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大学授業レポート~新たな学びのスタイル~

【新設予定学部インタビュー】
世界初! ウェルビーイング学部を新設
ウェルビーイングを学際的に学び、社会に幸せを創り出す人材を育てる

武蔵野大学 ウェルビーイング学部(設置構想中。2024年4月開設予定)

2024年4月、世界初となる「ウェルビーイング学部」が、武蔵野大学に開設される(設置構想中)。「しあわせ実践家=ウェルビーイングデザイナー」の育成を目指し、ウェルビーイングを心理学や社会学、仏教学、哲学などから捉えてウェルビーイングを高める方法を学ぶと同時に、様々なフィールドで社会にウェルビーイングを創り出す実習を行うなど、座学と実践のバランスがとれたカリキュラムとする予定だ。新たな学部の構想や想いについて、学部長就任予定の前野隆司教授(慶應義塾大学)に話をうかがった。

お話を聞いた方

前野隆司
  • 前野隆司
    武蔵野大学ウェルビーイング学部長(就任予定)
    武蔵野大学客員教授、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授

1984年東京工業大学卒業、1986年同大学大学院修士課程修了。 キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、 ハーバード大学訪問教授などを経て、 慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長。2024年4月武蔵野大学ウェルビーイング学部長就任予定。ウェルビーイング学会会長。博士(工学)。著書に、『ウェルビーイング』(共著、日経BP、2022年)、『幸せな職場の経営学』(小学館、2019年)、『幸せのメカニズム』(講談社、2013年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書房、2004年)など多数。

【ウェルビーイング学部(設置構想中)の概要】(予定)
名称 ウェルビーイング学部ウェルビーイング学科
定員 入学定員80人、2年次編入学定員10人、収容定員350人
授与する学位 学士(ウェルビーイング)
専任教員 16人
設置場所 武蔵野大学 武蔵野キャンパス

「世界の幸せをカタチにする。」大学として、幸せを追究する学部を設置

―前野教授は、ウェルビーイング研究の第一人者です。そもそも、ウェルビーイングとは何か教えてください。

前野 「ウェルビーイング」という言葉が初めて登場したのは、1946年に署名された世界保健機関(WHO)の憲章です。そこでは、「身体的、精神的、社会的にウェルビーイングな状態が、広義の健康である」と定義されました。私は、このウェルビーイングを「良好な状態」と訳しています。体(狭義の健康)、心(幸せ、幸福)、社会(福祉)の「良好な状態」こそが、広い意味での健康といえるのです(図1)。日本では、ウェルビーイングを「幸せ」「幸福」と翻訳される場合もよく見られます。

図1 ウェルビーイングの概念

―武蔵野大学がブランドステートメントとして宣言している「世界の幸せをカタチにする。」は、ウェルビーイングにまさに合致するのではないかと思います。ウェルビーイング学部は、貴学にとって、待望の学部開設ではないでしょうか。

前野 武蔵野大学と、私が現在所属する慶應義塾大学は、5年ほど前から共同でウェルビーイングに関するシンポジウムを開催し、それを通じて西本照真学長と私は交流を重ねてきました。西本学長は「幸せ学部」をつくりたいと言われていて、私もウェルビーイングを教育する場が必要だと考えていました。2024年に創立100周年を迎える武蔵野大学にとって、本学部を開設する機が熟したといえます。

人間も生物も、生まれてきたからには幸せに生きる権利があると考えます。本来であればすべての人がウェルビーイングの知識・技能を持っているべきであり、どの学問にあってもベースになるのがウェルビーイングだと考えています。

2023年6月に閣議決定された「教育振興基本計画」には、今後の教育政策に関する基本的な方針の1つとして、「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」が掲げられ、「個人と社会のウェルビーイングの実現を目指すことが重要」と示されました。ウェルビーイングは、教育面でも注目されています。

 

