「データで考える子どもの世界」

第1回【識者インタビュー】子どもの自立を支援するデジタル教材の可能性

NPO法人教育テスト研究センター(Center for Research on Educational Testing: 以下CRET)理事であり、白鷗大学教授の赤堀侃司(かんじ)先生に、教育現場でのデジタルの活用に関する世界の状況、最新の研究知見を踏まえて、日本でのデジタル教材活用の可能性についてお聞きしました。

プロフィール

赤堀 侃司(あかほり かんじ) 先生

白鷗大学教授(教育学部長)工学博士 東京工業大学名誉教授

著書に、「教育工学への招待(ジャストシステム)」、「授業の基礎としてのインストラクショナルデザイン(日本視聴覚教育協会)」、「解決思考で学校が変わる(ぎょうせい)」など、多数。

赤堀 侃司(あかほり かんじ) 先生

【インタビュー要旨】

世界各国の学校で教育活動にデジタル教材を取り入れる動きが進み、日本でも身近になりつつある。デジタル教材のメリットは2つあり、紙では伝えられないリア ルな情報を手軽に伝えられること、もう1つは学習者の意欲を喚起し、イマジネーションを膨らませること。CRETでもデジタル機器の教育効果や可能性を追 究している。デジタル化の流れはもはや止まらない。子どもたちはルールの中で、失敗することを前提として、情報リテラシーを学ぶ必要がある。

世界で進む教育のデジタル化

「学校での教育活動にデジタル教材を取り入れる動きが進んでいる」

IT先進国である米国では、学習者向けだけでなく、教師向けに教科単元ごとの質問内容をまとめた指導書、単元ごとの評価問題など多様なデジタル教材が開発され、教員は黒板、紙の教材などと同様に違和感なく使っているという。

米国でデジタル教材が普及した理由として、個に応じた教育に力を入れているため、学習者のレベルに合った教材を手軽に提供できるデジタル教材が教育スタイルにフィットしたことが挙げられる。日本に比べ授業のなかでドリルのような個別学習をさせる機会が多いため、習熟度に合わせた教材を簡単に準備できるデジタル教材は教師に好意的に受け入れられたのだ。それを後押しするように、民間企業が教育向けのタブレット端末などのデバイスや豊富なコンテンツの開発を積極的に進めている。

さらに、これまでは州ごとに教育のカリキュラムを作成していた米国において、すべての州に共通するカリキュラムであるCommon Core State Standards(CCSS)を作成する動きが出てきたことも関係していると赤堀先生は話す。

「CCSSは、日本における学習指導要領にあたるような内容で、50州が共同で開発したカリキュラムです。教育内容の基準を設定することによって学力を保証することを目指しています。教師がどのように授業をデザインすべきか、そのための授業の進め方や質問内容、そして評価方法まで詳細に明記されています。このCCSSのなかにはデジタル教材の使用についても書かれており、これを受けて各企業が、デジタル教材の開発にますます力を入れているのです。教師の教材選びの選択肢は一層充実すると言えるでしょう」

教育のデジタル化を進めるのはもちろん米国だけではない。アジアでは、デジタル教科書導入に積極的に動いている国がある。例えば、韓国では受験競争が激化するなか、地域や家庭の所得格差にかかわらずすべての子どもに平等に教育を提供することを目的の1つとして、2015年までに小中高すべての教科書をデジタル化することを発表した。韓国のデジタル教科書には辞書、参考書、各種データベースがリンクされており、いつでもどこでも自分のレベルに合わせてeラーニングが可能だ。教師への質問もネットを通じてできるようになっている。

シンガポールでもデジタル教科書導入を進めている。資源が少ない同国は、国際競争力の強化を目的に人材教育に力を注ぎ、「FutureSchool@Singapore」と名付けられたデジタル教材の実証研究をモデル校で進めてきた。2012年には児童・生徒全員にデジタル教科書を配布予定だ。

「それぞれの国のデジタル教材の活用の動きは、各国の社会的・教育的課題や目標に対応した取り組みです。つまり、他国の活用方法をそのまま日本に導入しても必ずしもうまくいきません。日本は自国の教育理念を土台に独自のスキームを構築すべきです」

日本政府は、2020年までにすべての小中学校にデジタル教科書を配布することを目標にしている。既にモデル校の児童・生徒に1人1台のタブレット端末を持たせ、学習に活用した際の効果を検証する「フューチャースクール推進事業」がスタートしている。 

