ここで思い出すべきことは、求められているのはIRの名を冠した部署ではないということである。過去１〜２年間で、わが国で急速にIRが注目を集めるようになった背景には、一つには認証評価の問題があり、もう一つには人口動態の変化の問題があることが指摘される。
　認証評価対応型の自己点検・評価を実施するため、多くの高等教育機関が、学内の情報の効率的な集約と評価機関への連絡のためのチャンネルの収斂（しゅうれん）を試みるようになり、そのときに、アメリカの高等教育において発明されていた便利な仕掛けとしてのIRが耳目を集めるに至ったのではなかったか。また、18歳人口の減少を受けて、学生募集の戦略を練り直すために、在学中の学生の進路選択の動機や満足度などを調査する必要性が、強く感じられるようになったのではなかったか。
　これらの要請に応えるために必要なのは、IRの名を冠した部署ではなく、IRの機能なのではないだろうか。学内で求められるのは、どの部署が、どのようにIRの機能を果たすのかを明らかにすることだろう。それは学長室かもしれないし、大学資料室や学生課、あるいは新設の評価企画室かもしれない。
　いずれにせよ、IR機能を負う部署の明確化により、学内に散在するデータは集積され得るし、個人の努力に負っていたデータ分析には業務としての専門性と永続性が生まれ得る。こう考えれば、アメリカでいうところの「新たな次元」、すなわち将来計画へのIRの活用は、決して半世紀の迂遠（うえん）な道程ではないように思われる。その上で避けて通れない問題は、先述した通りIR専門家の配置、つまり人材の問題である。わが国の高等教育におけるIRのあり方を考える上では、大学がIRの専門家を養成できるかと、その専門家を適切に遇し得るかが問われる。
　典型的なアメリカのIR部署には、おおむね博士の学位を持った高等教育マネジメントの専門家が専任のディレクターとして勤務し、そのほかに数人の専任や非常勤のスタッフがいる。規模は概して小さく、全スタッフ合わせて数人から十数人というのが一般的なようである。このうち、さまざまな調査やデータ分析をデザインし、その実施に責任を持ち、機関の幹部に報告、助言し、直接に共同することは、ディレクターの仕事である。
　翻ってわが国で高等教育マネジメントの専門家の養成が、今後も徐々に実績を挙げ続けるとすれば、ここで関心を持って見るべきは、養成されたIR専門家が、教授会や理事会のパワーに伍する立場に立てるかということのように思われる。
　わが国の高等教育におけるIR発展の可能性を考えるとき、その機能は、すでに学内各所に胚胎しているといってよいだろう。それに対して、IR専門家という、教員以外の専門職を受け入れる文化的土壌が高等教育機関内に醸成され得るか、問うべきはこの点ではないだろうか。