未来をつくる大学の研究室 社会心理学
VIEW21[高校版] 新しい進路指導のパートナー
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研究の目標
心の科学的な解明が意味ある社会制度をつくっていく

 うまく機能する社会制度をつくるためには、「人は社会でどのような行動をするのか」を考慮することが大切です。今後、社会と心理の両面を研究する社会心理学は、社会制度づくりにおいて重要な役割を果たしていくと考えていますし、それに貢献していくことが研究の目標です。
 その一例を示します。アメリカで1970年代から始まったアファーマティブ・アクションは、入試や人材採用において特定の人種や性別による差別をなくすため、それらの人々に対して合格基準・採用基準を積極的に優遇するという制度です。
 歴史的に、黒人やヒスパニック系等の民族はアメリカの社会で差別を受け続けてきました。そのため、高いレベルの教育を受けても社会の中で役立てる機会がなく、それならば教育に投資する必要はないと高等教育を受けようとしなくなり、社会的地位も低いままで差別を受け続けるという状況でした。
 この悪循環を断ち切るため、強引と感じられても差別をしない環境をつくろうと始められたのが、アファーマティブ・アクション(※5)です。この制度により、差別されていた人たちが大学で勉強し、卒業後には身につけた知識や専門性を役立てる場が保障されることになりました。差別されない環境になったのなら、大学に行こうという気になりますよね。つまり、この制度は差別されている側のインセンティブ(※6)を変えたのです。「差別する人の偏見をなくせば、差別はなくなる」と訴えるだけでは、いつまで経っても社会は変わりません。枠組みを変えることで人の意識を変えられることを、アファーマティブ・アクションは示しており、心の動きをうまく突いた制度といえます。
 これまでの社会科学は、主観的経験や理論による研究が主でした。しかし今は、自然科学と同じように、実験や調査という科学的な手法によって研究されるようになっています。20世紀は自然科学の発展により科学技術が花開いた世紀でしたが、21世紀は社会科学が科学的に研究されていくことで、社会がよりよく機能する時代になると考えています。その中でも人と社会をつなぐ社会心理学は、社会科学全般をリードしていく中心的学問になると思うのです。

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用語解説
※5 アファーマティブ・アクション アメリカで、雇用の機会均等を目指し、差別をなくすために設けられた制度。アメリカ政府と関係する機関は、この制度の実施が法的に義務付けられているが、自主的に行う企業や学校、団体も多い。「逆差別になる」として否定派も多く、反対運動や裁判が起きている。
※6 インセンティブ 人の行動や意思決定を促すための、外部から与えられる刺激・要因のこと。
高校生へのメッセージ
たくさん本を読んで視野を広げよう
 高校時代や大学時代には、たくさん本を読んでください。専門書でなくても、小説でも評論でもかまいません。いろいろな著者のさまざまな考えに触れることで、物事を見る目が養われ、視野は広がります。これはどんな仕事にも必要な力です。テレビやインターネットからでも情報は得られますが、これらは深く読み込むことが難しいメディアです。
 本は読むのに時間がかかる分、じっくり向き合えますし、わかった気にならずに疑問として持ち続けることができます。時間のある今こそできるだけ多くの本を読み、社会の見識を広げてください。
高校生にお薦め入門書
『安心社会から信頼社会へ〜日本型システムの行方〜』(山岸俊男著/中央公論新社)
◎日本社会は、実は「信頼」ではなく「安心」の上に成り立っていて、その安心も崩壊しつつあります。今の日本社会を生きている私たちが、どのような社会をつくっていけばよいのかを、実験結果と理論によって論じています。
『社会心理学キーワード』(山岸俊男編/有斐閣)
◎社会心理学では何をテーマに研究をしているのか、どのような方法で実験しているのか。見開き2ページ単位で解説。社会心理学がどのような学問かをつかめる1冊。

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