第6回【識者インタビュー】 デジタル家庭学習の最先端 〜世界の論文調査から〜

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現在、学校現場でのICT利用に関する実証研究が進んでいますが、その一方で家庭学習におけるICT利用の効果や影響については未知数な部分もあり、体系的な研究が求められています。そこで、ベネッセ教育総合研究所は、東京大学大学院情報学環准教授の山内祐平先生に、世界の関連論文や先行事例の調査を依頼しました。デジタルを融合した家庭学習を考える際に重要な視点はどのようなものか、おうかがいしました。

プロフィール

山内 祐平 先生

山内 祐平 先生
東京大学大学院情報学環准教授

ベネッセ先端教育技術学講座(BEAT)。情報技術を用いた学習環境のデザインについて、開発研究とフィールドワークを連携させた研究を展開している。主著として「デジタル社会のリテラシー」(岩波書店)、「社会人大学院へ行こう」(NHK出版)、「デジタル教材の教育学」(東京大学出版会)、「学びの空間が大学を変える」(ボイックス株式会社)など。

調査概要について

Q. 今回、山内先生には、デジタル教材を利用した学習、特に家庭学習について、世界の文献から一般的かつ共通性のある知見を調査していただきました。まず、調査手法について説明していただけますか。

文献調査には、アメリカ教育省の論文サマリーデータベース「ERIC Digest」を使用し、有用性の高いと思われる論文を検索することから始めました。検索ワードは下記の通りです。

◎学習者の発達段階◎
乳幼児(就学前児童)
小学生、中学生、
高校生、大学生
×
◎デジタル教材を利用した学習に関するキーワード◎
家庭学習、
デジタル学習/オンライン学習、
自己調整学習

検索を行い、該当した論文に目を通し、中でも有用性のある論文を選定しました。文献調査から明らかになったこと、今後の課題を整理したものが下記の表になります。

表1. デジタル教材を利用した学習に関するキーワード

デジタル教材を利用した学習に関するキーワード

※ クリックすると拡大して表示します。

発達段階別にポイントを紹介したいと思いますが、調査結果を見ていく際に注意していただきたい点があります。

今回の文献調査は、アメリカの論文を中心にレビューしましたが、アメリカのデジタル教育が素晴らしいから、丸ごと真似るべきだと考えている訳ではありません。PISAの結果を見ても日本はアメリカよりも上位であり、全ての子どもたちに良質な教育を与えるといった視点では、高い水準にあるのは明らかです。

ただ、「21世紀型スキル」に代表される国際社会を生き抜いていくスキルを身につけさせるには、従来の教育では限界がきています。そこで、多くの教育者が、デジタル教材を利用した新しい学びに注目しています。

今回はIT先進国であるアメリカの論文をレビューし、今後の日本の家庭学習を考える上で、参考になる知見をお伝えできればと考えています。

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幼児期のポイントは「親との相互作用」

Q.  まず、幼児から見ていきたいと思います。幼児が両親の見ているテレビ番組を一緒に視聴した場合、幼児の言語理解および言語発達に対してわずかではあるが良い影響があるという論文をご紹介いただきました(論文1)。この時期のデジタル教材の利用については、国内でも盛んに議論が行われていますが、文献調査の結果をどのように分析されますか。

幼児期のデジタル教材利用を考える上でキーワードになるのは、「親との相互作用」ではないでしょうか。現在、タブレット端末が普及し、様々な幼児向けコンテンツが発売されています。

私の研究室でも、デジタル絵本の研究を行ったところ、親子の対話を促進させるツールであることが明らかになりました。デジタル教材の利用により保護者とのコミュニケーションが促進され、子どもの言語能力の発達に良い影響をもたらしたと考えられます。

ですから、幼児向けデジタル教材の開発を考えるときには、家庭を巻き込んだ学習支援のあり方を考えていくべきです。

ただ、家庭ごとにデジタル機器との付き合い方は様々だと思います。各家庭の価値観、習慣を大切にしながら、各家庭に合わせた何種類かのテクノロジー利用ガイドラインを示していく必要があるのではないでしょうか。

特にタブレット端末はインタラクティブであるがゆえに、子どもとタブレット端末との間に1対1の関係が成り立ってしまい、気づいたら長時間利用させていたというデータもあります。ベネッセ教育研究開発センター(現ベネッセ教育総合研究所)も、子ども、親、デジタル教材のバランスのとれた三角関係を築けるように、教材開発におけるガイドラインを策定していきたいと考えています。

