第9回【座談会】
    家庭学習におけるデジタル教材の可能性part2(中学校編)

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新学習指導要領では、知識技能の習得だけでなく、それらを「活用」した思考力や判断力、表現力の育成を重視している。このような「自ら学び自ら考える力」を養うために、学校だけでなく、家庭でのデジタル教材の活用が期待されている。前回に引き続き、その可能性と課題について話を聞いた。

参加者

大江 秀和 先生   東京都荒川区立原中学校、技術科担当

前田 光男 先生   練馬区教育委員会

永浜 裕之 先生   東京都渋谷区立広尾中学校校長

新井 健一   ベネッセ教育総合研究所理事長

※肩書きは座談会を実施した2013年8月現在のものです。

「わかる」という成功体験を積んでほしい

 更に、デジタル教材を活用した家庭学習の可能性についてお話を伺いたいと思います。  まず、生徒の家庭学習の状況についてですが、弊社が実施した調査では、「学校からの宿題が増えている」と感じている生徒が多く、先生方への調査でも同様の結果が出ています。学校での指導が手厚くなっている状況について、先生方はどのようにお感じでしょうか。

大江秀和先生

大江:教師から言われなければ、自分から進んで家庭学習に取り組む生徒は年々少なくなってきていると感じています。そのため、家庭学習のきっかけとなるように復習中心の宿題を各教科で増やしています。

永浜裕之先生

永浜:私の中学校では、宿題は増やしていません。むしろ長期休業の課題は、受験を控える中3生の保護者から「受験勉強に専念させてほしい」という要望もあり、かなり量を減らしました。ただ、自学自習の力をつけさせたいという思いは同じです。宿題には、授業の復習に加え、生徒の好奇心をくすぐるような課題を含めるように教師に伝えています。

前田光男先生

前田:新1年生の保護者向けの学校説明会を行うと、どの中学校でも宿題に関する質問が出ます。加えて「学校ではどのようなテスト対策をしてくれるのか」といった質問もあります。保護者が生徒の学習を手助けできないという実情があるのでしょう。

また、保護者自身が、学校以外に塾などによる受験指導を経験している世代であり、自ら学びに向う力をつけることよりも、目の前にあるゴールつまり、志望校に合格できる力の育成に関心を持っていると感じています。そうした保護者の期待に応える形で、宿題やテストに向けた補習が中学校で増えているのでしょう。

ただ、宿題や補習が増えているのは、一人でも多くの生徒に「わかる」という実感を持ってもらい、学習のモチベーションを高めてほしいという教師側の願いも込められていると思います。

大江:私の勤務する中学校でも「テスト対策用のまとめプリントがほしい」という声は、近年、生徒からよく聞かれます。テスト範囲は授業で習ったものばかりですから、復習をすれば解けるはずなのですが、生徒は自分でどうすればよいか考えずに、安易に助けを求めている気がします。これは、ゲームなどの影響があるのかもしれません。最近のゲームは、初心者をゲームから離脱させない工夫が充実しています。また、どんどん便利になる社会の中では、自ら工夫するという経験が、日常生活の中でも少なくなっているのではないでしょうか。

永浜:人は目標や自立する意志を持ったときに、自ら学びに向かう力が育まれていきます。近年、生徒たちの中には「頑張ったり、テストで良い点をとったりしなくても、誰かが面倒を見てくれるから生きていける」という努力を放棄しているような者もおり、その力が弱まっていると感じます。高校に進学したら、さらに自学自習の姿勢が求められますし、その姿勢が身についていないと授業についていけません。自ら学びに向かう力を、中学校の段階でいかに身につけさせるかが、大きな課題です。

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デジタル教材の活用のカギは「学び合い」

 先生方のお話からも、いかに生徒を学びに向かわせるかということが課題になっていることがうかがえました。その課題を解決する一つの手段として、デジタル教材が挙げられると思いますが、リアルタイムで全国の仲間と競い合いながら学習できたり、自分の学習履歴を可視化できたりするものもあるようです。

永浜:全国の仲間と対戦できるというのは面白いサービスだと思います。特に学力下位層の生徒は、クラスでの順位が固定化しがちなため、学習意欲を高めにくいという課題があります。そうした子どもたちでも、様々なレベルの生徒たちと競い合う環境がつくれるというのは、デジタルならではの魅力ではないでしょうか。

