教育フォーカス

【特集32】
帝京大学町支研究室・横浜市教育委員会・ベネッセ教育総合研究所
共同研究:「働き方の改善」と「学びの充実」を両立できる学校づくりを目指して

第1回:なぜ、「働き方の改善」と「学びの充実」の両立が重要なのか?

帝京大学町支研究室・横浜市教育委員会・ベネッセ教育総合研究所は、共同で教職員の「働き方の改善」と「学びの充実」を両立できる学校づくりについて調査を行ってきました。
この結果に関する、以下のポイントについて、これから4回に分けて報告していきます。

第1回:なぜ、「働き方の改善」と「学びの充実」の両立が重要なのか?
第2回:両立を実現するためのポイントとは?
第3回:両立を実現するためのポイントを学校に聞いてみました
第4回:横浜市の取組について聞いてみました

教員の働き方に関する現状

 学校の持続可能性を揺るがす、教員の長時間労働が課題となっています。文科省の調査(2016)によると、過労死ラインを超えて働いている小学校教員が約40%超いると報告されています。TALIS2018の調査によると、日本の教員の労働時間の合計は、国際的に見ても、突出して長くなっています。
 また、教員を志望する学生が減っており、長時間労働のイメージは、若者を教職という場から遠ざけているとも言われています(例えば、一般社団法人日本若者協議会実施アンケート2022)。教員採用試験の倍率も年々下がり続けており、一部の自治体では倍率1倍前後になっています。

今回の調査は、こうした働き方の実態について調べています。
まずは、長時間労働を行っている教員の特徴について見てみました。

長時間労働と心身の状態との関係

 勤務時間については、「平均的な出勤時刻」と「平均的な退勤時刻」をもとに、月の勤務時間を算出しました。 その上で、「文科省の指針である時間外在校等時間月45時間」「過労死ラインである月80時間」を区切りとして、勤務時間について「短群」「中群」「長群」の3群に分けて分析しました。

 この勤務時間群別に、働き方に関連する項目を見てみると、以下のような結果になりました。

なお、以後のグラフは、各質問に「肯定的回答をした割合」を示しています。各項目は5段階の選択肢(「あてはまる」「ややあてはまる」「どちらでもない」「あまりあてはまらない」「あてはまらない」)で問い、そのうち、「あてはまる」「ややあてはまる」と回答した割合の合計を示しています。

〇勤務時間の長い教員は、短い教員に比べて、ストレスが高い傾向にあります。
〇現在の働き方に満足している教員は、勤務時間が長い群においては約19%であるのに対し、勤務時間が短い群では、約54%と大きな差があります。
〇そして勤務時間の長い教員は、「自分は幸せだと感じることが多い(Well-being)」の肯定率が、約65%と、勤務時間の短い教員の約76%よりも低くなっています。
  ※Well-beingとは、幸福で肉体的、精神的、社会的にも満たされた状態のことを言います。
 このように、勤務時間が長い教員は、ストレス、満足度、well-beingなどの点で苦しい傾向があり、是正が必要であることがわかります。では、長時間労働に向き合うにはどうすればよいのでしょうか。

長時間労働に向き合うためには?

①ジョブクラフティング:仕事のとらえ直し

 勤務時間を短くするうえでのヒントを得るために、勤務時間の短い教員の特徴を見ていきます。ここでは、勤務時間の短群と中長群の2群に分けて見ていきます。

 勤務時間の短群は、ジョブクラフティングを行っています。

ジョブクラフティングとは、
 仕事の取り組み方、関わる人間関係の在り方、仕事の意義づけという、
 3つの側面から、仕事をとらえ直すことです。

 「仕事をしやすくするために必要な作業を追加したり不必要な作業を減らしたりする」の肯定率が約82%と高く、勤務時間の中長群との差も大きくなっています。さらに、勤務時間の短群の教員の約70%が、「自分の担当する仕事を見つめ直すことによって、自分にとってよりやりがいのある仕事に意味づけしている」に肯定的回答をしています。

