慶應義塾を創設した福沢諭吉も、早くから「ミッヅルカラッス（middle class）」の教育の重要性を説いた一人である。福沢のいう「実学」教育はまさに、産業化の担い手となる新しい中流階級のための「教養教育」であったといってよい。
　大隈重信の早稲田や新島襄の同志社など、私立学校の教育目的もまた、少なくとも明治期には、専門（職業）教育重視の官立学校とは対照的に、人間形成にあった。立教・青山・明治学院などのミッション系の諸学校が、アメリカのリベラルアーツ・カレッジをモデルに設立されたことも、指摘しておくべきだろう。
　ただ、こうした私学がめざした「高等普通教育」の系譜は、いずれも十分に発展を遂げることができなかった。1918年の高等学校令制定の過程で、反対論者の一人は、「日本ノ今日ノ状況ハ、学問ヲ道楽ニスル」者などほとんどいない、「学問ヲ以テ、何カノ職ニ就」こうという者ばかりである、「普通教育ガ（中学校の）五年デハ不十分デアルカラ、（高等学校まで）七年ヤッテ、普通教育ダケデ終ラウ」という者などごくわずかだと、批判している。
　事実、高等学校が「普通高等教育」の場になった後も、卒業者はほぼ全員が帝国大学進学をめざした。私学の場合も、法学や経済学、商学といった職業的な、少なくとも実用的なにおいのする学問を中心にしなければ、学生を集め、経営を成り立たせることができなかった。
　大正後期から昭和初期にかけて、大学や専門学校の大拡張が進められた後、不況と世界的な大恐慌、知識階級の大失業時代がやって来ると、高等学校の廃止論まで登場する。
　旧制高等学校の生徒を中心に「教養主義」は確かに存在したが、高等教育の主流は「職業主義」にあり、菊池が理想とした「修養教育」は、ついに根を下ろすことがなかった。