未来をつくる大学の研究室 発達心理学
VIEW21[高校版] 新しい進路指導のパートナー
  PAGE 2/5 前ページ  次ページ

研究テーマと方法
小さな疑問から生まれた大きな研究成果

 私の研究例を挙げてみましょう。以前、アメリカの社会学者が会話の進め方の性差に関する論文を発表しました。皆さんも経験があるかもしれませんが、会話の途中で相手の話に割り込んだり、同意を求められているのに沈黙したりすると、会話のリズムが崩れますよね。その論文では、男女間の会話では男性がリズムを壊すことが多く、それは会話の主導権が常に男性側にあるのが理由とされていました。そのため、男女が同等に話しているようでも、実際には女性の意見は反映されにくいとも分析されていました。この論文には、多くの日本人学者も賛同しています。
 しかし、私はこの論文を読んだときに「変だな」と疑問に感じました。まず、日本人とアメリカ人の会話のスタイルは異なりますから、仮にアメリカでは事実でも、それが日本に当てはまるとは限らない。更に言えば、会話の主導権は、単純に性差で決まるのではなく、地位や立場などの多様な条件が関係しているのではないかと推測したのです。

写真
写真1 研究室では、平面から立体を構成する「心的回転能力」と、動物カテゴリーの形成を促すための教育玩具を開発した。

 私は二つの実験を行いました。一つは、大学生を被験者として初対面の男女40組を会話させ、その記録から、割り込みや沈黙、反論などの「非協力的な発話」と、相づちやうなずき、沈黙の修復などの「協力的な発話」の数を計測しました。もう一つはは、女性司会者が毎回異なるゲストを迎えるテレビのトーク番組の調査でした。ゲストが司会者よりも目上の人と目下の人のときとでは、司会者の会話のスタイルがどのように変わるのかを20人分調査したのです。
 その結果、論文とは正反対の結論が導き出されました。大学生の会話では、男性が「協力的な発話」、逆に女性が「非協力的な発話」をするケースが多かったのです。同時に実施した意識調査を分析すると、性差よりも、自分への自信や会話技能の習熟度などが強く関連していることがわかりました。
 テレビ番組の調査では、目上のゲストには「協力的な発話」が多い一方、目下のゲストとの会話では司会者が主導権を握って引っ張る傾向が強く、相手の地位や立場でスタイルを使い分けていることが明白でした。
 このように研究には、ほかの学者に対して「異議申し立て」をするケースが多々あります。疑問を感じたら深く切り込み、論拠を明確に示して覆す。それが研究者の役割であり、だからこそ学問は発展するのです。
 日常の疑問が出発点になった研究には、こんなテーマもあります。あるとき、4歳の子どもと接していると、その子が金魚を「1人、2人…」と数えました。「この年頃ではまだ助数詞は身につかないのか」と思い、試しに3歳児に金魚の数え方を尋ねると、今度は「一つ、二つ…」、5歳児になってようやく「1匹、2匹……」と数えることができました。
 この結果を見て、助数詞の習得の過程を調べれば、「認知と言語のどちらが先に身につくか(※1)」というなぞが解けるかもしれないと思いました。そこで、3歳から5歳の幼児を被験者とし、エラー検出パラダイム(※2)という手法を用いた実験を行いました。子どもは「大人は間違えない」と捉えることが多いため、パペット(人形)に間違った助数詞をしゃべらせ、子どもに間違いを指摘させる設定にしました。
 結果は、認知が先であることがわかりました。特に、ある4歳児が「クジラは馬みたいに足がないから1頭、2頭とは数えない」と説明したことは、子どもでも自分の中でルールをつくってから助数詞を使い始めるということをよく表していました。

図
*1「条」は日本語に対応する言葉がない。魚、ミーアキャット、ダックスフント、川、道など、生き物でも人工物でも自然物でも、曲がりくねった対象を数えるときに使う。そのため、子どもは混乱して意味を獲得するのが遅れる
用語解説
※1 認知と言語のどちらが先に身につくか 幼児の発達段階では、認知と言語のどちらを先に身につけるかという問題。例えば、子どもが「大きい動物は、1頭、2頭…と数える」と、自分でルールを決めてから助数詞を使い始める場合は「認知を先に身につけた」ということになる。逆に、大人に教えられるなどして先に助数詞を覚え、「1頭、2頭…と数えるから大きい動物」と考える場合は「言語が先」ということになる。
※2 エラー検出パラダイム 意図的に間違いを提示し、それに気づくかを確かめる実験法。気づいた場合は、間違っている理由に加え、正解も求める。どの程度の理解度で、どのような知識を持っているかを推測できる。

  PAGE 2/5 前ページ 次ページ
目次へもどる
高等学校向けトップへ