ベネッセ教育総合研究所

  • 検索

激しい社会変化のなかで、子どもの生活や学びもどのように変化しているのか。
その変化を多面的、継続的に捉えるために、ベネッセ教育総合研究所と東京大学東京大学社会科学研究所は共同研究プロジェクトを立ち上げました。そこで実施された調査の結果データを、いま多くの研究者たちが分析しています。本プロジェクトデータから得られた洞察と仮説をもとに、社会課題の解決の糸口を模索しています。
研究論文には書ききれなかった思いと展望を、研究者自身が伝えます。

高校生の価値志向が性別専攻分離に与える影響に関する分析――職業志向・家族志向と性差に着目して――/増井 恵理子

増井 恵理子
  • 増井 恵理子

    大学卒業後に大学職員として15年間働いたのち、2020年に滋賀大学データサイエンス研究科博士前期課程入学、2022年修了。2022年より滋賀大学データサイエンス研究科博士後期課程学生。また、2023年より独立行政法人日本学術振興会 特別研究員DC2

    主な論文
    増井恵理子,2023,「高校生の価値志向が性別専攻分離に与える影響に関する分析――職業志向・家族志向と性差に着目して」『フォーラム現代社会学』22: 61-74.

研究の背景・動機

 大学進学のジェンダー差は縮小されつつあるが、文系分野は女性が多く、理系分野は男性が多いという性別専攻分離はいまだに維持されている。2021年度においても女子学生の割合は、工学部で15.7%、理学部で27.8%と依然として低い。性別専攻分離は、男女で従事する職業が異なる現象を指す性別職域分離の原因であり(高松 2008)、また理工系分野における多様性実現の障壁となるなど複数の社会的課題に繋がっている。
 この性別専攻分離が何によって起きているのかはさまざまな視点で検証されている。たとえば、親の社会・経済的な地位と専攻選択が関連しているか(van de Werfhorst 2017; 山本 2019)や、男女の理系科目の成績と専攻選択が関連しているか(森永 2017; 古田 2016; 伊佐・知念 2014)などが分析されてきた。近年では、心理的要因が専攻選択に関連しているという分析(白川 2020; 田邉 2022)も存在する。この心理的要因については、進学希望を扱ってきた日本の研究において、親の社会・経済的地位とは独立に進学希望や学習態度に影響を及ぼす点が明らかにされており(荒牧 2016)、注目に値する。
 以上のことから、筆者は心理的要因と専攻選択との関連を調べることにしたが、一つ気になる点があった。これまでの心理的要因に関する研究は、特に高校生の職業志向(職業や職業生活において何を重視するか)は扱っているが、家族に関する心理的要因は扱われていない。しかし、2007年度から始まったワーク・ライフ・バランス政策に見られるように、現在では職業生活と家庭生活の両立が重視されている。近年における家族の在り方や家庭生活の変化が働き方にも影響を与えているのである。そして、日本の家族の在り方が変化すると同時に、家族に対する個人の意識も変化している。たとえばEASS 2006によると、家族を生活の中心とした考え方(これを家族志向とする。)は、他の東アジア諸地域に比べると日本が最も低く、また日本の中を見ても、高齢層に比べると若年層や中年層において低いという特徴がある(岩井・保田2009)。現代の高校生や若者の間でもそのような傾向が認められ、家族を生活の中心とした考え方が当たり前ではないことが窺える(森 2015; 石井・宮本・阿部 2017)。そこで筆者は、高校生の将来を左右する専攻選択を扱うにあたり、関連する要因として職業志向と家族志向、双方を扱い分析した。

