特集 全入時代シフトで成功させる大学ブランディング

Between(株)進研アドが発刊する高等教育のオピニオン情報誌
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【本誌提言】

大学のいくつもの小さなシーンを
大きな物語に統合するコミュニケーション戦略を

進研アド教育研究部長 川目俊哉

マーケットに対する深い洞察とアクション、それを繰り返す過程で形成される組織の姿勢、これらがステークホルダーとの接点で結晶化し、大きな力を生み出す。そんなブランディングが、大学にも求められている。

商品の機能ではなく企業の社会的存在意義を語りかけた1つの試み

 1970年代、富士ゼロックスが「ビューティフルキャンペーン」を展開した。1960年代から1970年代へと時代が変化していく中で、企業を社会の中でどんな意味があるものとして位置付けるかがテーマだった。1960年代にひたすら成長路線を走る陰で切り捨てられてしまった人間らしさを表現するために、「モーレツ」に代わって「ビューティフル」をうたった。
 キャンペーンでは、商品の機能については言わずに、「われわれはこういう考えを持つ会社である」という企業の姿勢を前面に出した。富士ゼロックスに直接的な売り上げをもたらすのは、商品であるコピー機の納入先企業の総務部や経理部だ。しかし、キャンペーンではあえてこれらのビジネスターゲットではなく、実際にコピー機を使う人、特に若い人たちに働きかけようと考えた。
 黒人と白人を登場させて“Black is beautiful. White is beautiful.”とうたう。「こういうことを言う会社なら」という信頼の醸成を図り、実際に使う人に話題にしてもらおうという戦略だった。結果、若年層による企業評価の一つの指標である就職志望企業ランキングでは、当時、10位以内をキープしていたという。
 富士ゼロックスの相談役最高顧問の小林陽太郎氏は、1970年代のこのキャンペーンをCSR(企業の社会的責任)と結び付けて説明している。CSRは最近、企業経営のキーワードの一つになっているが、企業以上に社会的責任が問われる高等教育の世界でも、「コーポレート」のCを「ユニバーシティ」のUに置き換えたUSR(大学の社会的責任)に対する関心が高まっている。今、大学も、自らを社会の中にどんな意味があるものとして位置付けるかが問われている。  このキャンペーンが示唆するポイントは、「時代認識」「コミュニケーションの多層化」「ターゲット」の3つである。それぞれについて、考えてみよう。
 すべての行動は、意識的であれ無意識であれ、現状をどう捉えているかがベースとなっている。ビューティフルキャンペーンも、「1970年代は時代の大きな曲がり角になる」という時代認識が出発点となっていた。「新しい時代を切り開く上で、われわれはこういう観点から社会に寄与したい」と表明したのだ。時代の転換に対する洞察がなければ、このキャンペーンはスタートしなかったであろう。
 2つ目の「コミュニケーションの多層化」とはどういうことか。富士ゼロックスの営業の現場では、商品機能のアピールは欠くべからざるものとしてなされていたと考えられる。  一方で、商品ではなく企業の姿勢に焦点を当てたキャンペーンを行うことで、企業に対する理解は、間口が広がり、深くもなったはずである。個別の商品機能のアピールと企業全体の姿勢の表明という二層構造によるコミュニケーションが起動したわけだ。
 3つ目の「ターゲット」について重要なのは、このキャンペーンでは、ビジネスにおいて直接的に売り上げをもたらす人ではなく、商品の実際の使い手、しかも特定のカテゴリーの人たちに注目した点である。商品の使い手には様々な人が想定されるが、オピニオンリーダーたり得る人たちを選び出してターゲティングするには、周到な準備が必要となる。コアターゲットの絞り込みと組織のシャープさとは、相即不離の関係だ。


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