教育フォーカス

 

【特集27】新学習指導要領で求められる「言語能力」の育成とは
     ~言葉を通して思考力を育む~

言語能力や思考力を効果的に高める
教育活動や授業のあり方を考える【後編】

泰山裕

泰山 裕 ● たいざん・ゆう
鳴門教育大学大学院 学校教育研究科 准教授

園田学園女子大学講師を経て、現職。専門分野は、思考力育成、授業設計、授業研究、教育工学、情報教育。学習指導要領等の改善に係る検討に必要な専門的作業等協力者(中学校「総合的な学習の時間」)や文部科学省「次世代の教育情報化推進事業企画検証委員」などを歴任。
中村 和弘

中村 和弘 ● なかむら・かずひろ
東京学芸大学 教育学部 教授

神奈川県川崎市の公立小学校教諭や東京学芸大学附属世田谷小学校教諭を経て、現職。専門分野は、国語科教育学。中央教育審議会「言語能力の向上に関する特別チーム」委員、学習指導要領等の改善に係る検討に必要な専門的作業等協力者(小学校国語)などを歴任。
小野塚若菜

小野塚若菜 ● おのづか・わかな

進行/ベネッセ教育総合研究所

1.場面に応じて適切な「思考スキル」を選択する力を育む

小野塚 言語能力や思考力を育むためには、どのような指導を授業に取り入れるとよいでしょうか。

泰山 子どもの思考がなかなか深まらないのは、教員から「考えよう」と言われても、その方法が分からないからです。思考スキルで言うと、子ども自身が場面に応じて適切な思考スキルを選べない状況です。これまでの指導では、子どもの考えを深めたいときには、「Aさんはこう考えているよ」「前の時間はこう考えたよね」などと、参考になる考え方を示すことが多かったと思います。
 そうした指導と考え方は同じで、思考スキルの枠組みを示し、「この場面ではこの思考スキルが使える」と子どもが気づけるように声をかけてみてください。そうした経験を積み重ねていくと、どの場面でどの思考スキルを使うと考えやすいかが分かるようになり、徐々に自分の力で適切な思考スキルを選べるようになると期待できます。

中村 今のお話を聞いて、思考スキルを用いて指導する際のポイントが見えてきました。例えば、小学校低学年の国語で、おもちゃの作り方の説明文を書く学習活動では、説明を分かりやすい順序で記述するために、≪順序立てる≫が重要な思考スキルとなります。その際に、最初から「この順序で書こう」と教えるのではなく、「説明書を読むときには、どこに気をつけるとよいかな?」と順序を考える必要性に気づかせたり、「家の人に教えるとしたら、どのように説明しますか」と伝える相手を具体的にイメージさせた上で、順序立てて説明することを意識させたりするのがよいわけですね。

泰山 そうした気づきを生み出すためには、どの場面のどの考え方と同じなのかという「共通性」を意識させることが大切です。例えば、国語の授業で≪理由づける≫ができている子どもは、国語に限らず他教科や生活の中で理由を説明した経験から、「理由づけて説明するとは、こういうことだ」と理解しています。授業の中で理由づけて説明した後、教員が「今の考え方が、≪理由づける≫ということだよ」などと示すことが、思考スキルを定着させる有効な支援となるでしょう。



2.「思考ツール」が教員の思考スキルの意識化を促し、子どもの対話的な学びにもつながる

小野塚 そうすると、教員がまず思考スキルを理解し、意識することが、指導の第一歩になりますね。では、教員が指導の中で思考スキルを意識するためには、具体的にどうすればよいでしょうか。

泰山 まずは、思考スキルの枠組みをしっかり理解することが大事だと思います。最近、思考ツールを活用した指導が広がっていますが、その最大の利点は、教員が「子どもにどう考えさせたいか」を明確にできる点だと考えます。思考ツールを用いる場合、「この授業では比較をさせたいから、ベン図(図1)を使おう」などと、まず学習活動に求められる思考スキルをクリアにして、それに適した思考ツールを選ぶという授業設計が求められるからです。

中村 逆に、適切でないというか、効果のあまりない使い方もあるのでしょうか。

泰山 思考ツールありきの発想で授業を組み立てると、たいてい失敗してしまいます。育てたい思考スキルをしっかり見定められないからです。授業の中で育てたい思考スキルが適切に設定されていると、子どもの思考が非常にクリアになるとともに、子ども同士が対話を通じて思考を深めたり広げたりする、いわゆる対話的な学びにつながります。

小野塚 なるほど。思考ツールは、教員の意識づけになり、その結果、子どもの対話的な学びも促せるということですね。どのように促進されるのでしょうか。

泰山 思考ツールが示されることで、思考の結果のみではなく、「どのように考えたのか」ということも合わせて伝えることができます。例えば、子どもが自由に思考ツールを選べる場面で、ある子はベン図を使って比較し、別の子はXチャート(図2)を使って分類した場合、それぞれのツールを見せながら説明することで、お互いの思考の道筋の違いが非常に伝わりやすくなります。
 また、思考ツールには、思考の過程が残っているので、それが共有されることによる利点もあります。対話においては、思考の結果だけでなく、その過程を共有することが重要です。例えば、「AとBは似ている」「AとBは違う」という反対の結論を導いた2人の子どもがいるとしましょう。このような結論のみでの対話では、思考は深まりにくいですが、それぞれのベン図を共有すれば、「ここが重なるから似ている」「ここが重ならないから違う」と根拠を示して意見を述べることができます。そのような議論の中で、自分が知らなかった情報に気づいたり、同じ情報でも捉え方が異なると気づいたりすることができると思います。

