第3回【寄稿】 21世紀にふさわしい学びとは ─ 子どもたちの「主体的な学び」を育てるために

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寄稿者プロフィール

新井 健一

新井 健一
ベネッセ教育総合研究所 理事長

あらい・けんいち●平成15年ベネッセコーポレーション入社。平成16年執行役員、教育研究開発本部長及び教育研究開発センター(現 ベネッセ教育総合研究所)長を兼務。平成19年1月NPO教育テスト研究センター設立。同理事長に就任し、OECD等海外の機関とネットワークを構築。現在、中央教育審議会初等中等教育分科会「学校段階間の連携・接続等に関する作業部会」委員。総務省事業「青少年のインターネット・リテラシー指標に関する有識者検討会」座長代理。

【要旨】

OECDが実施している学習到達度調査では、問題を解決するために適切な知識を獲得して活用する能力に加え、ICT活用能力、批判的思考力、コミュニケーション力が挙げられている。そうした力の育成が日本でも求められており、日本の学習指導要領にも反映されている。

日本の子どもに必要なのは、そうした力の土台となる「主体的に学ぶ力」。今後のICTを使った教育は、主体的な学びを引き出す意図を中心に設計され、21世紀にふさわしい学びのツールとなる。


ベネッセ教育総合研究所は1人ひとりが主体的に学ぶことを支援し、21世紀にふさわしい学びを提供するための調査研究を続けています。

今後の社会で求められるのは「知識を活用する力」

日本は、近年人口も名目GDPも共に伸び率の減少を続けています。一方、世界の人口は爆発的に増加して、わずか40年間で倍の70億人に達し、仕事も人も加速度的に国境を越えて移動するようになってきました。また、ICT(情報通信技術)の進展は社会の情報化を促進し、世界のデータ量は、今後10年間で44倍になるという予測があります。

このような変化は、産業構造にも変化をもたらし、産業別の就労人口や、仕事の仕方にも影響を与えていくことが予測されています。

振り返ってみれば、パソコンが普及し始めたのが30年前、インターネットが普及を始めたのはわずか20年前のことですから、今後20年、30年がたつとどのような技術が普及し、どのような社会になるかを予測することは難しいことですが、グローバル化、高度情報化の流れが加速することは確かです。

子どもたちが、このような時代に活躍するためには、どのような能力が求められ、どのような学びが必要なのでしょうか。

OECD(経済協力開発機構)が実施する国際的な学習到達度調査(PISA)は、このような問題意識から生まれたもので、15歳を対象に、2000年から3年ごとに実施されています。読解、数学、科学の3分野について、知識そのものを測るのではなく、状況に応じて活用する力(リテラシー)を測るように設計されています。

さらに、2009年には「デジタル読解力」、2012年には「問題解決能力」が測定され、2015年には「協調的問題解決能力」を、コンピューターを使って測定することが予定されています。

21世紀の社会では、学んだ知識を正確に再生することより、問題を解決するために適切な知識を獲得して、活用する能力が求められるというわけです。

このような動向は各国の教育に影響を与え、具体的にどのような能力が必要かということが定義されていて、問題解決能力やICT活用能力、批判的思考力、コミュニケーション力などが挙げられています。

日本の学習指導要領の「生きる力」も同様の発想から生まれていて、全国学力・学習状況調査などに反映されています。

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21世紀は生涯にわたって主体的に学ぶ学習社会

変化する社会に適応していくためには、生涯にわたって学ぶことが必要です。学びは個人のためだけではなく、よりよい社会の形成につながりますので、個人にとっても社会にとっても大切なことですが、日本の子どもたちの状況を見ていると、気になることがあります。

それは、主体的に学ぶ力、学習意欲といった、学びに向かう力が必ずしも高くないということです。

私どもベネッセ教育研究開発センターでは、2006年に東京、ソウル、北京、ヘルシンキ、ロンドン、ワシントンD.C.の6都市の子どもたち(小学校5年生)を対象に、学習に関する意識・実態調査を行いました(「学習基本調査・国際6都市調査」)。

