってしまいました。今子育てしている親の世代は、祖父母と触れ合った経験があるほうだと思います。しかし今の子どもは、一緒に生活として食事をともにした経験は少ないように思います、外食やイベント的にチヤホヤされながらの食事はあっても、本当にコミュニケ−ションを取りながら、生活としての食事の機会は少ないと思います。同じように親とも希薄な食事時間となってしまっている気がします。忙しく栄養を採るだけの食事になってしまって我が家の朝食も、バタバタと並べて「しっかり食べなさいね」と預け、子どもだけで食卓へ座らせていました。思えばそこで何か話したり、たわいなくても一緒に座ってあげたら…と気づかされました。料理の質ではないのですよね。たとえ目玉焼き一つの食卓でも、親子のコミュニケ−ションを図り、楽しく顔を合わせて食卓を囲めば、それはとても質のよい食事なんですね。早速今晩料理の方の力を抜いて、子どもと一緒に食卓へ着こうと思います。(30代・女性・小学生)

 我が家では1年ほど前までは、食事はテレビを見ながらが当たり前でした。習い事に時間がとられ、その時間しかテレビを見る時間がないと思っていたからです。しかし、下の子の視力が落ち、対策をいろいろ考えた結果、「食事中テレビは絶対つけない」と決めたのです。それから食事中の雰囲気ががらりと変わりました。会話が増え、家族でいろいろな事をしゃべり、食後も話が続き、1時間以上(時には2時間以上)食事に時間がかかっていたのに、30分ほどで食事時間が済み、良い事づくしです。テレビの音声を気にしてピリピリしながら、だらだらと食事の時間が続いていた以前には、もう戻りたくありません。やはり食事は栄養学的な栄養だけでなく、同時に心の栄養・人とのつながりを摂取する重要な時間だと、身にしみて感じています。(30代・女性・主婦・中学生)

 『子どもの生活習慣の変化と生活体験の不足』を読んで、とても納得いたしました。がしかし、直接体験の種類の数といいましょうか、絶対数が今の生活の中では確実に減ってしまっていると思います。自然の中で子どもたちだけで工夫して面白い事を見つけたり、小さな冒険をしたりすることが、正直なかなか難しいのです。最近の子ども同士での遊び方には、どうしても間接体験が多くなってしまっている中、直接体験をさせるには意外とお金がかかったり、母と二人では結局あまり楽しめなかったり、ということもあります。それでも少しでも実際の体験をしてもらおうと、小さなことからがんばってはいるのですが、試行錯誤の日々です。落ち葉をあつめて、マッチをすって火をつけて、焚き火で焼き芋を焼く、なんて昔は当たり前にできていたことが、今ではどこもかしこも焚き火禁止でなかなかできないのです。世の中が変わるにつれ、子どもが自然の中で普通に体験できていた事がどんどん減っていると思います。直接体験を、というのは本当によく分かるし実際にそうありたいのですが…。何か具体的なヒントやアドバイスなどが聞けたら、もっとありがたいなと思いました。(30代・女性・主婦・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/3/11

 谷田貝先生のお話、私にとってとても耳の痛いものでした。親になる前は「子どもにたくさんの経験をさせてあげよう」と思っていましたが、いざ親になると、子どもが危険なことをしたり怪我をした時に心配しすぎるあまり、子どものそのような行為を非常にわずらわしいと感じるようになってしまいました。そのため子どもには危険なものには近づかない、という消極的安全教育を中心に行ってきたように思います。怪我をしないためにはどうしたらよいかを教えることも大切だとは思いますが、やはり、子ども自身、経験して失敗・成功の中から「こうしたらよい」ということを学んでいくことが大切なのだと改めて考えさせられました。今まではどちらかというと、包丁の使い方、ひもの結び方、箸の使い方などは子どもが困らないように、手伝いをさせなかったり、紐が結べなかったらマジックテープにしたり、箸でつかめそうになかったらおかずをピックで刺してお弁当につめたり…。それではいけないんですよね。積極的安全教育を行う、多くの体験をさせるには自分自身、親として見守る力をつけ、親自身の体験をもっと積まないといけないなあと考えさせられました。(40代・女性・主婦・小学生)

 私は子どもの通う学校で読み聞かせのボランティアをしていますが、今まさにこのことを感じています。つまりどういうことかというと、子どもたちの読書が、絵本から児童文学・文学への広がりをみせないのです。また、読み取りも浅くなってきている。先生のおっしゃる直接体験と間接体験は独立して存在するものではなく、相互に連動していると私は感じています。文章を読んで、それをイメージできなければ、文章を読むこと自体全く面白くないでしょう。直接体験を積むことは、プチ幸せな体験を、親がどれだけ子どもに与えてやれるかということだと思います。小学3年生で、鳳仙花の実が、触るとはじけて種が飛ぶのを知っている子が、果たしてどれだけいるかを考えれば、急激に子どもの世界が変わってしまった事がわかるというものです。(40代・女性・主婦・中学生)

