わが国の高等教育機関におけるIRはアメリカのIRに50年の後れを取っているのだろうか。答えはイエスであり、かつノーでもある。確かにわが国でIRという語そのものが急速に浸透したのはここ１、２年の出来事にすぎないし、学内にIR 専門と銘打った部署を置いている高等教育機関はほとんどない。そもそも、“Institutional Research”の定訳もないので、専門部署を置くにもそれを何と呼ぶべきか迷う。
　しかし、高等教育機関が機関として存続し、教育と研究を継続し得ている以上、その運営は絶え間ない判断の連続であり、それらの判断には何らかのデータの裏付けがあるはずである。つまり、先に紹介した分類でいえば、少なくとも「伝統的なIRの機能」すなわちデータの収集と適時の提供という機能は、学内のどこかで果たされてきているのではないだろうか。
　文部科学省の学校基本調査に回答する必要もさることながら、学生募集に関するデータをはじめ、学生の成績、奨学金受給状況、卒業・修了後の進路、学生による教員の評価やFDの成果、教員の業績、研究資金の獲得と執行、施設設備その他、高等教育機関はそのあらゆる営為にかかわるデータを収集、蓄積し、必要に応じて参照しているはずである。
　アメリカのIRと異なるのは、わが国では多くの場合、それがことさらIRとは呼ばれていないこと、データが必ずしも１カ所に集約されていないこと、そしてIRのための専門家が配置されていないことなどである。
　これらは確かに端倪（たんげい）すべからざる違いではある。しかし、アメリカでいう伝統的なIRの機能は、わが国の高等教育機関でも、それぞれの部署で、あるいは教員や職員の個人的な努力によって、分業的に果たされてきているとみれば、“Institutional Research”ということごとしい名前で呼ばれているこの専門職も、日々行う業務の延長線上にとらえることができる。
　もしIRの名を冠した部署が必要ならば、大きな仕掛けは必ずしも必要ない。アメリカの多くのIRがそうであるように、学内で収集される種々のデータが集積される事務室を１つ作り、そこからデータ分析結果のフィードバックの経路をつければ、最も基本的なIRの機能は果たされ得る。アメリカやオーストラリアで行われているような、ベンチマーキングのための複数機関間比較や、全国調査による自機関の相対的な位置付けなどは、そのための外的環境が整備された後の話である。そして、例えば同志社大学を中心に行われている全国規模の学生調査など、IRの外的環境も徐々に整備されつつある。