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小中学生:アメリカのホームスクーリングから学ぶこと

Q.  小・中学生においては、日本国内でも学校現場においてデジタル教材の活用が広がっていますが、家庭学習においてデジタル教材がどのような効果をもたらすのか、体系的な知見が少ないのが現状です。アメリカではいかがでしょうか。

アメリカでも家庭学習についての論文は少ないため、今回我々はホームスクーリングに注目しました。ホームスクーリングとは、子どもたちが学校に通わず家庭で教育を受ける就学形態のことです。

全米50州で法的に認められ、アメリカの人口約3億人強のうち、200万人近くの子どもたちが家庭で教育を受けています。その数は毎年15〜20%増えています(論文2)

そうした学習者はホームスクーラーと呼ばれ、彼らは社会で必要とされているスキルや知識、態度などを、従来型の学校教育とほぼ同じ割合で修得できるということが研究から明らかになっています(論文3)

Q. 家庭での学びによって、学校と同等の教育効果を身につけることができるのであれば、学びに向かう力など、参考にできる点も多いのではないかと思います。また、ホームスクーリングは学校の時間割のように学習内容が決められていないので、個人の能力を伸ばせるという視点からも、興味深い点が多いですね。ただ、家庭内での学習だけでは学習者が孤立してしまったり、社会性が身につかなかったりするのではという懸念もありますが、いかがでしょうか。

アメリカの論文でも、子ども同士や教師と子どもの相互作用が不十分というデメリットもあると発表されています(論文3)。ただ、インターネットやSNSの普及によって、ホームスクーラーは同じように自宅で学習している学習者や支援者と簡単につながれるようになっています。

また、子どもを指導する保護者をサポートするためのリソースも充実しています。デジタル化の進展により、ホームスクーリングのデメリットはある程度補完されていくのではないでしょうか。

Q. ホームスクーリングで身につくとされるスキルは、基礎的な知識の修得に留まるのでしょうか。

日本の家庭学習においてデジタル教材を利用する場面というと、ベネッセの「ポケットチャレンジ」に代表されるように、漢字や計算など基本的な知識を身につけさせるものが多いと思いますが、今回の先端論文研究からデジタル教材は、子どもの創造性を促すことも明らかになりました。

2012年にアメリカの研究者によって行われた調査によると、コンピュータを用いて芸術作品をつくるデジタルアートの授業では、紙などと異なり修正が何度もできるため、子どもたちは、個性的な表現に次々と挑戦することができたそうです(論文4)

Q. デジタル教材は、リアルな音や映像を伝えられるメリットを持っていますから、基礎知識の修得を目的にしたドリル型学習だけではない活用の可能性がありそうですが、デジタル教材を導入しやすい教科とそうでない教科はあるのでしょうか。

パソコンやタブレット端末での研究ではないのですが、ビデオゲームは、言語学習、歴史教育などと組み合わせることで良い効果がもたらされるということが明らかになっています(論文5)。どの教科のどの単元で使用するとより効果的なのか、開発の指針を示す研究が待たれます。

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自ら学びに向かう力を養うには

Q.  先ほど山内先生が挙げた「ポケットチャレンジ」には、家庭学習に取り組む時間を知らせるアラーム機能があり、学習習慣を身につけさせる機能も持っています。今回の文献調査では、新課程学習指導要領でも重視されている「自ら学び自ら考える力」を養うためのヒントを探るため、自己調整学習(※)も検索ワードに加えました。論文から得られた示唆はありましたか。

一例ですがマレーシアの中学校で、IELCディスカッションプラットフォームとよばれるインターネット上の掲示板のようなものを利用することが、自己調整学習の訓練に有効であることがわかりました(論文6)。ただ、気をつけたいのがデジタル教育を用いた学びは、主体的な学びを促進しますが、デメリットもあります。

例えば、インターネットは調べる学習には有効ですが、生徒が勉強以外のサイトにすぐに接続できてしまい、気がついてみたら遊んでしまっていたということもあるでしょう。自らの学びをコントロールできるよう、自己調整学習の促進を目的としたデジタル学習について研究開発を行う必要があると思います。