その中で、「授業で習ったことを、自分でもっと詳しく調べる」という質問や「自分で興味を持ったことを、学校の勉強に関係なく調べる」に対して、「あてはまる」+「まああてはまる」と回答した比率が、6都市の中で最も低いという結果でした。

「いい大学を卒業すると将来、幸せになれる」や「努力すれば報われる社会だ」と思う比率も6都市の中で最も低く、学びの目標をどこに求めるかということを考えさせられる結果でした。

同じく2006年の調査(「第4回学習基本調査・国内調査」)では、中学、高校へと進むと「上手な勉強の仕方がわからない」という子どもの比率は7割近くに達し、高校生の平均家庭学習時間は1990年との比較では減少していて、特に成績中位層の学習時間は半分近くに減っていました。

また、文部科学省「中央教育審議会教育振興基本計画部会」(2011年10月6日)の資料によりますと、大学生の学習時間も米国などと比べて、少ないことがわかっています。

主体的に学ぶ力は学びのエンジンのようなもので、学習社会には欠かせません。このエンジンをもとに、課題に主体的に関わって解決しようとすることが活用力の向上にもつながるのですが、日本の子どもたちの学習の意識や実態調査の結果が示す状況は、対処すべき重要な課題であると考え、ベネッセ教育研究開発センターでは、この課題の調査研究に取り組んでいます。

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ICTの利活用が、21世紀にふさわしい学びを促進する

このような主体的に学ぶ力を育成して、21世紀にふさわしい学びを実現するためには、どうしたらよいでしょうか。

文部科学省では「教育の情報化ビジョン」を打ち出し、2020年までに児童・生徒1人1台情報端末の環境を活用して、21世紀にふさわしい学校教育を実現し、PISAでトップランクを目指すとしています。このようなICTの教育利用は、もともとは欧米が先行していましたが、最近では韓国、シンガポール、タイといったアジアの国々でも取り組まれています。

現在は日本でも、児童・生徒1人に1台のタブレットコンピューターの環境を授業に活用する実証実験が進められていて、ICTの利活用により、主体的な学びを引き出し、ICTの特性を生かした機能や教材を有効に活用して効果を高めようという試みが行われています。ICTは、ICTリテラシーを高めるだけでなく、21世紀にふさわしい学びのツールとして有効であると考えられているのです。

学校教育での実験が進む一方で、スマートフォンやタブレットの一般家庭への浸透が急速に進んでいます。出荷台数の予測数値は、発表されるごとに上方修正され、機種の性能は短期間に向上し、販売価格は下がり、利用者の低年齢化が進んでいます。

先に述べた「デジタル読解力」の成績は、学校での利活用よりも、家庭など学校外での利用の影響が大きいという報告がされていて、日常的に活用しながら学ぶことの重要さを示唆しています。

ICTの利活用には課題もあります。ICTは道具ですから、使い方によって効果が異なりますし、万能ではありません。ICTの大きな特徴のひとつは、使う側が働きかけて初めて反応するメディアですので、何もしなければコンピューターの画面には何も起こりません。利用者の主体的な意志がなければ、あまり効果は期待できないのです。

効果を高めるには、メディアの特性を踏まえた学習環境の設計が重要となるわけです。

また、コンピューターの画面の向こう側には膨大な情報社会があり、画面はさしずめ社会への窓ですので、安全に使うためにはルールやマナーが必要です。インターネットはかつて情報ハイウェーと言われ、交通社会に例えられていました。交通社会にもルールやマナーがあるように、情報社会にも同じような注意が必要になります。

ベネッセ教育研究開発センターでは、学校や家庭で、こうしたICTの特徴をとらえて積極的に活用し、ひとりひとりが主体的に学ぶことができるように支援し、21世紀にふさわしい学びの実現につなげたいと考えて調査研究を続けています。[END]

2012年12月17日 掲載

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