現代版「赤ひげ」の育成を目指す

　長崎大学医学部は、2004年９月から長崎県五島市で、医学科５年次の必修科目として「離島医療・保健実習」を始めた。
　五島中央病院内に設けた長崎大学の離島医療研究所を拠点に、地域の病院や診療所、保健所などと連携した実習で、離島医療についての理解を深める。山本周五郎の小説「赤ひげ診療譚」に登場する人情味あふれる医師になぞらえて、現代版「赤ひげ」を育てる試みとして全国の関係者から注目されている。
　６、７人でグループを組み、５日間にわたり活動。診察の様子を見学するほか、公民館での健康診断の補助、デイケアセンターでの食事の介助など、地域の人々と接しながら医療と保健について学ぶ。04年度は、14グループ96人が参加した。
　これまでの臨床実習では、大学病院が中心となり、高度・専門医療を重視した教育をしてきた。それでは、プライマリケア（初期治療）や風邪など、一般的な疾患に関わる機会が少ないという問題がある。検査データを重視するあまり、メンタル面を含めたトータルな医療がおろそかになっているとの指摘もある。
　プライマリケアなどを学ぶには、大規模な病院よりも、様々な症状の患者が集まる中小規模の病院の方が適している。特に離島では、住民の暮らしと密着した医療活動が営まれ、患者の立場に立った全人的医療を実践している医師も多いという。
　離島医療研究所所長の前田隆浩教授は、「病気を診るだけでなく、患者さんとしっかりコミュニケーションし、心理状態や生活環境まで洞察して全人的医療のできる医師を養成したい。五島には、そういう教育をできる環境がある」と話す。
　実習に参加する学生に対しての事前アンケートでは、離島での医療やそこで勤務することについて、「設備が整っていなくてレベルが低い」「高度医療から取り残され、技能が低下する」といった回答が目立った。また、生活の利便性や交通の便などの面でも、不安を抱いていることが分かった。 　実習後のアンケートでは、「五島中央病院のようなレベルの高い医療機関があることに驚いた」「地域に溶け込んでいる診療所の医師の姿に感動した」など、離島医療に対する意識がポジティブに変化したという。「将来、離島で勤務してみたい」という学生が、実習前よりも増えた。
　五島市は、人口1000人当たりの医師の数が約1.6人で、県内のほかの離島と同様、慢性的な医師の不足に悩んでいる。実習生を受け入れた施設の医師からは、「医師不足解消へのステップになる」との期待のほか、「スタッフにとっていい刺激になった」などの声が聞かれた。
　前田教授は、「実習を通じて学生の意識は大きく変わった。離島医療の現状を理解するだけでなく、地域の医療関係者や住民と接することで、医師を目指す上で大切なものを学んだようだ」と言う。