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対談:遠山敦子氏に聞く   「挑戦のススメ」 [9/9]

 「よき市民をつくる」

新井 これからの教育はどのようになっていけばいいのでしょうか。この社会の中でどう生きるか、社会にどう貢献するのかという視点をもっと持ってもいいと思います。

遠山 私は学校教育というのは、よき市民をつくるということを念頭に置いてもらいたいと思います。よき市民というのは、自立する精神を持ったうえで、コミュニティの一員であり、国家の一員であり、それなりの役割をきちっと果たせる人のことです。だから、大人になったら選挙権を使う、納税する、そして世の中の役に立つということが普通に思えるような、そういう国民をつくっていくことが教育だと思うのです。

「よき市民をつくる」という考えは、イギリスがどんな道徳教育をやっているのかという調査をした際に出てきた「Citizenshipの教育」というものから着想しています。Citizenshipの教育は、特別な道徳教育をやっているわけではありません。彼らには社会全体として宗教を大事にするという意識が根底にあるので、よき市民たれという教育はやりやすいのだと思います。

日本人の多くは無宗教といっても、富士山を見れば手を合わせるし、さまざまなことを思って祈ったりもします。特定の宗教の色彩はないにしても、人間の力が及ばないものをあがめたり、大事にしたりという信条を本来持っているのです。そういう固有の国民性も良い社会をつくるために活かしていくべきです。

新井 最後に子どもたちへメッセージをお願いします。

遠山 子どもたちにはいろいろな機会をつかまえて、チャレンジしてほしいです。せっかくの人生ですから、失敗を恐れないでチャレンジせよ、ですね。それともう1つ、他人と比べて落ち込むことなく、自信を持ってやってください。

新井 本日はありがとうございました。

 

 編集後記

2015年の年頭にふさわしい対談となった。今年は次期学習指導要領の改訂(2016年度末予定)に向けた動きが一気に本格化する年になるからだ。

現在の学習指導要領は「脱・ゆとり」がキーワードだったが、その先鞭を付けたのが遠山さんだ。「ゆとり世代」という言葉を生むほど社会的影響が大きかった「ゆとり教育」の方向性を、大臣就任の直後に転換へと舵を切った剛腕や如何に。ところが実際にお会いしてお話しを伺ってみれば、印象に残るのは、優しい笑顔に優しい言葉、その根底にある強い意志の力と深いご見識だった。そうでなければ、10年をかけて改定される学習指導要領の方向性を短期間で変更するなどということは、いくら大臣でも不可能であったに違いない。そして、遠山さんのお話しを伺い改めて痛感したのは、大きな方向性を誤らないためのエビデンス(科学的根拠や実証データ等)と、大人たちの情熱の大切さだ。授業や家庭学習の在り方、教材選びから体験的学習まで、なぜその学びなのか、なぜその政策を展開するのかというエビデンスと、子どもの未来に思いを馳せ成長を願う情熱が教育には不可欠だということだ。

次期学習指導要領では、「育成すべき資質・能力」という「教科・科目」の概念を超えた能力観が示され、それらを踏まえた「教育目標・内容と評価」が設定される見通しだ。しかも、その領域は大学入試改革から始まる一連の高校教育改革、アクティブラーニングなど新しい学び方の導入、道徳の特別教科化、小学3年生から始まる英語活動や幼稚園の教育要領まで多岐にわたる。再び日本の教育の大きな転換点になることが予想されるので、家庭や学校をはじめとする教育現場では試行錯誤が続くかもしれない。しかし、それは未来を生きる子どもたちの新たな可能性や学ぶ喜びを勝ち得るため、私たち大人に課せられた挑戦でもある。かつて「学びのすすめ」を出された遠山さんが今また言われる、「挑戦のススメ」の意義は深い。

石坂貴明
ベネッセ教育総合研究所 ウェブサイト・BERD編集長  石坂 貴明

デベロッパーにおいて主に北米でリッツカールトンやフォーシーズンズとのホテル開発に従事。ベネッセコーポレーション移籍後は新規事業に多く関わる。ベネッセ初のIRT(項目応答理論)を使った語学検定試験である中国語コミュニケーション能力検定(TECC)開発責任者、社会人向け通信教育事業責任者等を経て、2008年から(財)地域活性化センターへ出向し移住・交流推進機構(JOIN)事務局および総務省「地域おこし協力隊」制度の立ち上げに参画。2013年より現職。グローバル人材のローカルな活躍、学びのデザインに関心。

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