教育フォーサイト

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日本の未来の学びに大切なことは何か。
様々な立場から教育の第一線で活躍する6人が一堂に会し、現在感じている課題や、未来の学びに対する思いを語り合いました。その「未来の学びを考える会議」レポートの第2回。
テクノロジーを活用して教育にイノベーションを起こそうとする社会起業家の佐藤昌宏氏が未来の学びを展望します。

 教育のイノベーションを目指すEdTech

佐藤昌宏氏

デジタルハリウッド大学大学院教授
一般社団法人教育イノベーション協議会代表理事
株式会社グローナビ代表取締役
佐藤昌宏氏

日本電信電話株式会社(NTT)入社。マーケティング、経営企画業務に従事。1999年、無料ISPライブドアの立上げに参画。2002年、デジタルハリウッド経営企画執行役員に就任。2005年、株式会社グローナビを設立し、人材育成に関するコンサルティング事業、e-ラーニングシステムの開発、セミナー・交流会ポータルサイトの運営を行う。2009年、デジタルハリウッド大学大学院事務局長を経て、現在は専任教授。教育再生実行会議技術革新ワーキング・グループ有識者、経済産業省「『未来の教室』とEdTech研究会」座長代理等も務める。

私は、2009年から、デジタルハリウッド大学大学院で、テクノロジーを活用した教育のイノベーション、EdTechについて教えています。テクノロジーには、先端技術はもちろん、汎用的な技術もあり、対象となる教育は、公教育だけでなく、企業研修やリカレント教育、個人の学びなど、すべての学びが含まれます。

金融業界ではFinTech、農業ではAgriTech、医療ではHealthTechと言われるように、様々な業界がテクノロジーによって変革している現在、EdTechは特別なことではありません。教育においても、これまでの構造や仕組みを再定義し、新たな枠組みやルールを築くイノベーションを起こすべきだと考えています。

イノベーションであるからには、テクノロジーを活用することで人々に行動変容を起こそうとしているわけで、どのような変容なのか、4つのステップで説明します。

ステップ1は、無意識で無能力、つまり意識もなく何もできない状態、ステップ2は、気づきはあるけれども、できない状態、ステップ3は、気づいてもいるし、できる状態、ステップ4は、意識せずとも自然にできる状態です。

ステップ1の状態から、ステップ2の気づきを引き出すためには、エンターテインメント性のあるセミナーや雑誌、インターネットが有効です。例えば、インターネットで好きなサイトや動画をあれこれ見ているうちに、自分が何に関心があるのか気づくことがあります。それは、テレビや映画よりも、気軽に大量に見られるインターネットだからこそ得られる気づきでしょう。

ただ、関心のあることを探究し、新たなものを創造する、つまり、ステップ2からステップ3への変容を起こすためには、練習や反復作業が必要になります。そのためには、編集された知識が得られる授業や教科書、インターネットであれば再生リストなど、情報を選んで集めて整理するキュレーションが必要です。

例えば、学校の価値の一つには、ディプロマ・ポリシー(卒業認定・学位授与に関する方針)を定め、そこへの到達のために組まれたカリキュラムを履修した人に証明書を出すことが挙げられます。つまり、学校が用意したカリキュラムから履修科目を選ぶこと自体がキュレーションに基づく学びです。

さらに言うと、YouTubeは単発の動画ですが、MOOC(Massive Open Online Course)はキュレーションにあたります。最近では、YouTubeで学ぶための再生リストを作成し、学習コンテンツをキュレーションしている人もいます。


 個別最適化の鍵となるスタディーログとは

それでは、EdTechが進むと何が起きるのか。経済産業省「『未来の教室』とEdTech研究会」が発表した第2次提言では、学びの個別最適化とSTEAM化が起こると示しました。今回、特にお伝えしたいのは、個別最適化についてです。

教育が個別最適化されると、「学び」へと変わります。「教育」の主語は教える側ですが、「学び」の主語は学習者です。これまで、学びを手に入れるためには「学校」に行き、「教員」から教えを得なければなりませんでした。しかし、今やインターネットに接続されたパソコンが1台あれば、自分で調べて、知識を得ることができます。テクノロジーによって、学習者が自分に合うように自由に学べる、個別最適化が図れるのです。

学習者一人ひとりに最適な学習機会を提供するためには、スタディーログの活用が鍵になると考えています。例えば、学習者がパブリッククラウドの中に自分のログを蓄積していけば、学びの場である家庭・学校・塾が一つにつながります。そのログの蓄積から、塾が学校で学習した範囲とその成果を把握できると、学習者は塾で自身の学習状況に合った内容を学べるようになるのです。

スタディーログには、4つの効果があります。

1つめは、学習者のリフレクションです。これは、アクティブラーナーとなるために、最も重要な要素です。あらゆる学習履歴をデジタル化して分析し、得意や苦手が可視化されることによって、自分が何に向いているかというリフレクションにつながります。

2つめは、学習者に最適な学習環境が手に入ること、3つめは、学校のFD(Faculty Development)活動や教員の指導改善に活用できること、4つめは、学習者個々に学習計画を立てられることです。

スタディーログに蓄積されるデータは、粒度の粗いものはテストの解答などがあり、粒度が細かいものはメールやSNS、掲示板などが挙げられます。機器の進化によって、教材へのアクセス履歴、映像、音声、位置情報、さらには身体的なデータまでも蓄積できるでしょう。それらは、ラーニングアナリティクスの世界的な学会で議論されている内容です。


 国内外で注目される学びの個別最適化

今注目されている東京都千代田区立麹町中学校では、宿題と定期考査を廃止しました。一律に課される宿題は、その内容を既に習得した子どもにとっては必要がなく、個々に必要な学びをできるようにするためです。定期考査も取りやめましたが、単元テストをこまめに行い、また、同じテストを複数回行い、得点が高い結果で評価するという方法を採っています。

今後、それらのスタディーログを蓄積し、日々の学習状況を把握できるようになれば、さらに個別最適化が実現するでしょう。

もう一つの例では、今やスタンフォード大学やハーバード大学より入学が難しいと言われている、アメリカのミネルバ大学が挙げられます。キャンパスを持たず、すべての授業がオンラインで行われ、学生は世界7か国にある寮で共同生活をしながら学びます。例えば、インドのガンジス川の船の上で環境問題を学び、オンラインでディスカッションしています。

授業がオンラインで行われるため、すべてがログ化され、発話の量や質までも解析することによって、その学生に合った学びの情報が提示されます。ユニークなのは、そのログに基づいて、人が上手に介在し、支援していることです。そのように、場所を問わずに学べるという仕組みは、現実解の一つではないでしょうか。


 社会が変わるからこそ教育にも変化を

これまでは、一斉授業を主とした教育制度を最適解とし、特に小学校・中学校では、出席さえしていれば進級・卒業ができる履修主義としていました。しかし、学習者一人ひとりの個性や特徴、興味・関心は様々にあり、学習の到達目標も異なります。また、学習者によって、学びのスピードも違います。その異なる個に応じた学びとするのが、本来の教育ではないでしょうか。

イノベーションによって、教育の制度や仕組みがどう変わるのか。社会環境や未来が大きく変わると予測されているにもかかわらず、既成概念や成功体験から抜けられず、制度や仕組みがこれまでと同じであることは大きな問題です。

5年後にはスタディーログの活用を本格スタートできると思いますが、そこに至るまでには、技術の標準化、個人情報などのルールの標準化、そして、人々の既成概念が変わることが必須条件です。テクノロジーを一つの手段として、未来の学びをつくりたいという希望が、私がイノベーションを起こそうと行動し続ける最も大きな原動力です。



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