神奈川県の公立中学校の生徒と保護者に関する調査報告書

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第1部 親子関係・子育て

 第1章 親の期待と子どもの受けとめ方
       ― 子どもの将来への意欲と自己否定感に与える影響 ―

武田 真梨子(東京大学教育学部)

  <要約>
  • 子どもが親からの期待に応えたいと思っていれば、親の期待は子どもの将来への意欲の上昇と自己否定感の緩和につながる。
  • 子どもが親からの期待に応えたいと思っていない場合は、親の期待は子どもの将来への意欲の上昇や自己否定感の緩和につながらない。
  • また、子どもの期待に応えたいという意識は、親子で娯楽を楽しむ、親が経験談を子どもに話すといった、良好な親子関係によって高まる。
  • 親の期待を一方向的な影響力として扱うのは不十分であり、今後は子どもの意識の違いに着目してより精緻な分析を行っていく必要がある。

1. 問題設定

本稿の目的は、子どもが親の期待をどう受けとめるかによって、親の期待が子どもの将来への意欲と自己否定感に与える影響が異なることを明らかにするとともに、子どもの期待の受けとめ方を規定する要因を探ることである。

今回の調査対象である中学2年生は、程度の差こそあれ自分の進路や夢について考えたり悩み始めたりする時期である。この時期に子どもがどのような将来観を持ち、進路を描くようになるのかに影響を与える1つの要因として、最も身近な大人である親の存在が考えられる。先行研究により、子どもの目標設定に親からの期待や働きかけが影響していることが明らかになっている。
また、将来への意欲にとどまらず、子どもの自尊感情にも親からの期待や評価がかかわっていると考えられる。親から期待を受けることは、子どもの自尊感情を左右する(ただし、高める場合も低める場合もあり得る)だろう。近年問題になってきている日本の子どもたちの自尊感情の低さ、すなわち自己否定感の高さについて、親の期待という観点から分析することが可能である。

このように、一見異なる子どもの将来への意欲と自己否定感は、親からの期待の影響と密接にかかわっているという点で共通している。しかしながら、これまでの研究では、親の期待は一方向的に子どもに影響を与えるものとして扱われてきており、子どもの期待の受けとめ方に着目した研究は十分行われているとは言えない。子どもが期待を原動力にするかプレッシャーにするかで期待の効果が大きく異なってくるだろうことは、容易に想像できる。そこで、本稿では子どもが期待をどう受けとめるかによって、将来への意欲と自己否定感にどのような違いが出てくるのかを明らかにしたい。

 

2. 先行研究の検討

 卯月(2004)は、中学2年生までの子どもの努力(学習時間)は日常的な母親の働きかけに影響されており、大学進学希望という目標に関しては母親の進学期待が強い影響を持っていること、子どもの努力や大学進学希望は出身階層というよりも親の態度や意識の影響が大きいということを明らかにした。また、親子関係の良さと親の期待が子どもの目標に与える影響を分析した遠山(2006)によって、親の期待の高さ※1)が子どもの目標を高めること、中学生は親子関係が良いと期待に応えるような目標を持つが、親子関係が良くないと期待と無関係あるいはそれに背くような目標を持つことが示された。遠山は、親子関係が子どもの目標を高めることを示唆するこれまでの研究において、背後の親の期待の高さが十分に検討されてこなかったことを指摘した。そして、子どもが親子関係を認知する過程についてさらに検討する必要性を述べている。

さらに、高校生の就労意識に関する兵庫県の調査(21世紀ヒューマンケア研究機構家庭問題研究所2005)によると、高校生は両親と進路についての話をする頻度が高いと、人の役に立ちたいという社会志向が強くなり、親が子どもを評価するほど、仕事をしたくないという非定職志向が弱まる。すなわち親との関係が子どもの長期的な将来観に影響を与えていることを示しており、中学生においても親が子どもの将来への意欲に影響力を持っていることは十分に想定できる。これらのことから、子どもが将来に対して持つ目標や考え方が期待の認知によってどのように変わるのかを分析する価値は、十分にあると言ってよいだろう。

また、母親の養育態度と中学生の自尊感情の関連性を明らかにした稲葉・戸田(1999)をはじめとして、親の養育態度と子どもの自尊感情についての研究はいくつか存在する。王(1984)は、親の受容的態度と中学生の肯定的な自己概念、また親の拒否的態度と中学生の否定的な自己概念には関連があるとしている。このことから、親から受ける期待と子どもの自尊感情、すなわち自己否定感においても何らかの関係があると考えられる。しかし、自己否定感に親の期待が一概にプラスやマイナスの影響を与えているとは考えにくい。子どもの期待の受けとめ方の違いに着目したうえで、親の期待がどのようにはたらいているのかを分析する必要があるだろう。

〈注〉
※1 遠山は、両親からどの程度期待されていると思うかを子どもにたずねることで、子どもの期待の認知を測定している。

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