 仕事は、得てして前例踏襲に陥りがちです。この仕事はそもそも何のために行っているのか、必要な仕事は何か、といったことから見つめ直したり、その仕事の意味を改めて考えてみたりするといったことが、まずは必要であると言えるでしょう。

②ジョブクラフティングを可能にする組織の関係性づくり

 このような、教員個人の仕事に対する柔軟なあり方は、個人の努力だけでは限界があるでしょう。教員個人のジョブクラフティングを支える組織はどのようなものでしょうか。
 そこで、まずはジョブクラフティングに関連する3項目をもとに「ジョブクラフティング得点」(加算平均)を算出しました。次に、組織の特徴を表す以下の表の3つの項目について、肯定的回答をした「肯定群」と「それ以外」の群に分けました。そのうえで、各群について、ジョブクラフティング得点を見てみました。

肯定群 それ以外
「あなたの職場は、業務の効率化を推奨する雰囲気がある」 3.92 3.52
「過去の慣習・既存のルールにとわられることなく、柔軟に考えることが推奨される雰囲気がある」 3.86 3.65
「本音を口にすることで傷つけられることを心配しなくてよい」 3.99 3.59

 どの項目においても「肯定群」の方が高くなっています。この結果から推察すると、組織において、業務の効率化が推奨される雰囲気、過去にとらわれず柔軟に考えることが推奨される雰囲気があることや、本音で話せる心理的安全性を感じられることが鍵になりそうです。ジョブクラフティングで仕事のやり方を変えていくには、様々な調整が必要であり、その調整が本音ベースでできることが重要だといえそうです。
 つまり、長時間労働の解決の鍵は、ジョブクラフティング行動とそれを可能にする組織の心理的安全性を担保できる関係づくりがポイントです。

働き方改革は、何を見据えて行うのか

 ここまで、長時間労働の解決について考えてきましたが、ここで改めて立ち止まって考えてみたいことがあります。
 そもそも、教職員にとって最大の使命は教育活動の充実にあります。つまり、子どもたちが主体的に学べるように、教育活動を改善していくということです。特に今は、急激な社会の変化や、新型コロナウイルス感染症が猛威をふるう中、学校では新しい学習指導要領に基づく教育がスタートし、GIGAスクール構想で新しい環境や新しい学び、教育内容を導入・実現していく必要があります。

 もちろん、長時間労働など、学校や教員の持続可能性が危ぶまれる中では、こうしたことの実現はなかなか難しいことかもしれませんが、長時間労働の是正さえすれば良いのではなく、教育活動の充実も無視することはできないでしょう。

 辻・町支2019によると、「時間外業務の削減に罪悪感やためらいを感じるか」という問いに対し、36.6%の教員がためらいを感じると回答しています。時間を削減すると「子どもたちのためにやれることが減ってしまい、子どもたちの成長を阻害する」と感じていると思われます。つまり、教育活動の充実を無視した働き方改革は、子どもの成長にやりがいを感じる教員が意気消沈したり、反発してしまったりする可能性があります。

 一方で、時間を削減したり、様々な仕事を効率化したり、長時間労働を是正したりすることによって、心身が充実するとともに、生み出された時間や労力をより必要な部分に投入し、より充実した教育活動を行える可能性も秘めています。

 そこで、まずは、働き方と子どもたちの成長との関係について見てみましょう。
 勤務時間の3群別に、子どもたちの成長に関する項目を見てみると、以下の表のようになっています。

主体的・対話的で深い学びや探究的な学びが実現できている実感がある 41% 39% 45%
各教科の資質・能力が伸びている実感がある 45% 50% 49%
子どもたちが将来幸せに暮らせるための資質・能力が高まっている実感がある 47% 43% 44%

