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大学授業でのデータ活用事例【1】

 ベネッセ教育総合研究所では、これまで実施した教育に関する調査をよりたくさんの方に活用していただけるよう、2015年度からパネル調査データを東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センターに寄託しています。それらのデータは、研究・教育目的であれば、自由にご利用いただけます。
 今回、データ活用の事例として、神戸学院大学現代社会学部の都村聞人准教授に、大学の授業でデータをどのように活用しているのか、話をうかがいました。

Q1.どのような授業に、当研究所のデータを活用していますか。

 私が担当する、現代社会学部現代社会学科2年次の前期科目「社会調査法ⅡA」において、「高校生活と進路に関する調査,2019」を利用しています。本学科では、一般社団法人社会調査協会の「社会調査士」の資格取得を推奨しています。社会調査士とは、インタビュー調査やアンケート調査の方法の知識を持ち、統計や世論調査の結果を批判的に検討するなど、社会調査の現場で必要な能力を有する「社会調査の専門家」です。資格取得には、資格制度に参加している大学で、同協会が指定する7つの科目を単位修得する必要があります(うち2科目は、どちらか1つを選択。また、1科目は実習)。
 「社会調査法ⅡA」は、そのうちの「基本的な資料とデータの分析に関する科目」に該当します。本授業は、社会調査の統計分析の基礎を学ぶ授業で、量的データと質的データのそれぞれについて、①データの特徴を捉え正確に読み取ること、②データを分析し、まとめたうえで考察することを目的としています。

Q2.授業でデータをどのように活用していますか。

 本授業では、『数学嫌いのための社会統計学(第3版)』(法律文化社、2023年)を教科書として使用し、統計分析の理論を学びながら、パソコンで実習作業を行い、社会調査への理解を深めていきます。公的統計や簡単な調査報告、フィールドワーク論文を読めるようにするため、単純集計や度数分布、代表値、散布度、クロス集計などの記述統計データとグラフの読み方、それらの計算や作成の仕方を学びます。さらに、さまざまな質的データの読み方と基本的なまとめ方を扱います(図1)。

図1 シラバス

▲ 画像をクリックすると拡大します。

 ベネッセ教育総合研究所のデータを利用するのは、クロス集計について学ぶ第9回と第10回の授業で、計2回です。授業の流れは以下の通りです。

第9回 変数の関連について考えてみよう①

  • ●教科書を用いて、クロス集計とは何かを学ぶ。
  • ●クロス集計表から読み取れることを理解する。

第10回 2変数のクロス集計表を作成してみよう

  • ●教員が統計解析ソフトウェアのSPSSの操作方法の説明を行い、学生が操作方法を学習する。
  • ●教員が下記の具体例を挙げてクロス集計の方法を説明する。その説明を聞きながら、学生は個人のパソコンで作業をし、クロス集計の分析方法を学ぶ。
    具体例:「高校生活と進路に関する調査,2019」の「性別」×「進路を決める際に母親の意見やアドバイスから受けた影響」のクロス集計を行い、結果の読み方を学ぶ。
    3つの練習問題に取り組む。
  • ●練習:「高校生活と進路に関する調査,2019」のデータを用い、以下の3つのクロス表を作成し、どのようなことがわかるか考察を行う。

     ①「性別」と「4月からの進路」のクロス表
    ②「性別」と「4月からの通学・通勤予定」のクロス表
    ③「性別」と「親から期待されている」のクロス表

  • ●学生が各自の関心に基づいてクロス集計の分析を行い、レポートを作成する。
    課題として、「高校生活と進路に関する調査,2019」のデータを用い、興味のあるクロス表を2つ以上作成し、結果を考察するレポートを作成する。学生は、クロス表と分析結果をWordファイルにまとめ、学習管理システム(本大学ではmanabaを利用)で提出する。締め切りは授業の2週間後。

 2回とも、授業は座学と実習を組み合わせています。それは、クロス集計だけでなく、代表値や標準偏差、相関係数の授業でも同じです。
 パソコンを用いた実習を多く取り入れている理由は、本学部が“地域に学び、社会を動かす力”の育成を目指し、学生に実践的な課題解決能力を身につけさせたいと考えているからです。私が学生の頃は、座学中心でしたが、最近の学生は主体的な活動を入れたほうが、意欲的に学ぶと感じています。