 私は昭和50年生まれだが、田舎で育ったせいか、放課後に地域の子どもと遊ぶ中で経験した楽しさや感動、人間関係の衝突や葛藤は今でもよく覚えている。それはきっと家庭でも学校でも経験できなかったことだろう。幸い、私の子どもも新興住宅地で育っているので周りに遊び相手は多く幼稚園から帰宅後は暗くなるまでお友達と外で遊んでいる。地域の子ども会などの活動もさかんなようだ。しかし、「事なかれ主義」もあるのか、よそのお子さんを叱ったり面倒を見たりする親は少ない。私が子どものころは悪さをしていたら怒鳴る「恐いおじさん」や、なんでもすぐに首を突っ込んでくる「おせっかいおばさん」がいてそういう大人とのつきあいからも人間関係を学んでいたように思う。子どもにはせめて地域の活動を通して、出来るだけ「第3の大人」と関わって欲しいし、私自身も「第3の大人」としての役割を果たしていきたい。(30代・女性・主婦・幼児)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/3/4

 「間接的体験」「直接的体験」――初めて耳にする言葉でしたが、先生のご指摘されている内容は、ズバリ、私が今、子ども達のことで気になっていることでした。私は、小学2年生と年長の子どもを持つ親です。情報化社会が進み、携帯電話、テレビ、ゲーム、パソコンなど、子ども達を取り巻く環境は、親世代が子どもの頃にあった環境とは、まったく違うものになっています。「もっと、運動をさせたい、基礎的体力をつけさせたい」と思えば、「水泳?サッカー?何を習わせようか」と、習い事を考えてしまう。もっと身近にある子ども主体の外遊び、家庭でのお手伝いなどの時間はどんどん減るばかり。「いいのだろうか、これが現代の子どもなのだろうか…」と疑問をもちながらも、周りを気にして、もんもんとしていました。でも先生のお話を読んで、「これは、うちだけの問題でなく、子どもらが今、抱えている環境にある問題なのだ。自分が意識し、子どもの直接的体験を増やす努力が必要なのだ」と実感しました。(40代・女性・主婦・幼児)

 確かに子どもに直接体験をさせてあげたいという思いはありますが、庭のない集合住宅に住む私の家では、ただ野の花や草を摘むにも砂をいじるにも外に出かけるのが一苦労。子どもだけで行かせるわけには行かないので、下の赤ちゃんもお出かけの準備をして、親子揃って出かけなければなりません。また幼稚園もバスで通っているため、寄り道することなく帰ってきます。昔は子どもだけでふらりと遊びに行けた場所も、交通事故や犯罪から身を守るため保護者がついていかねばならず、そういった煩わしさからついつい家にこもりがちになってしまいます。(30代・女性・主婦・幼児)

 直接体験と間接体験、確かに現在は直接体験をする場が減っていると思います。ただ間接体験が悪いわけではなく、先人達が遺してくれた貴重な経験をいかに効率良く吸収させるかが問題ではないでしょうか。体験的知識と法則的知識については、体験的知識を法則的知識に落とし込むことにより、その世代以降の人間に知識を共有化させるという理解もできるのではないでしょうか。研究者がどのような条件を整えればホームランが打てるという分析がされているわけですから、まったく打てなかった人がその条件を整えることで打てるようになるはずです。子どもが家事の手伝いをしないというのは、子供の親がどのように手伝いをさせればいいのか分からないということもあると思います。また、そういった親はやはり子どもの時に家事の手伝いをしていなかった事が原因だと思います。総合的には知識・経験のバランスが悪くなっているという事だと思いますが、どこら辺が丁度良いバランスというのを定量的に示す事は非常に困難なことだと思います。(30代・男性・会社員・幼児)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/2/25

 娘の周囲では習い事で時間が合わず、一週間のうち一緒に外で遊べる曜日が2日だけです。私の子ども時代は周囲の子どもの数もずっと多かったので、外に出ると誰かが遊んでいました。この通りにいなければ、別の通りにいけば誰かがいました。遊びも、確かに外で遊んでいるのですが、遊び方がなんだか小さい気がします。『かくれんぼ』にしても、街全部を使うくらいで遊んでいました。あの楽しさを、これから小学生になる娘も体験して欲しいと思います。大勢いたので時にはけんかをしたりもしていたと思います。でも些細なことだったのでしょう、記憶に残っているのはキャーキャーと遊んでいたことだけです。全員親友ではありません。でも本当に仲の良い特定の子との遊びもして、大勢の遊びもする。娘の習い事は一つです。いろんな体験はさせてあげたいし、興味の幅も広げてあげたいと思いますが、外で遊ぶのが特別な事ではなく『遊んで当たり前』にしてあげたいです。(30代・女性・主婦・幼児)

