「データで考える子どもの世界」

第3回【ベネッセ研究員より】
    大学1年生の転学・退学の意向とその処方箋

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プロフィール

樋口 健

樋口 健    ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室 主任研究員

ひぐち・たけし●民間シンクタンクにおいて、教育政策や労働政策、産業政策等のリサーチ・コンサルテーションに携わる。その後、ベネッセコーポレーションに移籍し、ベネッセ教育総合研究所において主に高等教育に関する調査研究を担当。関心事:我が国における「中等後教育の戦略」はどうあるべきか。調査研究その他活動:日本学生支援機構 有識者会議委員、研修事業委員会委員

【はじめに】

 いわゆる大学全入時代の到来は、大学生の学力や学習意欲の低下だけでなく、入学後の転学や退学など、不適応に端を発する中退問題をもたらしつつある。

 大学を辞めていく学生の中には、もちろん自分が目指す人生を切り開くための前向きな進路変更もあろう。しかし、入学した大学で過ごす意味が見出せず退学に至るケースも多いのではないか。いわば不適応により退学に至るケースである。学生を受け入れた大学としては、学生の不幸な転学・退学のリスクを抑制し、充実した大学生活へと彼らをいざなう責務もあろう。本稿ではこうした問題意識にたち、「第2回 大学生の学習・生活実態調査」から、特に「大学1年生」を対象にデータ分析を行った。

 まず「転学(他大学への入り直し)」や「退学(大学以外への進路変更)」の意向を持つ大学生の現況をいくつかの観点から概観し、その全体像を把握する。その上で、入学後の大学生の適応を促し、中退のリスクを抑制するための対応の方向性について検討する。なお本稿は、筆者が2013年6月2日に大学教育学会大会で報告した内容に基づくものである。

【1】転学や退学の意向を持つ大学1年生の概況(何が起こっているのか?)

1)「転学したい」と思ったことのある大学1年生は全体で4割。「退学」は2割弱

まず、転学や退学の意向を持つ大学1年生の全体の状況について見ておく。図1は転学、退学意向を持つ全体比率を示したデータである。「他の大学に入り直したい(転学意向と呼ぶ)」については、「よくある」と「たまにある」を合わせると39.3%と4割近くに達する。一方「大学を辞めて、大学以外の進路に変更したい(退学意向と呼ぶ)」については16.7%と2割近くに達している。今日、全体として、少なからぬ大学1年生が、転学や退学の意向を抱いた経験があることが分かる。

図1. 「転学」「退学」の意向を持つ大学1年生の比率

「転学」「退学」の意向を持つ大学1年生の比率

2) 全入化が進む中で、選抜性の低い大学ほど転学・退学のリスクをかかえている

では、こうした転学・退学の意向はどのような状況下で生じているのか。

図2は、入試形態別の状況を見たものだが、転学意向については、一般・センター入試による入学者が、退学意向については、推薦・AO入試による入学者の比率が高くなっている。さらに、図3は入学難易度別(偏差値別)に転学・退学の意向を見たものだが、転学意向、退学意向ともに入試難易度が低い層ほど、比率が高まっている。

全入化に伴う入試競争の緩和により、大学への進学意欲の低い学生や学ぶ意識の曖昧な学生の増加傾向があることは、本稿冒頭でも指摘した。また、しばしば指摘されるところでもある。ここで示したグラフは、こうした状況を事実として反映している。率直にいえば、入試における選抜性が低く、広く学生を受け入れる(特に私立大学)ほど中退者の発生リスクを抱えている状況を端的に推測し得るものといえる。

図2. 入試形態別にみた「転学」「退学」の意向(思う[よく+たまに]の比率)

入試形態別にみた「転学」「退学」の意向
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図3. 入試難易度別にみた「転学」「退学」の意向(思う[よく+たまに]の比率)

入試難易度別にみた「転学」「退学」の意向

注)大学の入試難易度は2011年第3回ベネッセ・駿台マーク模試の偏差値基準を使用

3) 大学を辞めたい理由
    −「転学」は不本意入学・入学大学への劣等感。
    −「退学」は、やりたいことが別にある。早く社会に出たい。

表1. 入学後の進路変更を考える理由(自由記述の整理)

入学後の進路変更を考える理由(自由記述の整理)