図1 ベン図…比較をして、共通点と相違点を見つける際に用いる

スライド

図2 Xチャート…観点を決めて、情報を整理する際に用いる

スライド

中村 教育現場では、平成20年版の学習指導要領から、各教科で言語活動の充実が図られてきました。具体的には、どの教科の学習でも話し合いの活動が取り入れられてきましたが、その際、どうしても「どのような話し合いをさせるか」という指導方法の工夫に、先生方の目が向きがちでした。それも大切なことではありますが、言語活動の最大のねらいは、書いたり話し合ったりすることで、思考を活性化させることにあります。話し合いは活発になったけれども、それによって教科の学びがどのように深まったかが見えてこないと、言語活動は空洞化してしまいます。
 その課題をクリアするためにも、各教科の言語活動を通じて、「どのような思考力を身につけさせるのか」を、今一度見直すことが、平成29年版の学習指導要領の趣旨に照らし合わせても重要です。言語活動に思考スキルを適切に取り入れることにより、本来の意味での言語活動の充実につながると期待できます。



3.言語能力を教科横断的、系統的に育成する重要性

小野塚 言語能力は、教科横断的な視点から系統的に育むことも重要視されています。これについてはどのようにお考えでしょうか。

泰山 当然のことですが、社会のあらゆる問題は教科ごとに設定されていません。「この問題は、国語の知識を使えば解決できる」などと分かっていることはほとんどありませんから、私たちは、それまでに学んできた知識や技能を必要に応じて結びつけて発揮し、問題解決を目指すことになります。
 そうした力を育むためには、教科を横断的に結び、「国語で学んだ考え方が、算数や理科でも使える、日常生活の場面でも使える」といった経験を積み重ねることが大切です。多様な要素が入り交じる世界で子どもが活躍できるために教科の学習を行うのですから、各教科で学んだことを別の場面で使う練習が必要になるわけです。そうした意味で、教科横断的、系統的な指導は極めて重要だと言えます。

中村 国語の授業で習得できる、考え方や話し方、文章の書き方などは、他教科にも応用できます。そうした学んだスキルを生かせるように言語活動を工夫することで、各教科の学習のパフォーマンスを大いに高められるでしょう。そのためには、教科横断的な指導は欠かせません。
 一方で、体育の授業では競技の戦術について話し合ったり、理科の授業では様々な事象を科学的に説明したりするように、それぞれの教科には、その教科に固有の言葉や言葉の使い方があります。各教科で言語活動を充実させる中で、「この教科では、こうした言葉や言葉の使い方が大切だ」と子ども自身が気づくと、その教科における「見方・考え方」が働くことにつながります。
 それら二つの視点を教員が意識して、各教科での学びをつなぐ指導をすることが大事になると考えます。それが、カリキュラム・マネジメントで求められていることの一つではないでしょうか。



4.言語・思考に関心を持たせる指導が、豊かな思考や発想をもたらす

小野塚 最後に、教育現場で指導にあたる先生方に対してメッセージやアドバイスをお願いします。

泰山 思考スキルを指導に取り入れる教員の方々にお伝えするのは、教員がすべてをコントロールしようとするのは負担が大き過ぎるということです。教員が正解を持ってない問題はたくさんあります。それでも、教員は子どもより多くのことを知っていますから、考え方を提案したり、必要な情報を与えたりしながら、子どもと一緒に悩み、考えてみましょう。学習のすべてをきれいにまとめようとせず、時には失敗を体験することも学習です。私が研究で関わっている「総合的な学習の時間」に先進的に取り組む学校では、教員の意見に対して、子どもが「それは違うと思う」などと発言する場面が見られることがあります。そのように、教員が何もかも段取りを決めて教えようとするのではなく、教員も協働するメンバーとして、子どもと一緒に議論するという態度が重要だと思います。例えば、国語の授業では、「こういった力をつけるために、この教材をどう読んで何を考えるのか」を、子どもと相談して決めてはどうでしょうか。
 それは、子どもに好き勝手に学ばせることとは異なります。思考を深めるために必要な知識を教え、子どもが思考スキルを活用できるように支援した上で、できるだけ自由に考えさせることを大切にすれば、子どもは自ら伸びていくはずです。

中村 全く同感です。言語や思考に関心を持つようになると、子どもから「こういう考え方もできる」「こんな言葉でも表せる」といった自由な発想が次々に出てきて、教員の事前の予想を超えていくこともあるでしょう。そうした姿が見られたら成功だと、私は思います。自分の手に余るからといって、「そこまで考えなくてよい」と子どもの発想を止めてはいけません。泰山先生がおっしゃるように、最初は子どもに伴走し、考えることのできる学習環境を整えながら、自由に考えさせてみる。すると、子ども同士で考えを広げたり、意外な発想が出てきたりして、教員にとっても新たな発見があり、授業が楽しくなるはずです。そして、こうした学習を通じて、子どもはそこで使われている言葉や言葉の使い方にも、興味を持っていきます。いわば、「言葉のアンテナ」が立つわけです。その「言葉のアンテナ」は、進学し、社会に出た後も、人としての成長を支えてくれるに違いありません。

小野塚 本日はたくさんの貴重なお話をいただき、ありがとうございました。




 

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