人体模型や昆虫標本、さまざまな教科で使われる資料や掛図。かつて学校には、自分の身の回りにはない、ワクワクするものがたくさんありました。特に、明治維新から昭和の高度経済成長期頃までは、学校は地域社会を代表する最先端の「知」の象徴でもありました。しかし、インターネットの登場以降、誰もが世界の情報を瞬時に知ることができる時代になり、"場"としての学校に求められる役割も変化しつつあります。防災防犯、生涯教育、地方創生などの地域拠点としての重要性も増しています。いま、学校にはどのような可能性があって、どのように変わっていくべきなのでしょうか。

子どもの成育環境の研究者であり、文部科学省調査委員などもされている千葉大学大学院工学研究科の柳澤要教授の監修のもと、「多様な学びを促す学校の"場"づくり」の連載をスタートします。これからの時代に求められる学びを加速させる学校環境づくりについて、空間デザインなどのハード面と、そこで展開される深い学びのためのソフト面、その両面から取材していきます。

BERD編集長 石坂 貴明

多様な学びを促す学校の“場”づくり
概論:これからの学びと学校施設
千葉大学大学院工学研究科 建築・都市科学専攻 教授 柳澤 要

学校施設が子どもの発達と学びに果たす役割

学校をつくることは「日本の未来をつくる」ことと直結します。家づくりが家族の成長や関係をつくっていくのと同じように、学校に子どもたちの学びの場や互いの交流の場をつくることで、結果的に日本の未来を担うより良い人材が育ちます。日本ではこれまで閉鎖的な教室がほとんどで、先生の話をじっと座って聴くという形式の授業が長く行われてきました。それに対して、欧米では、発表やディスカッション、個別学習を重視し、それに合わせて教室も開放的な空間にしたり、1人で集中して学べる場やグループでリラックスして学んだり交流したりできるような場を設けるなど、多様な学びの空間・場を持った学校が多くあります。

日本でも最近「アクティブ・ラーニング」、つまり自ら発表する、グループでディスカッションするという体験型・対話型の学習の重要性が見直されるようになってきました。より主体的で深い学びのために、電子黒板や多様なICT(情報コミュニケーション技術)を取り入れる学校も増えてきています。従来のように受け身な学習ではなく、主体的に学び、討議し、発表したりする「アクティブ・ラーニング」を進めていくためには、教育内容や方法を変えるだけではなく、そのための教室・スペースや設備などを整備していく必要があります。老朽化の観点から、改修が必要な学校も全体の約7割あります。教育内容・方法などのソフト面だけではなく、それを支援するための、校舎や教室、設備などのハード面も変わっていく必要があるということです。

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学校施設の変遷とトレンド

学校の校舎は、時代とともに姿を変えてきました。江戸時代の教育は、近所のさまざまな年齢の子どもたちを集めて、読み書きを教える「寺子屋」が一般的で、寺や神社などが使われました。欧米の影響で近代学校制度が始まったのが明治維新以降で、大きな校舎で同じ教科を同じ学齢の子どもたちに一斉に教える教育システムに変わり、それが現在まで引き継がれています。戦後には人口の増加と共に均質的な教室が廊下に並ぶ「一文字型」の鉄筋コンクリート校舎が標準となり、全国に広がっていきます。教育環境は整備されましたが、個性のない校舎を大量につくり出すという結果も招きました。

70年代以降は、学校建築は「量より質」の時代に入っていきます。特に80年代以降は、少人数学習やチームティーチングなどの教育の個別化や多様化の方針が打ち出され、「多目的スペース」の設置が推奨されたりしました。また90年代以降は教育の情報化の方針のもと、コンピュータやインターネットなどの情報環境の整備が進められました。ただ、このような新たな教育思想に基づいた空間や設備が用意され、十分に活用されている学校はまだまだ少数のようです。

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これからの学びと学校・教室の“場”づくり

西南学院小学校
西南学院小学校

これからの学びや学校・教室のあり方を考えてみたいと思います。先ほど述べたようにこれからは子どもたちが主体的に取り組み、深い学びにつながることが求められると思いますが、そのためにはそれを支援するための校舎や教室、設備などのハード面の整備も重要です。具体的には個別・グループ学習、討論・発表などさまざまな授業形態に対応できるアクティブ・ラーニング型教室や多目的スペースの整備、PBL(課題解決型学習)や情報機器活用に対応する図書館やラーニングセンターの整備などが考えられます。実際、主体的に参加する授業が好きだという児童・生徒が増えていることが最近のベネッセ教育総合研究所の調査からも明らかになっています。今後も新しい学びに適した新しい環境づくりが求められていくでしょう。

また学校を学びの場としてだけでなく生活や交流の場ととらえ、生活環境としての質を高めることも大事です。木や自然素材を活用したインテリアや家具、子どもの目線や距離感に合わせたアルコーブやデン(※)、自然溢れる外部空間や明るく開放的な内部空間など、居心地がよく交流が触発されるような豊かな学校をつくることは、主体的な学びを促すという意味でも重要です。

東海村立白方小学校
東海村立白方小学校

さらに学校と地域、学校と家庭の連携を深めていくことも大事です。体育館、音楽室や調理実習室、図書館などの学校施設を放課後や週末に地域住民が利用できる学校開放は一般的になってきています。学校施設を社会教育・スポーツ教育の拠点として、またデイケア施設や幼稚園などと複合化して設置する事例もあり、相互の交流活動のプログラムをつくったりすることもあります。学校・地域・家庭が連携して学校運営に関わるコミュニティスクールも登場してきていますが、それらの連携を深めていくことは、学校内だけではなく、地域や家庭での主体的な学びを促すことにもつながり、学びを深めるという点からも重要だと思います。