 子どもの生活に大切なものの、バランスが崩れてきていることを実感しました。やりたい習い事をさせることと、スケジュールの忙しさ。そのバランスはとても大切だと改めて感じました。我が家の朝食はほとんどが和食で、外遊びも比較的する息子なので先生の書かれた特集を読ませていただいてホッとしましたが、そんな我が家が最近ぶつかっている悩みが「ゲームとのかかわり方」です。小学2年生の息子ですが、去年のクリスマスにゲームが我が家にもやってきました。その結果、今までよりも寝る時間が遅くなってきたのです。お友達とは相変わらず外で遊ぶことが多いのでそれほど心配してはいませんが、寝る前にゲームをすると寝つきが悪いように感じるのです。目が冴えてしまう…というような感じです。今回の特集で先生が書いているような、「疲れて寝てしまう」という光景は本当に年に数回です。確かに思い起こせば私達の頃はそんな毎日だったように思います。先生の特集を読ませていただいて、子育てにおいて何が大切かを見直せるいい機会になりました。(30代・女性・幼児)

 普段仕事をしており、子どもとの時間が持ちにくく感じていました。その上、夜は職場の付き合いで出かけることもあり、学童保育に通う小2の息子と保育園児の4歳の娘に寂しい思いをさせていました。私は自宅で自営業を営む両親の元で育てられ、親が家に居ない日が無く、また自宅に来て働くスタッフなどの第3の大人と触れ合い、いろんな刺激を受けることも多かったように思います。居酒屋などに連れて行くのは気が引ける、と迷いもありましたが、ちょっと思い切って子どもたちを職場の集まりや友人と会う時に一緒に参加させてみることにしました。すると驚くことに子どもたちが生き生きと、大人たちとやり取りして刺激を受け、逆に大人たちにも新鮮な刺激を与え、個人的に子どもと文通など連絡を取る人も現れました。昔のように放課後好きにどこへでも遊びに行く、ということはできませんが、このような形でも、色んな大人とふれあいを持たせることができると実感しました。逆に不器用になった大人たちも、こんな出会いの仕方でも子どもと触れ合う気持ちをはぐくむことができたのではないかと思いました。(30代・女性・自営業・小学生)

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※(年代・性別・職業・お子様の学齢)

2009/2/18

 私は現在31歳です。小学校時代は遊んでいたことしか記憶にありません。新興住宅街だったこともあり、子どもの数は多く、放課後は近所の友達(年下や年上)と暗くなるまで遊んでいました。正直、学校で過ごした時間はほとんど記憶になく、放課後の遊んだ記憶しか残っていないくらいです。明石要一さんの特集を読んでびっくりしています。7割の子どもが「明日を考える生活」になっていることは驚きです。私は今の事しか考えていませんでした。現在、1歳2ヶ月の男の子がいますが、自分の子どもにも「今を生きて」ほしいと思っています。休日はいろいろなところに連れていきたいと思っています。自分の趣味(キャンプやスキーなど)に子どもを巻き込むように、いろいろな経験をしてもらい、人間関係が上手にできるような子に成長してほしいと思っています。(30代・男性・会社員・幼児)

 子どもの生活環境の変化と課題を読みました。第3の大人の存在に恵まれている子どもは、本当に少ないと思います。少子化、核家族化で、大人たちも子どもたちと付き合いなれていないので、子育て世代でない大人が、積極的に子どもとかかわることはなかなかない状態だと思います。また、不審者などへの警戒から、子どもと接するのは面倒な方のほうが多いのではないでしょうか。私自身も、記憶に残るような近所の大人とのかかわりがなく育ったと思います。私の息子たちも、大きくなるにつれ、家の前でうろうろしたりすることがなくなり、近所の方と話すこともほとんどなくなりました。ご近所の力を、というのはたやすいのですが、やはり親が近所の方とコミュニケーションをとり、子どもの橋渡しをして初めて、子どもが気に掛けていただけるというようになるのではないかと思います。通学合宿もとても魅力的に思えますが、やはりきちんとした町内のコミュニケーションがあってこそ、可能な取り組みのように思いました。そういう意味で、自分の子どもを育てるためにも、自分自身が地域に貢献しないといけないのだと反省させられる内容でした。(40代・女性・主婦・小学生)

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