未来をつくる大学の研究室 神経内科学
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治療法の研究
薬を開発してもそれを脳に届けられない!

  私たちの研究室では、神経疾患の中でも難病といわれる病気の治療法を、主に2つのアプローチから研究しています。
 1つは、病気の原因となった異常をきたした遺伝子を突き止め、進行や発症を防ぐという方法です。神経疾患は実にさまざまな原因で発病しますが、遺伝性のものと非遺伝性のものに大別できます。そこで、遺伝性疾患の患者に協力してもらい、その家系を調べて原因となる遺伝子を特定し、それに効く薬や治療法を開発するのです。神経変性疾患では非遺伝性の患者の方が多いのですが、症状はもちろん、発症機序も遺伝性のものと共通点があります。遺伝性の患者への治療法が、非遺伝性の患者にも効く可能性は高いと言えるのです。
 原因となる遺伝子の特定については、研究がかなり進んでいます。私たちの研究室では、遺伝性脊髄小脳変性症(※7)の原因にかかわる遺伝子を突き止めました。今は動物モデルによる実験に入り、治療法の開発に向けて研究を進めています。また、アルツハイマー病(※8)の原因遺伝子は、有名なものだけで3つ判明していて、それらについての研究も進めています。

写真2
写真2  実験は地道な作業だ。条件を少しずつ変えて、何度も行う。条件となる疾患状態をつくり出すことも、研究のステップとしては重要になるという

  症状の進行を止めるという治療法については、RNA干渉(※9)を活用して、望ましくない遺伝子の発現を抑える方法を研究しています。この手法は、動物モデルによって治療効果があることを証明しました。しかし、その薬を脳の患部に届ける方法が今のところなく、治験には至っていません。脳には「血液脳関門(ブラッドブレインバリア=BBB)」という、通常なら脳への毒物や病原体の侵入を防ぐための機構があります。このBBBは、治療薬といえども通り抜けることは容易ではありません。効果のある薬が作られても、それをターゲットに届けるという手法を確立しなければ意味がないという点は、治療の難しさでもあるのです。
 もう1つは、「再生医療」という治療法です。これは、臓器移植に代表されるように、欠損した部分に同様の機能を持つものを移植する治療法です。また、欠損した部分を体が自ら再生しようとする過程を人為的に促すことで、機能を回復させる方法も、再生医療の1つです。神経系も、これらと同様の方法でその機能を回復させることができるのです。
 例えば、事故などによって、手の末梢神経が傷ついて麻痺が残った場合、欠損した部分に別なところから神経を持ってきてつなぎ、再生しやすくなるような通り道をつくるという方法があります。
 ただ、脳は、心臓や肝臓のように機能として存在するだけでなく、人格をつかさどります。臓器と同じように「移植する」ことは、たとえ技術が確立したとしても、したいと思う人はいないでしょう。しかし、脳の一部、例えば脳卒中で損なわれた言語機能や運動機能の部分だけを移植したり、神経細胞を再生させたりすることができれば、機能を回復させることも可能となります。もちろん、脳は精緻なネットワークでできていますから、完全に元通りにすることはできないかもしれません。しかし、少なくとも基本的な機能を回復することはできるかもしれないのです。
 今はまだ現実のものとはなっていませんが、こうした治療法を確立するための研究も進めています。

用語解説
※7 遺伝性脊髄小脳変性症   運動機能の失調を主な症状とする神経疾患のこと。小脳および脳幹から脊髄にかけての神経細胞が壊れたり、失われたりする病気。
※8 アルツハイマー病  大脳が萎縮することにより、行動や記憶などに障害が起こる病気。
※9 RNA干渉   病気を引き起こす遺伝子の発現を抑制する機構のこと。これを発見したアンドリュー・ファイヤー氏とクレイグ・メロー氏は、2006年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

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