高校生の職業志向と家族志向

 分析には、ベネッセ教育総合研究所「子どもの生活と学びに関する親子調査」にある2017年度高3生調査および2018年度高3生調査のデータを用いた。進学先が四年制大学であり、かつ専攻が「文系の分野」、「理系の分野」、「医療・福祉系の分野」であるデータのみを対象とした。
 これまでの研究において、高校生は職業志向として地位達成志向(社会的地位や報酬を重視)と自己実現志向(自分の興味・関心、知識・技術を生かして物事に取り組むことを重視)を持つとされてきた(荒牧 2016; 片瀬 2005; 多喜 2018)。今回の筆者の分析においても、高校生は職業志向として地位達成志向と自己実現志向を持つことが確認できた。もう一つの「家族志向」に関する質問としては「1.自分の家族の幸せを大切に暮らしたい」の1項目のみであったため、この回答を標準化(平均値が0、分散が1となるように変換)したものを「家族志向」の得点として用いた。地位達成志向、自己実現志向、家族志向の男女別平均得点を以下に掲載する。自己実現志向と家族志向の平均値は女子の方が高く、地位達成志向は男子の方がわずかに高いことが見て取れる。

地位達成志向、自己実現志向および家族志向は大学の専攻選択に関連するのか

 次に筆者は地位達成志向、自己実現志向および家族志向は専攻選択と関連を持つのかどうか確認するため男女別に分析を行った。専攻分野は「文系の分野」、「理系の分野」、「医療・福祉系の分野」の3カテゴリを扱った。専攻選択と心理的要因の関連を検証するにあたり、見せかけの関連を除去するために、統制変数として高校の学科や全国模試の成績の自己評価、そして主観的な家庭の経済状況などを用いた。
 詳しい結果は論文に掲載されているため、ここでは主に統計的に意味があるとされる関連があった(p<0.05)心理的要因について言及する。まず男子の分析結果では、自己実現志向が強いと医療・福祉系専攻を選択する傾向にあり、地位達成志向が強いと文系専攻を選択する傾向にあった。10%有意水準(p<0.1)ではあるが、家族志向が弱いと医療・福祉系専攻を選択する傾向にあった。
 次に女子データをみると、自己実現志向が強いと理系専攻および医療・福祉系専攻を選択する傾向にあった。また、地位達成志向が弱いと医療・福祉系専攻を選択する傾向にあった。家族志向が弱いと医療・福祉系専攻を選択する傾向にあり、10%有意水準(p<0.1)ではあるが、理系専攻も選択する傾向にあった。

結果の考察

 紙幅の都合上、今回は特に女子の結果に着目して結果の考察を行う。まず、地位達成志向の影響については、女性は日本企業において地位達成が困難である(山口 2014)ため、女子の専攻選択に影響しないと筆者は予想したが、今回の分析結果は違った。地位達成志向の強い女子は医療福祉系専攻よりも文系専攻を選択する傾向にあった(理系専攻よりも文系専攻を選択するかどうかは明確でない)。こういった女子は、学歴獲得を通じた社会経済的な地位達成を目指している可能性がある。
 次に、自己実現志向が強い女子は理系専攻および医療・福祉系専攻を選択する傾向にあった。この結果から、これら2つの専攻は、自分の興味・関心や専門性を活かす仕事に就ける可能性が高い点で女子から評価されていると考えられる。
 最後に、家族志向との関連を確認すると、家族志向の弱い女子は医療・福祉系専攻を選択していた。家族志向の弱い者は家族から離れることを想定し、経済的な自立の基盤を築きたい者と考えられる。近年、日本の女性は経済的自立を図るために、異なる職場においても価値が認められる持ち運び可能な産業特殊的スキルを、企業ではなく学校で形成する傾向にあることがわかっている(佐野 2019)。医療・福祉系専攻は在校時に産業特殊的スキルが得られる代表的な専攻であるため、女子にとって経済的自立を目指すに優位な専攻といえるのではなかろうか。
 まとめると、医療・福祉系専攻と理系専攻は、卒業後、ともに専門性を活かす仕事に就ける可能性が高い点で女子にとっても魅力的ではあるが、理系専攻は在校中に産業特殊的スキルが得られないため、女性の人材育成に非積極的な日本企業(山口 2014)での就業においてリスクとなることを周囲の大人を参考にしながら高校生女子も認識している可能性がある。このような状況が女子の理系専攻離れの要因の一つかもしれない。

