特集 全入時代シフトで成功させる大学ブランディング

Between(株)進研アドが発刊する高等教育のオピニオン情報誌
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社会から期待されないまま安定的ポジションを得ていた大学の特殊性

 「時代認識」「コミュニケーションの多層化」「ターゲット」という3つのポイントを大学に当てはめると、どんなことがいえるだろうか。
 まず、「時代認識」である。日本の大学はその歴史上、3度目の大きな転換期を迎えている。何十年後、いや何百年後であっても、そこから振り返ったとき、ここ数年は日本の高等教育の歴史に刻まれる大きなポイントとなることは間違いない。
 高等教育の専門家である東京大学の矢野眞和教授は、高等教育の歴史をトレースし、「高等教育15年周期説」なるものを展開した。1991年の大学設置基準大綱化を直近のターニングポイントとすれば、そこから15年を刻んだ現在は、歴史の次なる転換期に当たる。
 想起されるものは、人によって様々であろう。2004年の国立大学法人化、第三者評価の義務化、2006年の新学習指導要領で学んだ受験生の登場、さらには2007年の全入到来 ― といくつものキーワードが浮かぶ。2005年に出た中教審答申「わが国の高等教育の将来像」は、そのタイトルも含め、今が時代の転換期であることを如実に物語っている。
 このような変化が大学に迫っているのは、一言でいえば社会との関係性の再構築である。従来、18歳人口という量的な観点からの政策コントロールを受ける以外は、大学は社会との関係性を何ら意識する必要はなかったといっていい。入り口では、大学に入りたい受験生が列をなしていたし、出口では、企業が新たな戦力の補充を期待して待ち構えていた。入り口と出口が社会で一定の役割を担っていたため、大学の社会的な位置付けは安定していた。内部で起こるスループットの前と後ろがうまくいっている以上、その間のプロセシングは問題ないと考えられる。
 しかし、実態としては、プロセシングがうまくいっていたのではなく、誰もそこに期待もしなければ、注文もなかったというだけであった。このことは、受験競争が激しかった時代、企業の採用行動を理論付けた「トレイナビリティ=trainability」という言葉が言い表している。トレイナビリティとは、厳しい受験競争を勝ち抜いた人材に期待される「トレーニングによって伸びる潜在的な可能性」のことで、銘柄大学の卒業生を求める企業の意識を説明していた。「いい素材は鍛えがいがある」とでもいうべき発想があったわけだ。
 そこでは、企業は受験時点での潜在的可能性を見ているのであって、大学の4年間を重視しているのではない。「4年間に期待するのは、組織人としての基礎を修得できるサークル活動だけ」と公言する採用担当者すらいた。このような企業の視線に対しては、様々な意見があろう。しかし、ここで大事なのは、これはそのまま大学に対する社会の視線でもあったということである。
 社会の様々な組織や個人が4年間という大学での時間の流れのみに期待したのであって、その4年間の教育をどう計画しているか大学に問いただすなどということは、ほとんどなかった。しかし、教育機関のクオリティとは、プロセシングに裏打ちされたインプットとアウトプットとの差であり、入試時点で測られる受験生の学力は教育機関のクオリティとは決して関係しないというのは、当たり前のことである。


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