注)2つの項目別に、「よくある」と回答した人に対し、その理由をたずねたもの。

では、大学生はいかなる理由で、他大学への転学、または大学自体を辞めることを考えるのか。表1は、転学の理由、退学の理由を自由に記述してもらい、それらを整理したものである。これらは、1年生のみではなく全学年の記述であるが、転学、退学それぞれに特徴が現れている。

まず転学意向の理由としては、目指す第一志望の大学に入れなかった不本意感、第一志望が諦めきれないという悔しさが顕著である。この傾向は、統計データでみても明らかだ。

図4は、入学した大学の志望度別に見たものだ。転学意向については、入学した大学の志望順が強く関連していることが分かる。学力選抜の結果を反映しているもの推測される。

一方退学意向については、図4からは、大学志望順位との関係は全くみられない。その背景を自由記述(表1)より探ると、彼らのモチベーションは、必ずしも最初から大学への学びに向かっていなかった、という状況が読み取れる。むしろ大学で学ぶより、別にやりたいことがある。早期に社会的に自立したい就職したいといった記述が目立っている。また図表では示さないが、退学意向を持つ層は、大学選択の際の重視点として「興味のある学問分野があるか」の選択率が際立って低い。大学進学意識の低さ、曖昧さを示す象徴的な項目となっている。

図4. 大学志望度別にみた「転学」「退学」の意向(思う[よく+たまに]の比率)

大学志望度別にみた「転学」「退学」の意向

4) 入学後に生じる専門分野、授業への不適合が転学・退学意向への布石か

こうした、転学意向に見られる不本意入学、退学意向に見られる進学意識の曖昧さは、入学後の不適合へとつながっていく。図5は入学後の専攻が事前に希望していた学問分野と一致していたか否かについて見たものだ。この結果からは、転学意向、退学意向ともに、希望する分野と一致しておらず、興味・関心とのずれが生じている状況が推測される。

転学意向については学力選抜の結果による要因が大きいとすれば、第2志望以下の大学まで納得のいく学部・学科選択がなされたのか。退学意向については、推薦・AO入試も背景にあるとすれば、そもそも大学進学を決める段階で、大学で学ぶ意思を突き詰めて明確にしたのか、という進路選択の問題も推測される。

また、授業への取り組み、不適応が生じる。図6は、授業への適応度と転学・退学意向の関連を見たものだ。転学の意向や、退学意向は、当然のことながら、入学後の授業に取り組む意欲にも影響を与える。授業に関心を持てるグループを持てないグループと比べると、転学意向では17.8ポイント、退学意向については14.5ポイントと倍以上の開きが出ている。結果として、転学意向、退学意向ともに「授業についていけないと感じる」比率が高まるという構図が読み取れるのである。明確な因果関係は読み取れないが、このような、大学入学後の専門や授業への不適合による意欲低下が、転学、退学への意向に結びつく可能性は大いに予想可能だろう。

図5. 学問分野一致度別にみた「転学」「退学」の意向(思う[よく+たまに]の比率)

学問分野一致度別にみた「転学」「退学」の意向

図6. 授業適応度別にみた「転学」「退学」の意向(思う[よく+たまに]の比率)

授業適応度別にみた「転学」「退学」の意向
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【2】不幸な転学・退学を抑制するための取り組みとは(では、どうすればよいか?)

1) 転学、退学を考える学生の中にも相当の「大学満足感」がある。どのような経験を与えればその満足度を上げることができるのか。

こうした状況を前に、大学側はどのような対応策を講じるべきなのか。この知見を得るために一つのデータに着目する。興味深い事実がある。実は、転学意向ありとの層の中にも45.0%が、総合的にみて現在の大学に満足を感じている。退学意向を持つ学生の中にも35.3%が満足感を抱いている。(図7) この転学・退学層にも抱かれる大学満足度を上げる要因(大学での経験)が明らかになれば、大学が対応策を講じる上での、いくつかのヒントが導出できる。

図7. 転学・退学の意向と総合的にみた大学への満足感

転学・退学の意向と総合的にみた大学への満足感

【参考】方法としての判別分析

 本稿では試みとして、判別分析という手法を用いて、転学・退学層の満足度に対して大学でのどのような経験が影響を与えるのか特定を行った。判別分析とは、二つの特性の異なる群があるとき、これらを最も明確に仕分ける基準となる関数式を作成するものである。説明変数として算式に用いる項目について、二つの特性をもった群を仕分ける(ここでは、大学に満足か否か)ための影響力を見極めることができる。

