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Between(株)進研アドが発刊する高等教育のオピニオン情報誌
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大学文化として根付く宮沢賢治の思想と環境教育

 岩手大学は、以前から教育・研究の両面から環境問題にアプローチしており、1998年以来、学生の主体的な 活動に対して学長裁量で資金を援助する「Let'sびぎんプロジェクト」を行っている。活動内容は、環境問題への取り組みや地域交流などのESD的発想によるものが大半だ。学生主体の構内清掃や省エネ活動も活発で、もともと同大学には大学文化としてESD的な精神が深く根付いていたのだ。玉副学長は、そこに岩手が生んだ詩人・童話作家である宮沢賢治の影響を見る。
 「岩手大学農学部の前身である盛岡高等農林学校に学んだ宮沢は、『世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない』と、地球上のあらゆる命に対する尊重の精神を唱えた。この宮沢の精神が本学に根付いている」と、玉副学長は語る。
 ただし、ESDを大学の旗印とすることについて、当初から全学的な賛成が得られたわけではない。教員が最も懸念したのが、ESDの根本理念である「持続可能な開発のための教育」の中にある「開発」という言葉だ。同大学の教員が「開発」に忌避感を抱く背景には、自然や環境保護に対する強い思いがある。
 「確かに開発主義への反省は必要不可欠だ。しかし、環境を守ろうとするあまり凝り固まった思想に陥ると、社会の共感を得られず、結果的に運動の広がりを妨げることにもなりかねない。自然環境の許容限度を見極めつつ、社会や経済との折り合いをつけていくことも大切だ」(玉副学長)

人類的な諸問題を意識し続ける人材を育成

 こうした宮沢賢治の思想は、「学びの銀河」プロジェクトのコンセプトにも色濃く反映されている。
 「他者への『思いやり』を持って、自分の生き方を考えていこうとする宮沢の精神は、ESDの『尊重の価値観』に近い。この『共生』の思想は『学びの銀河』の思想的支柱となっている」と玉副学長。「学びの銀河」というプロジェクト名も、「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである」という宮沢の言葉から取ったものだ。
 「学びの銀河」で育成を目指す人材は、環境問題の専門家ではない。環境問題をはじめとする人類的な諸課題を生涯にわたって自らの課題として「意識し続ける」人材だ。玉副学長は「大学で学んだ専門知識を生かしながら、仕事や家庭、地域など様々な場面で身の回りにある問題の解決に意識的に取り組むことが、『持続可能な社会』の創造につながる」と述べる。
 「学びの銀河」プロジェクトでは、教員がESDを共通に意識し、すべての科目に織り込むことを目指している。ただし、全く新しい教育内容を一から構築するわけではない。あくまでもすでに行っている教育内容を「持続可能な未来のための教育」という観点から見直し、ESDと関連付ける。
 カリキュラムの構築に当たっては、特定の分野に偏らないよう、科目を「環境」「社会」「経済」「文化」の4領域と、「関心の喚起(タイプ1)」「理解の広がりと深化(タイプ2)」「学生参加型(タイプ3)」「問題解決の体験(タイプ4)」に分類し、「尊重の価値観」に基づいて多様な分野を織り込むように配慮した。
 また、ESD科目のタイプ1〜3について学内公募でアイデアを募り、選定された科目には補助金を交付する。タイプ1は2万円、タイプ2は4万円、タイプ3は6万円と、タイプのレベルに応じてインセンティブも付けている。教員は現在の授業内容を見直し、「ESD授業科目計画書」に授業の内容やESDとの関連、補助予算の用途などを記入して応募する。


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