※ 自己調整学習:身の回りにあるたくさんの情報や学習手段の中から、自分の学習を自分でデザインし、コントロールしていく学習形式のこと。

Q.  挙げていただいた論文は、中学生の事例ということですが、より自ら学ぶ姿勢が重視される高校生や大学生にも活用できそうな事例ですね。

家庭学習の事例ではありませんが、アメリカの大学では、各州から多様なバックグラウンドを持った学生が入学してくるため、大学での学びに必要な力を養うためにラーニングセンターを設置しています。入学者は、そこでレポートの取り方、資料の収集方法など、基礎的な学習方法について学びます。

こうしたラーニングセンターの機能はパッケージ化されており、今後デジタル化されていくのではないでしょうか。低コストで合理的な支援ができると考えられます。

日本の大学でも、初年次教育に力を入れているところが増えてきました。中学校や高校でも、学習効果を高めるための意識的な工夫として教科指導に取り入れられていくと思います。

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高校生・大学生:デジタル化の進展が家庭学習を変える

Q.  次に高校生の家庭学習を考えていく際に、デジタル学習の可能性はどこにあるのでしょうか。

前回のインタビューでもご説明しましたが、反転授業が日本でも広がっていくのではないでしょうか。

反転授業とは、講義の内容を10分から15分の映像にまとめて自宅や講義の空き時間にパソコンやタブレット端末で視聴できるようにし、授業では学んだことをもとに発展的な学習をするというものです。

アメリカで反転授業が普及していった理由の一つとして、財政不足の公立校の成績下位層者の教育支援を行うために広まっていったという背景がありました。それが現在は、成績下位層だけでなく成績上位層を伸ばす手立てとしても注目されています。

基礎的な学習は宿題で取り組むため、授業は対話中心になり、成績の良い子が下位層をフォローすることもでき、相互作用も生まれてくるからです。

Q.  反転授業で利用されているのは、「カーン・アカデミー」のようなオンライン授業です。アメリカでは、近年こうした大規模公開オンライン授業、例えばMOOCs(Massive Open Online Courses)として、例えばedXCourseraなどの動きが広まっています。高等教育にも広まっていくのでしょうか。

MOOCsの中には、授業を倍速で視聴できる機能を持つものがあり、MITの学生がMOOCs方式の授業を倍速で視聴した場合、授業の理解度は落ちなかったとMITの研究で明らかになっています。つまり、オンライン授業を倍速で視聴すれば授業時間が短縮され、学習者はより多くのことを学ぶことができます。

これは極端な例かもしれませんが、デジタル教材を活用することが、学習時間の再構成につながるのは間違いありません。日本でも、授業と家庭学習をどのように接続していくのか、見直す時期がきているのではないでしょうか。

Q.  今回、発達段階別に文献研究から見えてきたデジタル家庭学習の可能性をおうかがいしました。ただ、まだ課題になっている部分も多く、我々も研究を進めていく必要がありますね。

はい、そうですね。1995年から2005年までの10年でインターネットは全世界に普及し、どのように教育に活用できるのかの研究が盛んに行われてきました。そして2010年にiPadが発売され、今、また教育環境を大きく変えようとしており、世界各国でタブレット端末の研究が進められています。

私たちは今後も学習者にとって有益な学習環境を提案できるよう、デジタル教材の可能性を追究していきたいと思います。[END]

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参考論文
論文1 Preschool children's learning with technology at home.
Plowman, L., Stevenson, O., Stephen, C., and McPake, J.
2012, UK
Computers Education, 59: 30-37
論文2 Home schooling in the United States: trends and characteristics.
Bauman, J. K.
2001, U.S.
Population Division, Working paper series No.53
論文3 The future of home schooling.
Farris, P. M., and Woodruff, A. S.
2000, U.S.
Peabody Journal of Education, 75(1 & 2): 233-255
論文4 Fostering creativity and innovation through technology.
Vaidyanathan, S.
2012, U.S.
Learning & Leading with Technology.
論文5 Our princess is in another castle: a review of trends in serious gaming for education.
Young, F. M., Slota, S., Cutter, B. A., Jalette, G., Mullin, G., Lai, B., Simeoni, Z., tran, M., and Yukhymenko, M.
2012, U.S.
Review of Educational Research, 82(1): 61-89
論文6 Qualitative findings of students' perception on practice of self-regulated strategies in online community discussion.
Vighnarajah, Su Luan Wong, and Kamariah Abu Bakar
2009, Malaysia
ComputersEducation, 53: 94-103

2013年3月19日 掲載

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