ベネッセ教育総合研究所

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激しい社会変化のなかで、子どもや大人の生活や学びはどのように変化しているのか。
そこに現れるさまざまな社会課題に対して、ベネッセ教育総合研究所はどのような取り組みをしているのか。
当研究所の研究員たちが、自身の研究も踏まえながら課題や展望を論じます。

アイマイなもの、だからこその活用
-AI 時代の学びについて考える

ベネッセ教育総合研究所 木村治生

木村治生

ほんの4年前のこと

 学び×AI。このかけあわせは、学びという営みにどのようなインパクトをもたらすのだろうか。私はかつて、「教育におけるデータ活用の可能性と課題」(『教育と医学』67巻2号、2019年)と題する小論のなかで、教育におけるデータの利活用について大きな可能性を論じつつも、教育という営みとビックデータやAIの間には“相性の悪さ”ともいうべき課題があることを指摘した。

 そのときに述べたのは岐阜市と共同で行った研究から得た知見だが、おおよそ次のようなものである。

 1つは、活用の限界から生じる課題である。学習履歴に関するデータを教員や子どもに戻しても、それを活用した指導や学習が自動的に生起するわけではない。重要なのはデータがあることではなく、それを一人ひとりがどう意味づけるかである。ある教員は正答率から子どもたちのつまずきを発見して指導を振り返り、ある子どもは自分の学習の目標や計画づくりに活用していた。こうした指導者や学習者による意味づけがないと、データは「そこにあるだけ」に過ぎない。データさえあればいろいろなことが解決できると考えがちだが、実際には抽象的で意味をなさないデータが多いのも現実である。

 もう1つは、活用以前のデータ化にかかわる限界から生じる課題である。学びという営みは、一人ひとりの個別性が高く、とても複雑である。また、重要性は高いが、データ化することが困難で、そもそも測定できないということも山ほどある。AIは測定可能な範囲のデータを用いて、特化した課題は解決してくれることはあるかもしれない。例えば、系統性が高い特定の教科について、どこにつまずきがあるかといった判定は比較的容易だろう。しかし、それは学習の一部分にすぎない。人間同士の相互作用にあるような教育の本質的な価値をデータ化し、学びに生かすようなことは難しい。当面、AIは、個別の課題に特化した活用をしながら知見を積み重ねていくしかない。

 これが、ほんの4年前に行った見立てである。

生成AIの出現で

 取得できるデータに限界があること、取得したものに関しても利用者が意味を付与しないと学びにはつながらないことは、おそらく今も違いはないだろう。たが、AIの進歩は予想をはるかに上回った。生成AIの出現である。生成AIは、特定の課題の解決などをはるかに超え、かなりの範囲の問題に対してそれなりの答えを出してくれる。とくに、言語で指示をすればよく、特別な知識や能力がなくても使えるのは画期的だ。

 例えば、手元で使える生成AIに対して、「生成AIは教育にどのように使うことができますか。高校生が使うことを想定し、注意すべき点を踏まえて教えてください」と入力してみた。出てきた回答に著作権の問題があるかもしれないので要約するが、およそ次のようなものだった。

 回答はまず冒頭に、「AIは教育に多くの利点をもたらすことができる」と述べた後で、「以下に高校生がAIを使うときに注意すべき点をいくつか挙げる」という。そして、次の4つを提示してくれた。1つめは、「AIを使う目的」を明確にする必要。何を達成するのかによって使うAIは異なるので、目的を明確にして、それに適したAIを選ぶことが求められる。2つめは、「信頼性の確認」。AIはプログラムに組み込まれたデータに基づいて動作するため、データが間違っていたら誤った結果を出力する。信頼できるAIを選ぶことが肝要というわけだ。3つめは視点が変わり、「自分自身が問題を解決するスキルを失わないように」という忠告。AIを使いすぎると自分で問題解決をするスキルを磨くことができなくなるので、そのスキルを磨くことを忘れないようにすべきだとうながす。4つめが「プライバシーやセキュリティに関するリスク」があることを理解する必要。AIを使うことで個人情報や機密情報が漏洩するリスクがあるので、適切な対策を講じることが必要だと述べる。そして最後に、「AIは教育に大きな利点をもたらすが、適切に使うことが重要」だと締めくくる。