今後の展望

 今回の分析結果から、周囲の大人たちが感じている家族に対するリスクや仕事に対するリスクを高校生たちが内面化している可能性が示唆された。しかし、女子の多くが文系専攻を選択する理由を明確にできなかった。性別専攻分離を解消するためには、子どもたちが周囲の大人たちの影響を受けつつどのように心理的要因を形成しているのか、今後も詳しく分析していきたい。

参考文献
荒牧草平, 2016,『学歴の階層差はなぜ生まれるか』勁草書房. 古田和久,2016,「学業的自己概念の形成におけるジェンダーと学校環境の影響」『教育学研究』83(1): 13-25. 石井まこと・宮本みち子・阿部誠編, 2017,『地方に生きる若者たち――インタビューからみえてくる仕事・結婚・暮らしの未来』旬報社. 伊佐夏実・知念渉, 2014,「理系科目における学力と意欲のジェンダー差」『日本労働研究雑誌』56(7): 84-93. 岩井紀子・保田時男, 2009,『データで見る東アジアの家族観――東アジア社会調査による日韓中台の比較』ナカニシヤ出版. 片瀬一男,2005,『夢の行方―高校生の教育・職業アスピレーションの変容』勁草書房. 森康司, 2015,「性別役割分業意識の変容――雇用不安がもたらす影響」友枝敏雄編『リスク社会を生きる若者たち――高校生の意識調査から』大阪大学出版会, 127-146. 森永康子, 2017,「「女性は数学が苦手」――ステレオタイプの影響について考える」『心理学評論』60: 49-61. 佐野和子, 2019,「女性の教育歴とスキル形成――スキル形成レジームに基づく計量社会学的分析」『ソシオロジ』64: 21-40. 白川俊之, 2020,「高等教育における性別専攻分離の発現メカニズム――STEM志向に見られる性差を中心に」『社会文化論集』16: 127-158. 多喜弘文,2018,「高校生たちのゆくえ―学校パネル調査からみた進路と生活の30 年」尾嶋史章・荒牧草平編『職業希望の変容とその制度的基盤』世界思想社,64–85. 高松里江, 2008,「正規雇用の規定要因としての高等教育専攻分野――水平的性別専攻分離の職域分離への転化に注目して」『年報人間科学』29(2): 75-89. 田邉和彦, 2022, 「日本における性別専攻分離の形成メカニズムに関する実証的研究――STEM/ケアの次元に着目して」『教育社会学研究』109: 29-50. VAN DE WERFHORST, H. G., 2017, “GENDER SEGREGATION ACROSS FIELDS OF STUDY IN POST-SECONDARY EDUCATION: TRENDS AND SOCIAL DIFFERENTIALS,” EUROPEAN SOCIOLOGICAL REVIEW, 33(3): 449–64. 山口一男, 2014, 「ホワイトカラー正社員の管理職割合の男女格差の決定要因」『日本労働研究雑誌』648:17-32. 山本耕平, 2019,「大学進学女性における専攻分野多様化の階層的背景――SSM調査データによる分析」『フォーラム現代社会学』18: 88-101.

【子どもの生活と学び研究】記事一覧

【関連ページ】

ベネッセ教育総合研究所について 6つの研究室がそれぞれの専門領域を研究しています。

  • 次世代育成研究室
  • 初等中等教育研究室
  • 高等教育研究室
  • アセスメント研究開発室
  • グローバル教育研究室
  • カリキュラム研究開発室
  • ベネッセ教育総合研究所について

>所在地

  • 人と社会の幅広い課題に向けたベネッセの取り組み
    サステナブルな社会へfromBenesse
  • 電子書籍
    電子書籍
  • 高校生環境小論文コンクール
    第9回 高校生環境小論文コンクール 7月1日より 受付スタート!
ベネッセ教育総合研究所[公式ツイッター]