国によってスピードや方法は異なるが、教育現場においてますますデジタル教材が身近なものになっていくことは明らかだ。

大学生向けにデジタル教材を活用

赤堀先生も大学での授業中に動画で資料を見せたり、携帯電話で意見を投稿させたりするなどデジタル教材を積極的に活用している。

「デジタル教材のメリットは大きく2つあります。1つは、紙教材では伝えられないリアルな情報を手軽に伝えられる点です。例えば、ある小学校では、社会科の授業で自分たちが住んでいる場所と離島の生活を比較するためインターネットを使いました。世界中の衛星写真が見られるソフトを使えば、その島の様子をリアルな画像で見られ、簡単に画像をズームアップさせることもできます」

デジタル教材を使うことで、文章ではわかりにくい事柄でも、動画や画像、音声などの助けを借りて、より深く具体的に理解することが可能となる。

「2つめは、学習者の意欲を喚起し、イマジネーションを膨らませることが出来る点です。私は大学で教師を目指す学生向けに教育とは何なのかを教える『教育基礎論』の授業で、仕事観に関わるドキュメンタリー映像を45分間見せました。90分間、教壇で私が語るよりも、映像を見せたほうが学生の集中力が高まり、かつ授業の本質を的確に伝えることができます。この授業の最後には、学生に『教師の役割とは何か』というテーマのレポートを課していますが、映像からメッセージを自分なりに読み取り想像力を働かせ、テーマに対する答えを自分の言葉で書いてもらいました。学習者の考えを引き出したい場合にも、デジタル教材は良い効果を発揮すると実感しています」

ただ、いくらデジタル化が進んでも紙でなければ得られない教育効果もある。 「計算ドリルなどの筆算、漢字の書き順などの場合は、紙の鉛筆やタブレットのペンなどのように、直接紙や画面に接触することが大切で、その感触が脳を刺激して、学習効果を高めるのではないかと考えています。ただ、脳科学のような実験的な結果ではありませんが。つまり、従来の紙中心の学習とデジタル教材を使用した学習、双方の良さを理解し、目的に応じて両方を組み合わせて教育に活用していくべきでしょう」

CRETでの研究

赤堀先生が理事を務めるCRETは、国際化・情報化が進む社会で今後求められる新しい教育テストやその基盤技術の研究開発を目的としたNPO法人だ。赤堀先生はCRETで、CBT(コンピュータベースのテスト)の基礎研究などを行っている。その研究の1つとして、デジタル端末の活用における学習効果を検証している。

例えば、タブレット端末を使用したデジタル教科書、パソコンを使用したデジタル教科書、そして紙の教科書と異なる特性を持つ3つの教科書でそれぞれ学んだ場合の学習効果を比較する調査では、タブレット端末を使った学習に、発展的に考えたり、自分の意見を表現したりする面での優位性が見られた。こうした調査結果を受けて、赤堀先生は学習と人の動作の関係について注目しているという。(※1)

「人は、例えば、ここが大切だと思った時は、直接その箇所を、ここだよと指で示します。読む場合だけでなく、話す場合も同じで、ここが重要だと思ったら、自然に手が挙がっています。つまり、自分の脳の指示にしたがって、対象に対して直接操作を可能にするデバイスが求められていて、その意味でタブレット型のデバイスに注目して研究しています。ポストPCだという研究者もいます」

デジタル教材を活用し、子供の自立を促す

デジタル教材のなかでもインターネットなどを利用した学習は、自律的に学習できる半面、有害サイトへの接続も可能なため、子どもへの安全性を危惧する声もある。 

「デジタル機器や教材を教育に活用する流れはもはや止められません。デジタル教材を活用することによる教育効果を前向きに評価した上で、一定のルールを決め、児童や生徒自身に実際に体験させながら、正しい使い方を学ばせることが大切です。多少の失敗は覚悟し、情報リテラシーを学びとらせる必要があります」 

実際に、総務省の調査(※2)でも失敗経験を持つ子どもほどリテラシー能力が高いことがわかっている。

「必要な情報を自ら取捨選択する力は、子どもが社会に羽ばたくために重要です。中学生であれば保護者から自立し、自らをコントロールする力を養う時期でもあります。教育現場においても、デジタル教材は子どもの自立を促す道具の1つとして活用していくことが大切なのではないでしょうか」

2012年10月19日 掲載

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※1: 赤堀侃司(CRET)・和田泰宜(京セラコミュニケーションシステム)
「紙とPCおよびiPadの特性比較について」
※2: 総務省「青少年のインターネット・リテラシー指標」の公表

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