わが国の高等教育界において、IR（Institutional Research）は目下の「注目のキーワード」の一つといえるだろう。IRという語の意味する内容は、今や注釈なしで通じるようになった、というのは言い過ぎだが、例えば10年前と比較すれば、状況は大いに違ってきている。わが国でもここ１、２年でより多くの機会にIRについて語られるようになり、IRとは何か、長々しい説明が不要な局面が増えてきた。それはFDやSDという、同じくアメリカ生まれの概念が急速に広まった過程と似ているかもしれない。
　ただし、これを逆にいえば、わが国の高等教育界でIRについて語られるようになったのは、ここ数年でしかないということになる。また、FDやSDが、特にFDの義務化と相まって、実践を伴った広まりを見せたのに対し、わが国のIRは、言葉としては知られるようになってきたけれども、具体的な実践に関してはとりたてて見るべきものはないと考えられているのが現状であろう。しかし、高等教育を取り巻く環境の変化を背景に、一部でIRの果たし得る機能に対する期待が高まっているのも事実である。
　ここでは、わが国の高等教育機関におけるIRの発展の可能性について考えてみたい。

　わが国のIR機能の需要と供給および発展可能性について考える前に、IRが果たし得る役割について、高等教育機関が行う質保証の活動との関係に限って述べておきたい。
　IRはアメリカで生まれたもので、発祥の地であるアメリカではすでに半世紀の歴史がある。詳しくは別稿に譲るが、1950年代にアメリカの高等教育界に台頭して以来、政府の高等教育予算や学生数など、高等教育を取り巻く環境のトレンドに応じて、IRに期待される役割の性質は、すでに何度かの変化を経ていることが指摘されている。
　最近、アメリカの高等教育機関の適格認定を担っている地域アクレディテーションの専門家が、高等教育機関が機関単位で評価を受ける際の大学のIRの機能の変化について、論文* を発表した。
　実際のアメリカの大学の適格認定の過程においては、自己研究レポートの準備から、その執筆、評価機関の審査会議への陪席と、一般にIR担当者の果たす役割は大きい。この論文の中で、適格認定全体の過程を管理し支援する立場にあるアクレディテーションの専門家は、「伝統的なIR」の役割は主に学内のデータを収集し、提供することであったとしている。そして「新たな次元」における新しいIRの機能として、学内での評価への理解を促進することと、評価結果を改善に援用するよう促進することを指摘している。
　よく言われることだが、数年に一度の評価が済めばそれで終わりというのではなく、評価の経験や評価結果を基にPDCAサイクルを継続的に回す上で、IR担当者の経験や知識、発想が生かされることが「新たな次元」の特徴である。
　一方、わが国のIRは今語られ始めたばかりである。アメリカのIR担当者の役割は、質保証との関連において、「新たな次元」に至ろうとしているというのに、である。

＊Brittingham, B., O'Brien, P. M., and Alig, J. L. "Accreditation and Institutional Research:
The Traditional Role and New Dimensions," Institutional Research: More than Just Data,
New Direction for Higher Education no. 141, Terkla, D. ed., Jossey-Bass, 2008, San Francisco