概してLTPFに関しては、学士課程教育の実質的な質保証よりも、セクター内の「勝者」と「敗者」を可視化し、LTPFの用いる尺度が支配的なパラダイムとなりIRやFDに影響を及ぼしている点に、高等教育関係者から反応が示されている。その結果、いや応なしにではあるが、教職員の教育に対する意識が高められ、特に優れたティーチングに関する概念検討が広がっていることはプラスに評価されている。もっとも、機関の「経営主義」に対する根強い批判もある。「事業体」としての戦略的行動が、一定の時間をかけて学生の変容を助ける「学習共同体」としての機関にもたらす葛藤を、どのように緩和していくのかが注目される。
　教職員の当事者意識を高めつつ教育改善を組織的に進めることは容易ではない。しかし、実効性の高い教育改善を実現するには、IRを通じて得られたデータが語る事実に、学生と日々接する教職員らが得た情報を重ね合わせ、質的に解釈していく作業が不可欠だろう。折しも、LTPF2009からは、評価軸に「改善（im-provement）」（３年間の変化）が加わる。IRとFDの連携やそれぞれの機能強化をどう図るかが結果の「明暗」を分けるものと予想される。
　また近年、専門分野ごとに手を携え、機関横断的な質保証のメカニズムが構築されている点も無視できない。経済学や商学等の分野では認定機関を通じた相互認定や、他国の同僚機関（ピア）とのベンチマーク活動による水準向上が試みられている。オーストラリアの大学は、質保証をめぐる国際的な「アリーナ」での大学セクターの地位向上（協同）と、国内市場での機関の優位確保（競争）という相矛盾する課題のはざまに立たされている。
　日本の大学のIRは揺籃（ようらん）期にある。教育改善の実効性の観点から、IRとFDの連携を視野に入れた制度設計は重要だろう。その前提として、IRを十分に機能させるため、機関内に分散するデータ構造の統合的な管理や専門人材の育成は基本課題である。さらに、IRを意思決定に活用する側の力量形成の問題がある。これらはトップやミドル等多様なレベルのマネジメントの職能開発の課題として、FDやSDプログラムに展開される可能性を秘めている。