※アルコーブとは、壁の一部に作られたくぼみや空間のこと。デンは隠れ家のような小空間のこと。
※著者プロフィールは記事の最後に掲載しています。

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【事例紹介】学習を活性化させる新ツール
千葉大学教育学部附属中学校の「スタンディングテーブル」

新しい教育の「“場”づくり」を実践するために、既存の教室に新しいツールを導入し、その効果検証をしている事例があると聞き、千葉大学教育学部附属中学校(以下千葉大附属中)を訪れた。千葉大附属中が導入したのは、スタンディングテーブルと呼ばれる、立ったまま使用できる学習机。今回、このスタンディングテーブルを使った3年生の英語の選択授業を取材することができた。

スタンディングテーブルを移動させて、授業開始

スタンディングテーブルを使用する生徒
スタンディングテーブルを使用する生徒

取材した授業は、選択授業のため、受講生は12人と通常の授業と比べて少ない。授業開始前になると、この授業を受ける生徒たちが同じ階の多目的スペースに並べられていたスタンディングテーブルを自ら教室内に移動させる。スタンディングテーブルを並べられるよう、既存の椅子と机は教室後方に片付けられ、オープンな空間がとられている。

授業を担当する横田梓先生は、今回の選択授業を計画するにあたり、スタンディングテーブルを効果的に使えるように「英語劇を作る」という授業を組み立てたと話してくれた。スタンディングテーブルの特徴のひとつが、「移動しやすい」ため、講義からグループ学習、また講義へと授業の形式を変えやすいということ。そのため、グループ学習を多く取り入れた授業設計にしたと、横田先生は言う。

立ったままでのグループディスカッション

スタンディングテーブルを使ったグループでの話し合いの様子
スタンディングテーブルを使ったグループでの話し合いの様子

授業の進行は、12人が2つのチームに分かれて、自分たちで好きな題材とシーンを選び、配役を決め、セリフを英語に翻訳し、最後には英語劇を披露するというもの。取材に行った日の授業内容は、シーン選びやノートへのセリフ書き出しなど。1つのチームは、ある企業CMを題材には選んだものの、まだシーンや配役が決まっていなかったため、スタンディングテーブルで円陣を組み、タブレットで題材を見ながら話し合いをしていた。

ノートをとるため、普段の椅子とスタンディングテーブルを組み合わせて使う生徒も
ノートをとるため、普段の椅子とスタンディングテーブルを組み合わせて使う生徒も

スタンディングテーブルが導入される前は、個人活動をメインにした授業をすることが多かったと横田先生は話す。新しいツールは、授業設計に新たなアイディアや広がりを与えるきっかけになっている。

学びのスタイルに合わせて、ツールを選ぶ

授業後にお話を伺った同校の三宅健次副校長からも、生徒の自主性の発揮やグループでの協議といった「アクティブ・ラーニング」で求められている授業と、スタンディングテーブルの相性はよいのではないか、とのコメントがあった。その一方「理科は理科室の方が学びやすいのと同じで、すべての授業にスタンディングテーブルが有効なわけではないと思います。たとえば調べ学習時には、固定された机で椅子に座って作業した方がよいでしょう。」との指摘もあった。取材した授業でも、ノートに日本語のセリフを写す作業に集中し始めた生徒は、スタンディングテーブルを低くし、普段使っている椅子を移動させ、それに座って作業をしていた。

実際にスタンディングテーブルを使った授業を受けた生徒からは、「眠くならない」「仲間とのコミュニケーションがとりやすい」「自由で楽しい」という肯定的な意見がある一方で、「(ずっと立ったままだと)疲れる」「姿勢が崩れてしまう」などの声もあるという。これに対し、三宅副校長は「スタンディングテーブルの方が疲れない、という声もありますが、その背景には積極的に参加する授業だと疲れを感じないという心理的作用もあるかなと思います。」と説明をしてくれた。

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キャスターがついていて、移動しやすいのがスタンディングテーブルの特徴

今後、「多様な学びを促す学校の"場"づくり」では3回にわたって、学校内の施設や教科ごとに工夫された教室など、比較的大規模に環境づくりをしている事例を紹介する予定だ。

しかしながら、本記事では既存の教室に新たなツールを持ち込むだけでも、先生の授業プランが広がり、生徒の主体性や授業の楽しさを引き出すきっかけになることをお伝えできたかと思う。このスタンディングテーブルは、株式会社岡村製作所が販売をしている商品。同社が公表しているオフィスワークを対象とした検証データ によると、「立ち/座り」を繰り返すことで「座り仕事」のみを続けた場合よりも眠気が抑えられる傾向があるとのことで、生徒たちの使用感とも一致している。ビジネスで活用されているツールを学校に持ち込むことで、授業やまなびのかたちが変わる可能性があることを目の当たりにできた事例だった。

柳澤 要(やなぎさわ かなめ)
千葉大学大学院工学研究科・教授/工学博士/一級建築士

略歴
1964 愛知県名古屋市に生まれる
1987 横浜国立大学工学部建築学科卒業
1989 東京大学工学系研究科建築学専攻修士課程修了
1992 東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程修了、工学博士
1992ー96 竹中工務店東京本店設計部
1996ー98 テキサスA&M大学建築学部客員研究員
1998ー07 千葉大学工学部デザイン工学科助教授
2007ー12 千葉大学大学院工学研究科准教授
2012ー 千葉大学大学院工学研究科教授

委員会
文部科学省等調査研究委員会委員
日本建築学会委員会
松戸市・木更津市・千葉市の審議委員会など多数

【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘、水野昌也
【取材協力】千葉大学教育学部附属中学校

記事や調査結果の掲載・引用について
研究所について
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