調査室長コラム Ⅱ

第23回 若者の政治離れに思う

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2010/3/18更新)

政治離れをする若者

 私のささやかな自慢の一つに、参政権を得てから今まで、一度も選挙を棄権したことがないということがある。特別な政治運動をしたことがあるわけではないが、地方選挙も含めて投票は一種の義務のような思いを持っている。一定の年齢よりも上の世代にとっては、「当たり前」の意識かもしれない。しかし、若い世代にとっては、必ずしもそうではないようだ。若者の投票率が、少しずつ下がっているという。

 確かに、衆議院議員選挙における20歳代の投票率を見ると、1970〜1990年代は6割前後を推移するが、1993年の第40回選挙で5割を下回り、それ以降は回によって3割台にまで落ち込む。もともと20歳代の投票率は低い傾向があったが、近年の大きな落ち込みによって60歳代との差が開いている。それだけ、政治に対する無関心が広がったといえるだろう。義務感で投票する必要はないが、若者が政治に参加しないということを少し残念に思う。それは、自分の一票が世の中を変えるという実感を持てていないことを意味するからだ。

図1:社会参加に対する意識

図1:社会参加に対する意識
図1:社会参加に対する意識

出典)日本青少年研究所「中学生・高校生の生活と意識・調査報告書」2009年。
図は高校生のデータを抜粋した。

 図1は、日本青少年研究所が行った国際調査の結果である。「私個人の力では政府の決定に影響を与えられない」という意見に対して、日本の高校生は8割が肯定している。アメリカ、中国、韓国と比べると、かなり高い。また、「私の参加により、変えてほしい社会現象がすこし変えられるかもしれない」という意見に対しては、約7割が否定している。高校生たちが、政治的な無力さを感じていることが分かる。

もっと前向きな気持ちを

 だが、私には世の中の動きが、こうした若者の意識とは反対に動いているように思えてならない。以前と比べると、世論調査の結果が大きく報道され、政治的な判断に影響を及ぼすようになっている。政党は、そうした世論の動きに敏感に反応しているように思う。それは、無党派層と呼ばれる支持政党をもたない有権者が、選挙の勝敗を決するキャスティングボートを握るようになっているからだ。投票率が上がれば、若い世代の動向も無視できない。

 また、インターネットの発達により、個人の意見も表明しやすくなった。そこで語られていることが社会的な影響力を持つこともある。匿名性をいいことに無責任な発言をしないようなモラルを保持する必要はあるが、こうしたツールの発達も社会を変えていく可能性を広げているのではないだろうか。若い世代には、そうしたことに前向きな気持ちを持ってほしい。

 年寄りの繰り言のような物言いになってしまったが、若い世代が前向きになれるかどうかは、大人世代の責任である。子どもたちが明るい思いを抱ける社会になっているか、世の中を良い方向に変えていこうとする意欲や力を育てているか、われわれも胸に手を当てて考えなければならない。

気になる自信のなさ

 そのときに気になるのは、若い世代が自分に対して自信を持っていないことである。図2は、同じ調査で「自己に対する認識」を尋ねた結果から抜粋したものだ。「自分はダメな人間だと思う」かどうかを聞いたところ、日本の高校生は3人に2人が「そう思う」と回答した。自尊感情の低さが浮き彫りになっている。

図2:自己に対する認識

図2:自己に対する認識 図2:自己に対する認識

出典)日本青少年研究所「中学生・高校生の生活と意識・調査報告書」2009年。
図は高校生のデータを抜粋した。

 さらに、「現状を変えようとするよりも、そのまま受け入れるほうがよい」に対しても過半数が「そう思う」と答えており、肯定率は4か国のなかで最も高い。このような自分に対する自信のなさと無批判な現状肯定は、図1で紹介した政治に対する無力感にも関連していると考えられる。

 過剰な自信をもたないのが日本人らしい奥ゆかしさ。現状肯定は「和をもって尊しとなす」日本人の特徴――そういえばそれまでだが、大人世代である保護者や教師は、もっと子どもたちの「自信」を育てる必要があるのではないか。自信のないところに、社会を良くしようという前向きな気持ちは生まれない。

「パンとサーカス」の必要を見極める

大人世代が行うべきこととして、もう一つ挙げておきたいのは、「パンとサーカス」の必要を見極めることである。古代ローマでは、権力者が無償で「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」を供することで、市民の政治に対する関心をそいだという。そうした政治的無関心は、ローマ帝国の没落の原因にもなった。今の日本の政治状況も、当座の「パンとサーカス」で有権者をごまかそうとしているように見えなくもない。

 経済が拡大しないと生活水準が維持できない。そのことは十分に理解できる。しかし同時に、増える一方の借金を、割合が低下する若年層が返していかなければならない。都合のよいところだけを強調して、そのことが語られない状況は危険だ。家計においても、「収入が増えるはず」という思惑だけで借金はしないはずである。大人世代として、それが本当に今必要な「パンとサーカス」なのかを見極める必要がある。そうでなければ、冒頭で述べたような若者の政治離れを批判できない。


 グラフのポイントはココ!

(1) 「個人の力では政府の決定に影響を与えられない」と、日本の高校生の8割が思っている。この割合は、アメリカ、中国、韓国の高校生と比べて高い。
(2) 日本の高校生の自信のなさが目立つ。3人に2人が、「自分はダメな人間だと思う」と回答している。

※初出:月刊「教員養成セミナー」2009年7月号(時事通信社)


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