 学習指導要領が示している「学び」が実現できているという実感や、子どもたちが伸びている実感という点では、勤務時間の群別の差はほぼありません。勤務時間を短くするだけでは、「子どもの成長」という教員の1番の使命を実現することにはつながらない可能性があります。

子どもたちの成長につながる「鍵」は、教員の学び

 では、子どもの成長という使命につながることは、何なのでしょうか。本研究では、その鍵は教員の「学び」にあると考えています。
 調査では、校内研究や校内研修、日常の対話など、様々な場を通じて「学べている」かどうかを尋ねました。この質問に対する回答をもとに、学べている実感が高い群(学び_高群)、中くらいの群(学び_中群)、低い群(学び_低群)の3グループに分類しました。その3群について、子どもの成長に関する項目を、比較して見てみると、

 学び高群の教員の多くが、「学習指導要領が示している『学び』が実現できているという実感」や、「子どもたちが伸びている実感」を感じていて、学び低群の教員との間に圧倒的な差があります。

 また、何より、学び高群の教員は、「自身の成長」を感じており、教員が「学べていること」は、教員自身の成長とともに子どもの成長に結びつくと考えられます。

課題は、「学べている」教員は、勤務時間が長くなる傾向にあること

 しかし、一方で、懸念もあります。
 勤務時間と学べている実感との関係について見てみると、学び高群の教員ほど、勤務時間が長い傾向にあることがわかりました。

 前述したとおり、勤務時間の長さは、ストレス等、心身に良くない影響を生じさせている可能性があります。そのためたとえ学べているとしても、同時に、そういった危険な状態にあるとすれば、それは持続可能ではないと言えるでしょう。

課題は、「働き方の改善」と「学びの充実」を両立させること

 ここまで見てきたことをまとめると、次の課題が浮かび上がります。

  • 「勤務時間の短い教員」ほど、ストレスが低く、Well-beingが高く、働き方の満足度も高い傾向にあるが、それだけでは、学校教育の使命である、「これからの教育の実現や子どもの成長」には必ずしもつながっていない可能性がある。
  • 一方、「学べている教員」ほど、「これからの教育の実現や子どもの成長」や、「自分自身の成長」を実感している傾向にあるが、勤務時間が長くなる傾向にある

 長時間労働は、重大な課題であり、その短縮が必要です。一方で、「教員が学び、自身が成長しつつ、子どもたちの成長につなげていくこと」も必要です。一見すると、この両者はトレードオフに陥りがちであることがわかります。学びが充実すると勤務状況は厳しくなり、時短を進めると十分に学びづらくなる可能性があります。このような状況は、持続可能性という観点で、決して望ましいものではありません。
 つまり、これらの両立を図ることが学校教育の持続可能性の観点からますます重要であることが、この結果からわかります。
 こうした点については、学校現場や教育行政が持っている課題感とも共通しています。
 横浜市としても、現在策定中の第4期横浜市教育振興基本計画素案の柱6「いきいきと働き、学び続ける教職員」において、教職員の育成と働き方改革の一体的な推進が必要と述べています。

第4期横浜市教育振興基本計画素案はこちらから参照できます。

 では、教員の働き方改革と、学びの充実を両立するにはどうすればよいのでしょうか。
次回は両立を実現するためのポイントについて、調査結果からひもときます。 (第2回に続く)

第1回:なぜ、「働き方の改善」と「学びの充実」の両立が重要なのか?(この記事)
第2回:両立を実現するためのポイントとは?
第3回:両立を実現するためのポイントを学校に聞いてみました
第4回:横浜市の取組について聞いてみました

*本調査では、教職員に「出勤時刻」と「退勤時刻」の回答を求める形を採り、その回答から一日の勤務時間を算出しました。その上で、ひと月あたりの平均的な平日の日数である22日をかけて、月あたりの勤務時間を概算しました。なお、横浜市教育委員会では、ICカードで時間外在校等時間を把握しており、例年「横浜市立学校 教職員の働き方改革プラン」の取組状況を公表しています。

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