アメリカのある教育社会学者が、大学教育のアウトカムの構造を論じている。それによると、伝統的大学教育は主として認知的（cognitive）領域における営みであった。しかし、大学がユニバーサル化するにつれて、期待される大学教育の領域は、情緒的（affective）領域に急速に拡張している。ここで情緒的アウトカムとは、例えば、価値関心・信念、自己概念、態度、達成意欲などがかかわる内容である。
　現代日本の大学教育は、相当のエネルギーを情緒的領域に割かなければならない状況に直面している。「学士課程答申」案において、「初年次教育」を適切に位置付けることが提唱されているが、それは、情緒的領域の教育活動も強調していることを意味している。ここで、そういう情緒的領域に対して誰が教育責任を取るのかが問題になる。本来は教員が対応すべきであるが、教員では対応できないから問題なのである。
　情緒的領域の教育は、深く教養教育にかかわる。日本的教養教育の根底には、人格教育という課題があり、日本の大学教員が人格教育を担えるかが問われる。そもそも研究のイデオロギーに浸る教員に、教養教育に携わるよう要求することが問題なのではないか。むしろ教養教育は適任者に託すべきではないか。１８世紀のアメリカのカレッジでは、学長がその任を担ったようである。現代においても、学長は教養の体現者であることが期待される。
　「特色ある大学教育支援プログラム（特色ＧＰ）」に採択された事例の中に、以上のような問題に応えている取り組みが見られた。例えば、大学での学びを社会に結び付ける「サービス・ラーニング」の実践において、指導的役割がスタッフ（職員）に委ねられている例がいくつかあった。「サービス・ラーニング」は単位を修得できる正課科目である。そういう科目の責任をスタッフが担っているのである。これは、情緒的教育領域において、教員とスタッフの距離が接近しつつあることを示している。
　このような事態から、大学教育の一部分を担うスタッフの機能が新たに認知される必要が生じてきた。そういう機能を果たすスタッフを「アカデミック・スタッフ（学術専門職）」とし、それを制度化する課題が学長にあるのではないか。もちろん、そこには学校教育法による制約が絡んでいる。その困難を解く知恵が学長に求められる。アカデミック・スタッフの養成こそが、ＳＤの目標にならなければならない。

　「大学改革における最大の難題は教授会である」とよくいわれる。「大学改革のためには、教授会を骨抜きにすべきだ」というような極論も聞かれる。教授会を大学運営においてどのように位置付けるか、という問題を避けて通るわけにはいかない。
　しかし、教授会の機能を排除すれば、大学改革が実現するのであろうか。あらためて教授会が存在する意味を確認しなければならない。これまでの教授会をそのまま肯定せよというわけではない。教授会が学校教育法によって定められていることの本義を再確認する必要があるという意味である。ここでは詳論できないが、「大学」が成立するために「教授会」は不可欠な組織である。しかし、大学改革の障害になるような教授会を無条件で肯定することではない。この迷路を解くことも学長の責任であろう＊２。