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対談:安西祐一郎氏に聞く「日本の教育課題と展望2013」全3回連載

【第1回】社会が求める人材育成と高等教育の使命 [2/4]

新井  そうですね。PISA(OECDが実施する「生徒の学習到達度調査」)の成績を見ても、世界のベスト10に入っている国の中で1億人以上の人口規模があって、あれだけの好成績を維持してきた国は日本だけではないでしょうか。

PISA順位

図1 PISA順位の推移

安西  PISAの評価は誇りにすべきです。もちろん点数さえ良ければいいわけではありませんが、ある側面を言い当てているのではないでしょうか。日本の子どもたちの知力は世界の中でも相当高いレベルだと思います。

新井  日本も義務教育までは何とか頑張っているかもしれません。最近海外へ行って帰ってきた学生から、様々な領域でのオペレーションのすごさ、町がきれいで安全なことなど、日本の良さにあらためて気付くと聞きました。そういう日本の良さは、教育が支えているところは大きいのだろうと思います。

安西  それはありますね。水道の水がどこでも飲める国も多くはありませんね。世界の中では清潔だし、治安も良い国です。私が若い人にさまざまな海外体験をしてもらいたいと心から思う理由の1つは、日本という国を"初めて"実感することができることにあります。それはとても大きなことです。

新井  グローバルというと、「日本の外、海外」のようなイメージがあります。しかし日本には世界に誇れる良さも、世界の先駆けとなる課題もありますので、むしろ「日本を含めた世界がボーダーレスな状態になっている」と考える方がいいのかもしれません。さて、そのようなグローバル社会の中で求められる資質や能力を日本では「生きる力」と言っていますが、これから求められる力をどのようにお考えでしょうか。

安西  第一に人の心の痛みを感じる力です。第二に臨機応変力、状況が変わったときに適切に対応できる力です。第三にイマジネーションという意味での想像力です。第四に並行処理力です。並行処理力というのは、1つのことだけでなく、いくつかのことを並行してできる力のことです。そして五つ目の力が目標に向けて一貫している力、人に頼らない力、人に言われても鵜呑みにしない力です。これらの力をまとめて言えば、「知情意」の総合力です。大学受験で燃え尽きてしまう人は、「知情意」の「知」、しかもその一部だけ。「知」のなかの「知恵」の力が欠落している人が多い。逆に「知」が少々足りなくても、「情」と「意」を総合的に持っている人は長い目で見て強さを発揮します。

人の心の痛みを感じる力は「情」の力。また、想像力は「知」の力です。過去、現在、未来、自分の出会ったことがない、直接経験していないことをしっかり合理的に考えることができる力です。何となく夢みたいなことを思い浮かべるという意味ではありません。

新井  「ソウゾウ」は2つありますが、クリエティビティの「創造力」は、イマジネーションの「想像力」がないと生まれないので、「想像力」はとても重要だと、私も思います。 先ほど出た並行処理力というのは面白いですね。

安西  それには異論があるかもしれません。つまり、いろいろなことに中途半端に手をつける人、というイメージになるからです。しかし、ムラではなく複雑なマチで暮らす場合は同時にいろいろなことをするのが普通で、それを出来ることが大きな意味を持ちます。臨機応変力と似ていますね。

編集部  知情意の「意」は、どのようなことですか。

安西  「意」は、目標を見つけ、形にし、持続させることです。意思の意ですね。一時的な思いつきではなく、夢を具体的な目標にし、その目標を実現するためには、先ほど挙げた一貫性の力も含む「意」が必要です。困難なことに飛びこむ勇気も「意」の一部です。もちろん、冷静な判断のない蛮勇をふるうだけでは「意」になりません。また、批判的思考力は「知」の1つに思えますが、批判的に思考できるということは自分に軸があるということです。つまり、批判的思考力は知情意の「意」の領域にも属します。

新井  求められる力を考えると、知情意が育成されているかどうかが課題になりますね。

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