東京大学共同研究「学校教育に対する保護者の意識調査2008」
   PAGE 1/5 次ページ

 本研究の意義

佐藤 香(東京大学)


 1.新たな研究フィールドとの出会い

 今回の研究は、東京大学社会科学研究所とベネッセ教育研究開発センターとの共同研究である。このようなかたちでの研究は、社会科学研究所にとって、新しい試みといってよい。もちろん、従来から、研究所の研究スタッフが民間企業と協力して研究を進めることは少なくなかったし、産業界との連携によって寄付部門も設けられている。けれども、企業と共同で進める研究プロジェクトは、ほとんどなかった。

 教育をテーマとする研究においては、学校現場は研究フィールドというだけにとどまらない。漠然とした研究関心は、学校現場を知る先生方の「現場の知恵」を得て、はじめて具体的な研究課題へ焦点化される。研究枠組みを構築するうえでは、この「現場の知恵」が不可欠である。したがって、いかに適切な研究フィールドに出会えるかが、研究の質を大きく左右する。研究関心に対して適切で、かつ現場の知恵を得ることができるような研究フィールドに出会うことは、実は、それほど容易ではない。むしろ、きわめて困難だといったほうが正確だろう。さらに、ようやく出会った研究フィールドで実際に研究をおこなうためにも、多くの時間と労力を要する。

 ベネッセ教育研究開発センターは、もちろん、学校現場そのものではない。だが、その活動は、現在、教育を受けている子どもたちや保護者と非常に近い位置にあり、その日常的な活動を通じて、学校現場とはやや異なる現場の知恵を蓄積している。しかも、その現場の知恵から、より深く知る必要があると認識された問題について、多くの独自調査をおこなってきている。今回の共同研究で分析をおこなった「学校教育に対する保護者の意識調査2008」も、その一環として得られた調査データである。このデータを、共同で分析していく機会を得たことで、私たちは、新たなフィールドとの出会いかたを経験することができた。

 2.調査データという社会的資源とデータアーカイブ

 すでに述べたように、ベネッセ教育研究開発センターは現場の知恵を蓄積し、それにもとづく問題関心から、多くの調査を実施してきた。ただし、調査データが十分に分析し尽されているかという点については、一定の留保が必要であろう。数多くの調査を実施している研究者や研究機関のスタッフであれば誰でも思い当たるように、いくつもの調査を実施していると、調査の企画・設計と実査とに追われてしまい、せっかく収集したデータの分析に時間をかけることが難しくなる。時間制約のために、単純集計レベルや簡単なクロス集計で報告書を作成するだけで、一連の作業を終了させざるを得ないことも起こる。

 上記のような事態は、その事情は十分に理解されるものの、調査データという社会的資源を有効に活用していないという点では問題であろう。そのまま廃棄されたり散逸したりしてしまうような場合は当然、社会的資源の無駄遣いというほかない。

 社会科学研究所では、調査データという社会的資源を有効に活用するために、SSJデータアーカイブ(Social Science Japan Data Archive)を設立し、1998年4月から調査データの外部提供をおこなっている。データアーカイブでは、調査主体から寄託されたデータを保管して散逸を防ぎ、二次分析のために提供する機関である。欧米では、ほとんどの国でデータアーカイブが設立されており、社会学分野の研究・教育に活用されている。日本では、SSJデータアーカイブが最初の本格的データアーカイブである。

 調査の企画・設計者による分析を一次分析、一次分析が終了してからおこなわれる第三者による分析を二次分析という。データの二次分析は、そのデータがもつ可能性を開く点に特徴がある。第一に、一次分析が簡単なレベルであった場合に、より詳細な二次分析をおこなうことで、より意義深い知見を引き出すことができる。第二に、異なる分析枠組みや視点からの分析によって、調査主体が想定もしなかった知見を得ることもありうる。二次分析を通じて、その調査データから、より多くの知見を導き出すことは、回答を寄せてくれた調査対象者の協力に対するフィードバックを豊かなものにするという意味もある。

 ベネッセ教育研究開発センターには、こうしたデータアーカイブの意義を深く理解して多くの調査データをSSJデータアーカイブに寄託いただいているだけでなく、二次分析の普及についても協力をいただいている。今回の共同研究は、SSJデータアーカイブに対するベネッセ教育研究開発センターのこれまでの協力の延長線上に位置づけられる。二次分析ではなく、ほぼ一次分析に近い分析であった点が、これまでとは異なるといえるだろう。

 3.エヴィデンスにもとづく教育政策

 冒頭でも述べたが、今回の共同研究は、研究者にとっては新たなフィールドとの出会いであった。また、実証的なデータを研究者がさまざまな視角から分析することによって、データの可能性を大きく引き出すことができたと自負している。

 この十数年、教育をめぐるさまざまな社会的問題が生じているといわれてきた。これらの問題に対処するため、一連の教育改革がおこなわれてきたが、これらの改革によって教育にかんする問題が沈静化したとはいえない。むしろ、改革が混乱に拍車をかけてきた側面もある。なぜ人々は、あるいは社会は、教育や学校に問題を見出し続けるのだろうか。

 「理想と現実」という言葉があるが、教育をめぐる人々の言説は、この両者がしばしば混同される。自分の考える理想の学校ではないから、現在の教育には問題がある、というように。あるいは、政策が「生きる力」を育てるという理想を課題として掲げるように。だが、教育が社会的に重要であるならば、なおさら理想と現実を切り離す必要がある。経済や政治をみてもわかるように、重要な社会システムほど、理想が実現することは困難である。経済や政治では、理想像を実現することではなく、現実に存在する問題点を解決することが政策課題となる。教育が例外なのは、なぜなのだろうか。

 教育においては、人間の潜在的な可能性を開かせることや、その過程における人間的なふれあいがクローズアップされることが多い。これらは、もちろん、重要な論点であるが、現代社会において、教育はまず政策である。有効な政策を構築するうえで不可欠なのが、客観的な現状分析である。この現状分析にもとづく政策を「エヴィデンスにもとづく政策」という。日本の教育政策に最も欠けているのがエヴィデンスにもとづく政策である。客観的な現状分析には、実証的な調査データが最も有効である。多変量解析をもちいて潜在的な要因を探り出すことができれば、その可能性はさらに広がる。このような分析を膨大に蓄積して、そのうえで政策は決定されなければならないが、教育については実証的な分析が圧倒的に不足している。

 とくに、現在、学校と保護者との関係が社会的に着目されているが、この問題についての客観的な大規模データは、ほとんど存在しない。多くの事例が報告されているが、その大部分は、当事者である教師からの報告による。このような状況では、学校と保護者との関係を改善する有効な政策が得られるはずもない。

 今回の共同研究は、学校と保護者との関係に着目した貴重な実証的データによっておこなわれた。より有効な政策決定につながるような実証分析を蓄積していくことが、研究者の役割である。今回の共同研究の成果がエヴィデンスにもとづく政策の第一歩となることを願ってやまない。

   PAGE 1/5 次ページ
目次へもどる 調査・研究データ