BERD教育情報通信 メールマガジン増刊号

 「BERD教育情報通信」 増刊号 第1号(06年01月19日発行)

◆ベネッセ教育研究開発センター メールマガジン

 BERD教育情報通信*増刊号 2006/1/19発行より◆

 

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 BERD教育レポート 【2006年1月 追加版】

 『中教審義務教育特別部会委員・東京大学大学院教授 小川先生に訊く!

  〜義務教育制度改革はどこにいくのか』

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このたび、前号(第9号)のレポート作成にご協力くださった東京大学大学院教授・小川正人先生(中教審義務教育特別部会委員)が、現在急浮上している地方交付税改革などに関する論点を踏まえ前回お届けしたレポート「義務教育制度改革はどこにいくのか」を加筆してくださいました。前号をご覧くださった方も是非ご一読ください。

 

※ 加筆・修正部分は青文字で表記しています。

 

―◇◆◇◆ 以下レポート本文 ◇◆――――――――――――――――――

 

2005年度は、義務教育の結節点となるような論議が行われました。これを受けて2006年度以降、さまざまな教育改革が実施されようとしています。そこで、中央教育審議会(以下:中教審)義務教育特別部会委員であり、教育行財政制度・教員の職能成長などを研究領域とされている、東京大学大学院教育学研究科教授・小川正人先生に、昨年の中教審での審議を振り返りながら、これからの地方教育行政や教育のあり方について伺いました。

 

◇地方分権は不可避、権限は現場の近くに◇

 

昨年の中教審における義務教育改革への論議について、小川先生は以下のように所感をまとめています。

 

小川正人先生

「文部科学省の教育を論議する場に財政論が持ち込まれたのが、中教審の義務教育特別部会だった。地方六団体からの参加委員とは最後まで議論が噛み合わなかった。約20兆円の国庫補助負担金のなかには、もっと規模の大きな補助負担金があるにもかかわらず、なぜ義務教育費国庫負担金だけがターゲットとして取り上げられたのか、(参加する)委員として理不尽さを感じた。」

 

「加えて、地方財政の自立等に関しては、税源移譲と共に交付税改革も不可欠な課題である。にもかかわらず、これらについては棚上げされたままであったことも議論を歪める要因になった。交付税の縮小や大幅見直しという論点が入れば、義務教育費国庫負担制度をめぐる評価や論議はまったく違ったものになっていたはずである。そして、今回の3兆円税源移譲問題が『決着』した後、交付税改革が急浮上していることを考えると、政府の改革議論の順序や土俵が間違っていたと思う。今後の交付税改革を注視し、その影響が義務教育費にどう出てくるかを検証して、必要なら、義務教育費国庫負担金のあり方を再審議することも考えていくべきだと思う。」

 

中教審の審議のなかでは、地方さらには学校の裁量性を高めるための議論が行われていました。これについて小川先生は、正しい地方分権のあり方を考えた場合、国庫負担による財源の保障がなによりも重要である、との考えを示されています。

 

「地方分権のこれからを考えた際に、教員の人件費、研修、採用、人事権やカリキュラム開発の権限などは可能な限り現場に近いところ、つまり市町村(基礎自治体)におろした方がよい。確かに、これまで県費負担教職員制度が果たしてきた役割は高く評価はするが、市町村合併や道州制の議論等がある中で、見直されるべきは県の役割だと思う。また市町村にそれら権限を下ろしたうえで、担い得ないと考える市町村が、自発的に広域的教育行政や県との広域連合等のしくみを下から創っていくべきだと思う。市町村へのそれら権限移譲が先行していたならば、今回のような義務教育国庫負担金の縮小・廃止の問題は生じなかったかもしれない。」

「県と市町村では、義務教育運営では利害が一致して
いないだけでなく、今回、市町村の負担金堅持の声が出てこなかったのは、県費負担教職員制度があり、負担金がどうなろうと、市町村には無関係という意識があったからだと思う。市町村に人件費を含めた諸権限の移譲があれば、負担金堅持を市町村が強く求めたはず。今後は、市町村への権限移譲の流れを促進するべきだ。市町村をベースとした地方教育行政を考えていく場合、教育の人件費などの運営費人事権を安定的にまかなう仕組みがなければならない。」

 

◇負担割合1/3のウラにある危険

 

さて、実際には義務教育国庫負担の割合が1/3で決着しました。小川先生は、「1/3では国の負担の意味が大きく後退するため、改めて負担金全廃を検討すべしとの案が俎上に載り、一気に国庫負担がなくなるのではないか、と不安視する向きもある」と言います。「構造改革の流れにあるとはいえ、教員給与や教員の定数ひとつ動かすにも、非常に難しい状況になっている」(小川先生)

 

こうなると今後、地方はますます教員数を確保できなくなり、少人数教育や複数担任制などの試みも拡充できなくなる恐れが強まります。ある地方の県では、教育に対する財源が十分確保できない現状のなかで、教員定数の確保が困難になったり、文科省からの加配教員を返上するところも出てくると考えられるといいます。本来は、こうした弊害も十分視野に入れて、義務教育の国庫負担を今後どうするのかが議論されるべきだったのかもしれません。

 

◇義務教育費の財源のありかをどう考えるか◇

 

昨年の中教審の義務教育特別部会では、義務教育費の財源を地方がもつのか、国が持つのかで議論が二つに割れたままでした。小川先生は、義務教育費国庫負担から地方に税源を移譲する場合のデメリットを以下の3点にまとめています。

 

(1) 給与に各自治体格差が生まれ、また給与保障が低いとなれば、よい先生が

  集まりにくくなる

(2) 少人数教育などの実践ができなくなる

(3) 学校経費の私費負担(家庭の負担)が増える

 

地方に税源を移譲する以上、その地方が望む政策を優先させることは止むを得ないケースもあるでしょう。高齢者の比率が高い自治体は当然高齢者に厚い政策中心に展開することも予想されます。そんななか、教育に関して従来の水準以上の費用が本当に保証されるのでしょうか?これらの疑問に対する回答はまだ明確に示されているわけでありません。

 

2006年――国や行政は、05年10月の中教審答申で示された義務教育のグランドデザインのもと、教育課程部会における審議結果などを踏まえて、より具体的な教育のビジョンを分かりやすく国民に説明することが求められてくるでしょう。

 

(2005年11月取材、本メールマガジン第9号を基に、2006年1月小川先生加筆)


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