利他的で、視野の広い、ウェルビーイングな人が社会を変えていく

―ウェルビーイングの教育がなぜ必要なのでしょうか。

前野 どのような状態がウェルビーイングといえるのかは、先ほど説明したとおり定義されています。加えて、どのような状態であると「幸せ」と感じるかは、アンケートと統計学に基づく心理学的研究で明らかにされています。幸せな人は利他的で、視野が広く、創造性が高い、などといったことです(図2)。それらを実践すればウェルビーイングに近づくといえますが、世の中には様々な学問があるにもかかわらず、ウェルビーイングについて学ぶ機会がないことに、研究する中で課題感を持ちました。

図2 ウェルビーイングの研究でわかった幸せな人の状態

そこで、現在所属する慶應義塾大学や私が設立した団体で、小規模ですが、学生や社会人を対象としたウェルビーイングについて学ぶ場を設けています。そこで学ぶ人たちの姿を見ると、一人ひとりがウェルビーイングの知識・技能を持つことが、社会のウェルビーイングが高まることにつながるという手応えを感じています。そうしたことも踏まえて、小学校や中学校、高校、大学と、ウェルビーイングの教育を学校教育に広めることが必要だと考えるようになりました。

―幸せになるのに、幸せについて知っておくことは重要ですね。

前野 産業革命以降、経済的に成長することこそが重要だという価値観が主流になりました。人間はよかれと思って産業を発展させてきましたが、その結果、自然環境が破壊され、地球温暖化につながったり、経済や地位の格差が生まれ、戦争やテロが引き起こされたりするなどの問題が生じました。今、それらの問題を解決するために、経済成長重視の社会から、持続可能な社会へと変わろうと、世界は少しずつ動いています。この世界に生きているすべての生き物がウェルビーイングになることを目指しているわけです。

利己的な人は目立ちますし、自分のことばかり考えるので出世しやすいといった側面があるかもしれません。そうではなく、利他的で、誰かの幸せを考える人がリーダーになる時代に変えていかないと、地球全体が危ういのではないでしょうか。企業や自治体などにおいても、ウェルビーイングを学問的に学び、その知識・技能を発揮しながら、商品開発や地域づくりなどを行うことが求められるようになるといえるでしょう。

 

科学と哲学の両面からウェルビーイングにアプローチ

―ウェルビーイング学部では、「人々と世界のウェルビーイングをデザインし、創造する」を標榜されています。その目標を具体化するために、カリキュラムにはどのような特色がありますか。

前野 1年次は、全学共通科目(武蔵野INITIAL[イニシアル])を履修しながら、ウェルビーイングを学際的に捉えて基礎を学び、2年次からは本格的に自分や社会にとってのウェルビーイングを探究していきます。ウェルビーイングの要件は科学的に解明されているとお話ししましたが、一方で、哲学でも「幸せとは何か」を説いています。武蔵野大学は仏教の根本精神に基づいて建学されているので、ウェルビーイングに科学と仏教哲学からアプローチし、両方の視点を持ってウェルビーイングを考えられるよう科目を設置します。
3年次には、ウェルビーイングの探究を深めつつ、ウェルビーイングの創造に向けて、新しいものをつくるために必要なロジカル思考やシステム思考を身につけ、イノベーションを生み出す方法などを学びます。そして、4年次では、学生が自分でテーマを決めて、ウェルビーイングをつくるという実践を、地域や企業、自然などを舞台に行います(図3)。

図3 ウェルビーイング学部のカリキュラムの概要

―1年次からゼミナールが設置されていますが、これはどういった内容になりますか。

前野 ウェルビーイング学部の4年間の学びを俯瞰してとらえられるような内容を予定しています。加えて、学生自身がウェルビーイングに学べるよう、学生同士で助け合ったり、教員が支援したりする、クラスのような場にしたいと考えています。

 

世界、日本、企業、自然が、学びのフィールド

―実習科目も数多く設けられていますね。

前野 2〜4年次の2学期(6月下旬~7月)には座学の科目は設置せず、実習科目のみとして学外で学ぶカリキュラムにしています。2・3年次は、20人ずつのグループに分かれて、全国各地の実習先を訪れます。2年次は自然が豊かな地域に滞在して、自然や農業の体験をし、3年次は企業や福祉施設などを訪れ、企業活動や社会活動におけるウェルビーイングを追究します。