Q3.数あるデータの中から、当研究所のデータを選ばれた理由を教えてください。

理由は、3つあります。

1.学生が関心を持ちやすい変数が扱われている
 授業で社会学の調査を扱う際は、学生にとって質問項目の意味がわかりやすく、分析結果を考察しやすいものを利用したいと考えています。社会学の代表的な学術調査として、SSM調査、JGSS、NFRJなどがありますが、統計学を学び始めたばかりの学生には質問項目の理解が容易ではなく、考察がしにくいと言えます。
 一方、今回利用した「高校生活と進路に関する調査,2019」は、高校生を対象にした調査ですから、学生は質問項目の意味をよく理解できます。レポートを作成する際も、自分の経験を踏まえて考えることができるので、考察を深めやすいという利点もあります。

2.データを扱いやすい
 今回扱ったデータは、4件法の選択肢調査であるため、変数をリコードするといったデータ加工が不要で、ローデータをすぐに授業で分析に活用できました。学生がリコードを学び、データ加工から始める場合もありますが、それはかなりの作業時間を要します。今回はそこまでの技術は必要ないため、本データは授業での利用に適していると言えます。また、調査票の質問項目の数も適切だと考えています。

3.データが新しい
 調査年が2019年と比較的新しく、学生が社会的背景を理解しやすいというのは、大きなポイントです。

Q4.データを利用した授業を進める際のポイントを教えてください。

 近年、学生の視野を広げる必要性を感じています。極端に言えば、自分の半径2〜3mの範囲にしか関心がない学生が少なくないからです。現代社会学部では、社会問題に関心を持ち、その課題解決に向けて学びを進めてほしいと考えています。ところが、社会問題になかなか踏み込めない学生が見られます。そこで、社会の事象を自分なりに捉える意識を持ち、その手法を実践的に学んでほしいと考え、学生にとって身近なデータを活用しています
 また、レポート作成に苦労する学生が多いため、考察をどのように行えばよいのか、分析から考察までの一連の流れを、実際にデータを扱いながら示しています。第10回の授業では、「高校生活と進路に関する調査,2019」の「性別」×「進路を決める際に母親の意見やアドバイスから受けた影響」のクロス集計を行い、結果の読み方を一緒に学びます。
 このクロス集計は、女子のほうが男子よりも進路を決める際に母親の意見やアドバイスから影響を受けているという仮説の下、分析しました。実際にクロス集計をしてみると、仮説通り、女子のほうが男子よりも「母親の意見やアドバイスがとても影響した」という割合が非常に高い(女子38.6%、男子22.1%)ことがわかりました。その理由として、第1に女子の場合は同性の母親となんでも相談できる関係にあること、第2に女子にとっては同性の母親が進路形成のロールモデルになり得ること、第3に女子の場合、保護者から自宅通学を条件とされるなど、進路選択における制約があり、保護者との調整が必要であったことなどが考えられると、学生でも考察できる理由の例を挙げて、説明しました。そのように、レポートでは、自分なりに仮説を立ててクロス集計を行い、その結果から何が見えてくるかを考察する重要性を説明しています。

Q5.学生の取り組み状況はいかがでしょうか?

 授業では、調査票について説明する時間が十分取れません。そこで、私が例を挙げて説明したところ、あまり戸惑うことなく、ほぼ全員が自分なりにクロス集計に取り組んでいました。
 学生は、調査票を一通り見て、自分が興味のある調査項目を探し出し、レポートを書いています。例えば、以下のようなクロス集計です。

  • ◎性別×進学先の大学・学校で専攻する分野のクロス表
  • ◎性別×将来の出世に関する意識のクロス表
  • ◎性別×将来資格を生かした仕事をしたいのクロス表
  • ◎性別×ふだん食事作りができるかのクロス表
  • ◎性別×将来お金持ちになりたいと思っているのクロス表
  • ◎性別×高校生活における地域の行事やボランティア活動への積極性のクロス表
レポート1:性別×進学先の大学・学校で専攻する分野のクロス表

▲ 画像をクリックすると拡大します。

レポート2:性別×高校生活においての友だち付き合いへの積極性のクロス表

▲ 画像をクリックすると拡大します。

レポート3:性別×将来資格を生かした仕事をしたいのクロス表

▲ 画像をクリックすると拡大します。

 本科目の成績は、学生が提出したレポートで評価します。採点時に気になるのは、考察の質の個人差が大きいことです。本学部は、主として社会学を学ぶ学部のため、統計学を極めるのではなく、データを使って社会の事象を考えることが大事です。統計の結果よりも、そこから何が考察できるかが重要だと、学生に伝えています。

 

 

都村聞人

  •    都村 聞人

     神戸学院大学 現代社会学部 准教授
    つむら・もんど●京都大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は教育社会学。最近の業績として、翻訳(共訳)『社会情動的スキル:学びに向かう力』(OECD編著、明石書店、2018年)、論文(単著)「子育て世帯の生活水準と長子にかけた教育費の長期的変化」(『季刊 個人金融』2020年冬号)など。


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