前田:学力下位層の生徒たちのやる気の向上にデジタル教材は有効だと思いますが、さらに一工夫が必要だと思います。下位層の生徒たちはいくらデジタル教材を使っても、一人で勉強していては、分からないことがあればすぐに行き詰まってしまうからです。そうした生徒の意欲を高めるためには、学び合いの要素を入れると良いのではないでしょうか。例えば、ある問題につまずいてしまった生徒がいたら、オンライン上で友だちに質問ができるシステムをつくるのはどうでしょうか。勉強を教えてあげた生徒には特別なポイントをつけるなど、他者との相互作用によって自らの学びをさらに進めることができれば、特定の層の生徒ばかりでなく、様々な層も伸ばすことにつながると思います。

学習履歴も自分自身が確認できるだけでなく、友だちにも公表できるなど、自慢できる場所があれば、生徒の競争心に火をつけられるでしょう。

大江:生徒の学習履歴を、保護者や教師も簡単に確認できるようになれば、指導する上で生徒の意欲を高めさせる材料になると思います。私の学校では、家庭内でコミュニケーションが減っていることが大きな課題です。例えば、生徒の様子や学習履歴が毎日、パソコンや携帯電話・スマートフォンに送られてきたら、保護者と生徒の会話の糸口になるのではないでしょうか。

 次に、デジタル教材のメリットとして、インターネットを利用すれば、場所や時間の制約なく手厚い個別指導が可能になるということが挙げられます。例えば、海外に住んでいる教師による英会話の授業を、生徒が自宅で受けることも可能です。こうしたシステムを利用することで、どのような学習支援になるとお考えになりますか。

前田:すぐにでも実施したいのは院内学校です。勉強したくても学校に行けない病気の子どもたちのために、ぜひこうしたシステムを導入してほしいと思います。実際に韓国では、「レインボースクール」と呼ばれる、病院内でインターネットによる個別指導が受けられるシステムが導入されています。

永浜:通信制高校ではすでにこのようなシステムが導入されています。ただ、生徒に継続させるためには、教師と生徒の間に信頼関係を築くことが大切ではないでしょうか。画面の中だけでのコミュニケーションではなく、直接会うことも必要だと思います。

前田:指導する側には、指導力のある教師が求められるのはもちろんですが、加えてメンター的な存在であることも重要だと思います。具体的には、生徒と歳の近いお兄さん・お姉さん的な教師が勉強を親身になって教えてくれると、生徒たちの意欲は高まるのではないでしょうか。

大江:今の生徒たちはコミュニケーションが苦手で、家族や友だちにも本音を話せない子もいます。勉強以外の相談も気軽にできる相手が求められていると思います。

 今後、技術革新がさらに進み、生徒の学びがフルデジタル化されることも考えられます。その際の課題についてお聞きしたいと思います。

大江:荒川区では、2014年度に区内の全小中学生にタブレット端末を1人1台ずつ配付することを発表しました。そのため2013年度から、Windows8のタブレット端末を試験的に小学校3校・中学校1校に導入し、運用方法を検証しています。この端末では、一人ひとりの習熟度に合わせたドリルを表示することができ、授業でも個別指導が可能になります。私個人としては、タブレット端末でも鉛筆のような書き味が得られたら、さらに学習効果が期待できると感じました。

また、フルデジタル化が進めば、教師の業務効率も上がるのではないかと期待しています。生徒の成績などのデータを一元管理でき、必要なときに取り出すことができれば、教師の事務作業は軽減し、教材研究などに専念できるでしょう。ただ、個人情報保護の観点から、まだ超えなければいけないハードルも多いのが現状です。

前田:紙を使った学習でも、フルデジタルの学習でも重要なのは、いかに学んだ内容を定着させるかということです。紙での学習の場合は、何度も書くことで知識を定着させてきました。技術革新の可能性があるにせよ、デジタルの場合は、「文字を書くこと」に代わる新たな定着の方法を模索する必要があるでしょう。例えば、自分が間違った問題が、忘れたころに違った形で出題されるというのも一つのアイデアだと思います。また、授業については紙に書くことを前提とせず、生徒同士に徹底的に話しをさせるディスカッション形式で展開するのも良いかもしれません。学習効果を最大限に高めるためには、紙をデジタルに置き換えるだけでなく、指導や学習方法のあり方を根本から変えなければならないと考えています。

新井健一

新井:人が何かを学ぶときには、手を使って文字を書くなど身体性を伴うことが重要だと考えられてきました。しかし、歴史をさかのぼれば、文字を持たない時代には、人から人へ情報を口で伝達し、文化を形づくってきたのです。本日、先生方のお話を伺い、学びの原点に立ち戻れば、デジタル教材の可能性はさらに広がっていくのではないかと感じました。その中で、私たちが提供できる価値はどこにあるのか、今後も模索していきたいと思っております。本日はありがとうございました。

2013年10月25日 掲載

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