調査室長コラム Ⅱ

第18回 体力にも格差が生まれている!

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2009/10/26更新)

意外なニュース

 最近、中学生や高校生の体力が向上しているという意外なニュースを耳にした。意外に思ったのは、子どもたちの体力は低下しているのではないかと感じていたからだ。身長が高く、手足が長いといった日本人離れした体格の若者が多くなったが、体格の立派さに体力が追い付いていない――そんなイメージを勝手に描いていた。

 このデータの出所は、文部科学省が毎年行っている「体力・運動能力調査」。国民の体力と運動能力の現状を明らかにすることを目的に、小学生から高齢者(79歳まで)を対象にした調査である。中学生から大学生までは、握力、上体起こし、長座体前屈、反復横とび、持久走(もしくは20メートルシャトルラン)、50メートル走、立ち幅とび、ハンドボール投げの8項目について調べている。体力測定ではおなじみの内容である。

図1:体力テスト合計点の推移

図1:体力テスト合計点の推移

出典)文部科学省「体力・運動能力調査」
注:総合点は、計8項目について項目ごとに1〜10点を累積しており、得点基準は男女により異なる。

 さて、文科省の発表によると、1985年をピークに低下しづけていた中学生・高校生の体力が、98年からの10年で回復基調に転じているという。図1は、文科省のホームページで詳細な統計表が公開されている99年〜2007年について、合計点の推移を示したもの。これを見ると、確かに得点が上昇している。この10年ほどの体力向上を裏付ける結果だ。

 ただし、文科省の資料では次のような問題点が指摘されている。第一に、小学生では合計点は大きく変化しておらず、したがって体力向上の傾向は見られない。第二に、85年と比べると、小学生、中学生、高校生ともに、比較可能な項目ではすべてで低下している。回復基調とはいっても、長いスパンで見ると課題が残る。これらから、引き続き体力向上に向けた取り組みは必要だとしている。

体力向上の裏には格差問題

 とはいえ、この10年間で体力が向上に転じているとすれば、それは良い傾向だといえるだろう。この調査では、運動・スポーツ実施頻度を尋ねている。それによると、中学生は「ほとんど毎日(週3日以上)」の割合が増加しており、男子ではおよそ9割にも達する。部活動が大きく寄与していると考えられるが、この実施頻度の高さが、体力低下に歯止めをかけている可能性が高い。また、ベネッセが行っている調査(「第3回子育て生活基本調査」)では、小・中学生がスポーツ系の習い事をする割合が高まっている。そうした学校外の活動が、体力向上に影響していることも考えられる。

図2:体力テスト合計点の標準偏差の推移

図2:体力テスト合計点の標準偏差の推移

出典)文部科学省「体力・運動能力調査」

 しかし、ここで注意しなければならないことがある。個人差の拡大=二極分化だ。図2をご覧いただきたい。これは、合計点の標準偏差の年次推移を示している。標準偏差とは、データの平均とそれぞれのデータとの乖離(かいり)を数値で示したもので、数値が高いほどばらつき(分散)が大きいことを意味する。学年や性によって多少の違いがあるものの、全体に右上がりの傾向が表れている。つまり、この10年で全体の平均値は上がっているが、体力がある子とない子の差も拡大しているのである。

家庭の影響が顕著に

 では、このような傾向が表れたのは、なぜなのだろうか。私は、体力も学力と同様に、家庭の影響力が相対的に強まった結果とみている。学習面については、詰め込み教育に対する反省や学校週5日制の導入、学習内容の削減などによって、家庭で何をやるかが以前よりも大きな意味を持つようになった。すべての子どもが学ぶ共通の基盤を切り下げたことで、学校外での学習が差となって表れやすくなった。

 同じように、運動についても子どもたちの共通基盤であった「外遊び」が失われることによって、家庭の姿勢がダイレクトに影響するようになったのではないか。近ごろでは、子どもたちが外で遊ぶ姿を、本当に見掛けなくなった。外遊びに必要な自由に使える「時間」、安全に遊べる「空間」、一緒に過ごす「仲間」の「3つの間(ま)」が十分にない状況がある。体力づくりの基礎的な部分は、これまでそうした地域の教育機能や子どもたちの遊び文化の中に内在していた。しかし、それらの機能や文化が衰退しつつある。この状況では、家庭が意識して子どもに運動をさせるかどうかが大きな意味を持つ。結果として、意識的に運動している子とそうでない子との間で、差が開きやすくなったのだと考えられる。

 運動を一部の子ども(選手)の養成という観点からとらえるのであれば、二極分化は大きな問題ではないのかもしれない。優れた能力をもつ子どもに対して限られた資源を集中させるのは、効率的だという見方もできる。だが、健康な生活を送ることが生涯にわたるさまざまな活動の土台だとすると、すべての子どもにとって体力向上は重要な課題となる。この観点から、子どもたちの「3つの間」を支えるような地域コミュニティーを再生する取り組みが、各地で模索されている。さらに、次期の学習指導要領では体育の時間が増やされる。学校が抱え込みすぎないようにする配慮は必要だが、すべての子どもにはたらき掛けができる機関として、学校の果たす役割は大きいと改めて感じる。


 グラフのポイントはココ!

(1) 1999年から2007年にかけて体力テストの合計点が上昇しており、中学生・高校生の体力は緩やかに向上している。
(2) 合計点の標準偏差も、数値が上昇している。これは、分散が大きくなっていることを意味し、体力差が拡大していることがわかる。

※初出:月刊「教員養成セミナー」2009年2月号(時事通信社)


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