そして、4年次は、学生それぞれの卒業論文のテーマに応じて訪問先を選び、幸せな世界をデザインするための実践を学びます。4年次には、国内だけでなく、スウェーデンやフランス、フィジーなどへ行く海外インターンシップも行う予定です。

―2学期に学校外で様々な実践をすることで、3・4学期(注.武蔵野大学は4学期制)の学びが充実しそうですね。

前野 実習での学びを振り返り、3・4学期の座学にうまく結びつけられればと考えています。ウェルビーイング学部では、専任教員の半数が実務家教員となる予定です。実習先は、自治体や企業などと連携し、実務家教員はファシリテートやフォローに務めます。企業、日本、世界をキャンパスとして、体験的な知見とクリエイティブな実践力を培っていけるようにしています(図4)。

図4 実習先一覧。北海道から沖縄まで、全国各地の自治体や企業などとの連携に加え、海外での実習も予定している。

―自然や農業がカリキュラムに組み込まれているのは特徴的です。どのようなねらいがあるのでしょうか。

前野 自然との触れ合いは、人間を含む生物の根源的欲求であり、幸福感が増すというデータもあります。自然の一部であるという自覚は、ウェルビーイングに欠かせない要素なのです。また、自然と触れ合う中で、感性が磨かれていくことが期待できます。幸せは主観的なものですから、感性を磨くことも、ウェルビーイングの学びとして重視しています。科学や哲学は左脳を働かせて学び、自然に触れることで右脳を刺激して感性を磨いていきます。

これまでの学校教育では、認知能力の育成に重きが置かれていましたが、今は、学校教育における非認知能力の育成が重要視されています。授業ではグループ活動も積極的に取り入れる予定であり、感性やリーダーシップなどの非認知能力の育成に力を入れていきます。

みんなでウェルビーイングな世界を創り出す

―ウェルビーイングは、すべての学問のベースになるともいえますが、学内での連携などは展開されるのでしょうか。

前野 武蔵野大学で2019年度から相次いで開設されたデータサイエンス学部、アントレプレナーシップ学部、工学部サステナビリティ学科は、いずれも「よりよい社会を創る」という方向性が一致しており、活動や授業で連携していく予定です。もちろん、これら4学部・学科以外の学内の他学部・他学科、そして、国内外の大学との連携も図り、ウェルビーイング教育のネットワークを築いていきます。ここでウェルビーイング学部がコアになるという将来像を描いています。

また、今後の検討事項ですが、大学院を設置し、社会人の学び直しと研究者の育成を行うことも視野に入れています。武蔵野大学では、市民向けの公開講座も開講しているので、老若男女が集い、ウェルビーイングを学べる場を設けたいとも考えています。卒業生がアルムナイ(同窓生)として、大学教育や公開講座にかかわることも構想しています。

―オープンキャンパスなどで、学部説明を行っていると思います。高校生からどのような声が聞かれますか。

前野 ウェルビーイング学部は既存にない学部ですので、そこに可能性や夢を感じて「ぜひ入学したい」という声を何人もの高校生から聞いています。「社会を変えたい」という意欲のある高校生、従来の学部・学科では飽き足らない高校生にぜひ入学してほしいと思っています。

―最後に、学部設立への意気込みをお聞かせください。

前野 18世紀に産業革命が起こり、日本は明治維新を契機に、産業化の道を進みましたが、そのシステムが限界に来た今、令和維新を起こすという気概で、新学部を設立します。

特定の分野を追究する専門家も重要ですが、「幸せになる」という人間の基本中の基本を担う人材の育成が必要であり、ウェルビーイング学部はそれを担っていきます。ピュアに、若々しく、青臭く、「幸せを目指そう」と本気で言い続ける人を育てたいという想いがあります。
地域を幸せにしたい、自分の属しているコミュニティを幸せにしたいなどといった、自分のウェルビーイングと同時に、世界のウェルビーイングを創り出すという大きな志に溢れた若者を待っています。

取材日:2023年7月7日

 

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