 この手法を用いて、以下の二つの解析を行った。一つ目は「転学意向層」の大学満足度に影響する経験的要素である。経験的要素の領域としては、「授業経験」、「本人が授業に取り組む努力」、「大学生活で身についた成果」の3つである。「退学意向層」についても同様の手法で解析を行った。なお用いる変数は、ステップワイズ法を用いて、関数が統計的有意となるように、項目を吟味しながら設定した。結果は以下の図8、図9の通りであった。

図8. 「転学意向の学生」の満足度を上げるために大学が提供すべき経験

「転学意向の学生」の満足度を上げるために大学が提供すべき経験

注)ステップワイズ法により統計的有意となる項目を抽出して判別関数を作成。

図9. 「退学意向の学生」の満足度を上げるために大学が提供すべき経験

「退学意向の学生」の満足度を上げるために大学が提供すべき経験

注)ステップワイズ法により統計的有意となる項目を抽出して判別関数を作成。

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2)「転学意向の学生」は、しっかりと鍛えて、専門、思考力いずれも力を身につけさせることが重要。「この大学で学んでも成果が得られる」実感を持たせよう。

まず、「転学意向の学生」の満足度を上げるために大学が提供すべき経験について考える。解析結果をみると、授業の経験にしても本人の取り組みについても、グループワークに対する積極的な取り組みが満足度を上げる作用をしていた。授業経験については他にもレポートが課される授業が求められ、学習成果として、人と協力しながら物事を進め、専門分野の基礎的な知識・技術を身につける、筋道をたてて論理的に問題を解決するといった項目が求められていた。

転学意向を持つ学生は、第2、第3志望のいわば不本意入学が多いが、それが必ずしも大学で学ぶ目的が曖昧で完全に意欲喪失しているわけではない。むしろ、アクティブラーニングを推進する中で学び合う人間関係を築きつつ、専門知識、思考力なども含めしっかりと学生を鍛える教育を施すことで「この大学で学んでも、成果が得られる」という実感を持たせることが重要であると思われる。

3) 「退学意向の学生」は、初年次での大学生としての意識づけ、学び合う仲間づくりが重要。「この大学で過ごすことにも意味がある」実感を持たせよう。

「退学意向を持つ学生」の満足度を上げるために大学が提供すべき経験は何だろうか。解析結果を見ると、授業経験として、高校で勉強する教科の補習授業、ディスカッションの機会を取り入れた授業の影響が強かった。この他、学び合える友人関係、社会規範やるルールに従って行動するという項目の影響も見られた。

先述のように、退学意向層は大学に対する意識が全般的に曖昧である。これらの結果をみると、オーソドックスな方法ではあるが、まずは初年次において、リメディアルや授業での対話などを通じて、大学生としてのしっかりとした意識づけ、自己統制的な生活態度、信頼しあえる人間関係を築かせること。それを通じて「大学生として、この大学で過ごす意義」を自覚させることが重要といえるのではないだろうか。

【おわりに】

 ここまで、転学・退学の意向を持つ学生層を対象に、統計調査の結果をもとに、背景にある状況を概観した。また、判別分析という多変量解析を用いて、転学・退学意向を持つ学生の、大学満足度を高める要因・経験を特定し、大学における対応策の方向性について探った。この論考に掲げた提案については、各大学の状況に照らして大いに検証、議論していただきたいし、その結果を持ち合い「実践知」を高めていただきたい。

 しかしながら一方で、ここまで見てきたことは、いずれも生起した問題に対する対症療法であることも否めない。「そもそも論」として、例えば入試がいかなる状況に改革されようとも、18歳時点でどの程度の受験生が、自分の学ぶ目的と将来を明確に意識した状態で大学・専門を選択できるのか、という点については疑問がつきまとう。社会変動が激しく将来見通しが立てづらい状況の中では、尚のことでもあろう。 このことを踏まえるとき、一方では、明確な専門を定めずとも、大学で広く学習を進める中で、将来を踏まえ自分の専門を決めていく、Late Specialization を実現するカリキュラム・コース設計も、今日的な大学生の学習市場に即した方策として一考に値しよう。

2013年7月10日 掲載

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