18歳人口の減少の風はますます激しく吹き、今年度の学生募集についても、どの大学も入学志願者の増減に一喜一憂しており、とにかく学生の確保が最大の関心事である。それに振り回されているのが現在の日本の大学の状況であるように思うが、それは大学のあり方として健全だろうか。
　「危機を好機に」という言葉があるが、この現象を、今こそ大学のあり方を原点に立ち返って問い直し、望ましい大学のあり方、特に優れた大学教育のあり方について追究するチャンスだと受け止めるべきではないだろうか。
　結論から述べたい。「大学はその大学としての優れた教育のあり方を追究して、最良の大学教育（エクセレンス）をもって競い合う方向への取り組みとすることが最重要であり、これからのわが国の大学教育のあり方でなければならない」とはいえないだろうか。それが競争的環境の中における優れた個性の表し方ではないのか。
　限られたパイの奪い合いをしていると、21世紀における世界競争に後れをとることにならないだろうか。そのような懸念を持ちつつ、わが国の大学教育について考えてみたい。

　わが国の大学教育の問題点の一つを示すエピソードを紹介したい。ある大学の国際交流担当の知人が、外国人入学者選考のために中国へ行き、現地で入学志願者を面接した時に聞いたという話である。
　中国も今や大学への進学者は増大し、しかも外国への留学希望者も増え続けている。そうした彼らの留学希望先は、米国をトップに、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、フランス、ドイツと続き、日本は８番目だという。しかも、日本への留学を希望する順位が低い理由は、日本へ留学しても大学で十分に学んで実力を付けることはできないというのである。これは、日本の大学に教育力がないことを意味しているのではないか。
　さらに、その次の理由はもっと衝撃的であった。大学で学ぶためには学んでいる仲間からの刺激が重要だが、日本の大学生からは学ぶ刺激が得られない、というのである。
　大学とは何をするところなのか。大学の目的は教育、研究、社会貢献であるということは一般に合意されていることであるが、問題はその比重の置き方である。その中で最も重要なものは、言うまでもなく教育である。そして、教育こそは大学の教員が協力して組織的にその取り組みを追究すべきことであろう。
　教育とは、それぞれの人間の持っている潜在能力を引き出す作業であり、外から価値を付加する作業ではない。最近、「大学が付加価値を付ける」という表現がよくなされるが、私は、それはあたかも人間を商品として見なしているようで非教育的な表現だと思うので、その表現に対しては否定的である。
　さて、教育において人間の潜在能力を引き出すためには、知的・感性的教育環境が必要である。そうした環境から受ける刺激（授業もその一つ）に応えて本人が新しい知識を学び、思考し、経験する過程で成長するのである。
　特に、大学教育において学生に期待されるのは、受け身で学ぶのではなく自ら能動的に学ぶことである。
　そのためには、整えられた施設・設備だけでなく、学ぶ姿勢に応じることのできるアカデミックな環境が重要である。それは、教員の学びへの応答もさることながら、学ぶ仲間がいることが必須である。そして、学生を全体として学ぶ集団に育てていくことも、重要な大学の役割である。
　私が訪れた中国の大学では、皆競って学んでいた。前述のエピソードが伝えるところは、それが日本の大学には希少だというのである。