調査企画
福島一政

長崎大学アドミッションセンター
助教

木村拓也


Between(株)進研アドが発刊する高等教育のオピニオン情報誌
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まとめ

「学士力」の測定ありきの議論では
「学士課程教育の構築」の方向性を見誤る

長崎大学アドミッションセンター 助教

木村拓也

「学士力」を活用する場所の限定が必要

 近年、「○○力」と名付けるブームが続いている。高等教育界で注目されているのが、今回扱った「学士力」である。
 2007年9月の中央教育審議会「学士課程教育の再構築に向けて(審議経過報告)」において登場した4分野13項目にわたる「学士力」は、2008年3月の中教審「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」で、ペーパーテストのみでの測定を前提にせず、「多面的できめ細かな評価方法を取り入れることが望まれる」とされた。一方、大学評価・学位授与機構の「大学評価基準(機関別認証評価)」でも、学習効果の測定が求められている。早晩、ペーパーテストだけによらない「学士力」の測定が各大学で喫緊の課題となるだろう。
 こうした政策展開から連想されるのは、1997年の中教審第2次答申における「入学者選抜方法の多様化、評価尺度の多元化」である。この時には受験生の多様な能力の測定方法が一切明示されず、各大学にその開発が丸投げされた。当時、大学側に測定の専門家が十分に配置されていたわけではない。その結果、各大学とも対応に困惑。少子化による入試の選抜性の低下と相まって、近年指摘されている「学力によらない入学者選抜の拡大」を招いた。今回も同じ轍を踏んではならない。定義された「学士力」の特徴を知らなければ、話は一切前に進まないはずだ。
 6ページのデータから明らかなように、「学士力」は学業の充実している学生が身に付けている力である。「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」では「学士力」に基づいた「学位授与の方針等の作成」が求められているが、「学士力」はおおむねGPAで代替されるのが、この概念の特徴である。そうならば「学士力」を測定し、それをもって卒業判定を行うことに積極的な意味は見いだせない。「学士力」の活用場所を限定する必要がある。
 最初から「学士力」の測定ありきの議論では、学士課程教育の構築の方向性を見誤るだろう。「学士力」を大学全体の共通理解とした上で、カリキュラムや授業内容を練り直すための有効な概念としてのみ、機能させるくらいがちょうどよい。

全国規模の大学生調査に参加する意義

 測定や評価は、短時間で無駄な労力をかけずに行うのが良いとされる。これは「テスト」の発想にも通じる。測定や評価それ自体は、手段に過ぎないからだ。「学士力」の測定が目的ではなく、学生のために教育環境を充実させることが本来の目的であり、根幹のはずである。目的と手段を逆転させてはならない。
 国立大学では、法人化以後、本来、研究・教育に向かうべき人材が多数、大学業務に多くの時間を割くようになった。「学士力」という新たな概念の創出によって、人的資源が限られた大学内での際限なき業務増加は避けるべきだ。適正規模に縮小させる勇気が必要で、そのためには思い切ったアウトソーシングの選択でも十分に事足りてしまう。
 その意味において、JCSSのように国際水準で調査項目が安定し、分析体制も整う全国規模の大学生調査に参加する意義は計り知れない。例えば、潜在クラス分析で得られた帰属確率を用いれば、どの入学者選抜方法で、どの学生群がどの程度の割合で入学したかという分析が可能であり、追跡調査の機能も利用できる。各学生群の「学士力」の付き方を大学間で比較することも可能である。
 今回の調査では、各学生群の割合も、各学生群が身に付けている力の程度も、大学ごとに違うことを確認した。どの学生群の教育に成功または失敗したのかという大学ごとの特徴を、この調査から把握できる。こうしたデータを基に、本来めざすべき「学士課程教育の構築」につながる具体的な施策を考える方が、まだ建設的だと考える。


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