 皆さんは、どう感じられるだろうか。文章は滑らかで違和感はほとんどなかった。内容の精度も、多くの人には一定以上のレベルに達していると感じられるものである。

生成AIの問題点

 しかし、こうして得られる回答は、いろいろな意味で正しいとは限らないと考えたほうがよい。

 よく知られている問題点として、ハルシネーション(hallucination:幻覚)がある。ハルシネーションとは、AIが幻覚を見ているかのように「嘘」をつくことであり、事実に基づかない情報を生成する現象を指す。ちなみに、件の生成AIは、「日本で一番大きな湖は何か」という問いに「琵琶湖」と教えてくれたが、二番目も三番目も四番目も「琵琶湖」という回答が返ってきた。「日本で、大きい、湖」に反応した結果なのだと思うが、正確な原因はわからない。これくらいわかりやすい知識の間違いであれば受け手も気づくが、もっともらしい文章の中に誤った情報が紛れ込んでいても、たいていの人は気づかないだろう。

 また、出てきた回答が仮に正しいものだったとしても、その回答が受け手や状況によって適切だとは限らない。先のAI利用の注意点に対する回答も、そのことを詳しく知らない高校生にはもっと易しくとか、リスクについて知りたい高校生にはそこを重点的に、という具合に変わりうる。結局、生成AIは出力された内容の意味や正しさ、相手の状況や場の文脈などを理解して回答してくれるわけではない。「生成AIの出す回答は無難でつまらない」といった評を目にすることもあるが、それも当然である。相手は、当方の状況や求めるものを理解しているわけではないのだから。

教育への利用の可能性

 結局、生成AIの回答は、正しいかどうかも、文脈に沿うものなのかもよくわからない、「アイマイなもの」である。だが、教育にとっては、アイマイだからこその価値もあるのではないかと感じるところがある。

 相手の言っていることが正しいのかどうかを判断し、より確からしい情報にあたったり、複数の情報を参照したりする。これは、相手が生成AIではなく「人」であっても、求められる科学的な姿勢である。その場の状況にあったより良い回答を得るために、相手に対していろいろな角度からの問いを重ねる。これも対話から学ぶときには必要なことだろう。生成AIは、どのような指示をするか、どのような条件を設定するかで回答が変わる。指示や条件設定をプロンプト(prompt)というが、より良い回答を導くには、これが肝となる。それは、こちらの問いと生成AIが出力する情報との相互作用で構成されるのである。まさに、構成主義ではないか。生成AIを教員や親のような熟練者に見立てれば、社会構成主義ともいえる。

 学びは既存の知識や技能を習得することだけではない。熟練者との相互作用によって知識を再構成するプロセスは、学びの本質である。そう考えれば、生成AIはその相手になりうる可能性をもつ。もしかしたら、教員や親よりも優秀かもしれない。すでにさまざまな学習活動に用いる動きがあるが、今後、実践例が重ねられていくと思われる。

子どもの能力向上に生かす

 そのときに重要なのは、子どもの資質や能力の向上にどう生かすか、という視点である。教員や親の言うことを鵜呑みにするように、生成AIが出力した結果をコピペするのではダメなのは自明だ。出力結果に関心をもって別の聞き方で異なる出力を引き出したり、誤った情報が含まれていないかを確かめたり、今までの自分の知識や経験に照らして他の回答がないかを考えたりといった具合に、思考に活用できないと意味がない。

 そのためには、知的好奇心を大切にすること、多面的・批判的に物事をとらえるクセをつけること、比較・関係づけ・分類・構造化・予想……等々の思考スキルを身につけること、メタ認知を働かせて結果の意味や価値を判断することなどが求められる。知識はコンピュータに任せておけばいいという考え方もあるが、出力結果を判断するためには幅広い教養のようなものも必要そうだ。こうしたジェネリック・スキルは、今までだって学びに大切な要素だったのだが、AI時代の学びにはいっそう重要になる。文部科学省が作成した「暫定的なガイドライン」には、このあたりの考え方がよくまとまっている。参照されるといいだろう。

 冒頭に紹介した教育におけるデータの利活用も、本質は同じだと感じる。出力されたデータや情報には限界があり、誤りが含まれているかもしれない。それを多面的・批判的にとらえつつも、考える手がかりにしようという姿勢がないと、資質や能力の向上には役に立たない。結局、すべての学びには主体性が大事ということである。こうした学びの本質は、時代が変わってもきっと変わらない。

プロフィール

木村 治生
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員
きむら はるお

専門は教育社会学、社会調査で、乳幼児から社会人までの学びと生活の研究を行う。これまで、文部科学省、経済産業省、総務省などからの委託研究に携わるとともに、文部科学省審議会委員、独立行政法人国立青少年教育振興機構事業選定委員、内閣府調査企画委員会委員、埼玉県草加市教育委員会専門部会委員などを務める。東京大学社会科学研究所客員准教授(2014~17年)・客員教授(2021~22年)、追手門学院大学客員研究員(2018~21年)、横浜創英大学非常勤講師(2018~23年)など。
https://researchmap.jp/hrkmr

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