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Between(株)進研アドが発刊する高等教育のオピニオン情報誌
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経済動向の影響下にある志願者数、就職率

 そうはいってもどうしたらいいのか…と思案に暮れている大学関係者はぜひ一度、大正から昭和にかけて日本の大学がたどった道を思い出していただきたい。
  第一次大戦後の大正デモクラシーの下、原敬内閣は大正7(1918)年に20以上の高等教育機関を一挙に創設した。大正9年には、大学令に基づいて8つの私立学校が初めて正式に大学になった。すべてが上り坂にあった時代の高等教育強化策であり、大正から昭和にかけて大学生の数は急増していった。
  ところが、それから間もなくの昭和2(1927)年には金融恐慌が起き、昭和4年のアメリカ大恐慌、翌5年の昭和恐慌、さらに6年には満州事変が勃発。この間、景気悪化で大卒の就職率は急降下し、昭和6年には30%台に下落する。
  私立大学の志願者数は大正9年から昭和4年までの間に倍以上に増えたが、やはり不景気の影響でそこから昭和10年まで減り続けた(以上のデータは竹内洋氏の論考「大学・インテリ・教養」http://www.nttpub.co.jp/webnttpub/contents/university/より)。
  このような私立大学の志願者数の浮き沈みと就職率、経済動向の関係は、現在の受験校選びと就職難、経済状況の関係に似ているところがある。2009年12月現在、大卒予定者の就職内定率は約73%、前年同期に比べ約7ポイントの下落で、最近にない落ち込みといわれている(高卒予定者の就職内定率は約68%で、約10ポイント減)。時代背景は異なるが、大学が景気の変化に直接影響を受ける状況は、80年前にも起こったことなのである。
  このことの教訓は、経済状況の変化が大学に与える影響について、政府が責任を負ってくれるものではない、という点にある。政府に反発したり追従したりしても、どんな機能を重視する道を選ぶかについて責任を取るのは、結局は個々の大学だ。答申の文面を参考にするにしても、大学自らが知恵を絞らねばならない理由は、この点にもある。


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