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激しい社会変化のなかで、子どもや大人の生活や学びはどのように変化しているのか。
そこに現れるさまざまな社会課題に対して、ベネッセ教育総合研究所はどのような取り組みをしているのか。
当研究所の研究員たちが、自身の研究も踏まえながら課題や展望を論じます。

子どものウェルビーイングに重要なレジリエンスを育むために

ベネッセ教育総合研究所 小川 淳子

小川 淳子

レジリエンスは逆境や困難があったときに立ち直り、回復する力

人は皆、生きている中で、大小様々な困難や逆境に向き合わざるを得ない場面に遭遇する。それは子どもも同様であり、直近では新型コロナウイルスの影響で、世界中の子どもたちの生活や学びが脅かされる事態となったことは記憶に新しい。また地震、台風、洪水、異常気象といった自然災害は、日々の生活を送る上で避けて通れないものである。病気や障害、貧困など、困難な環境を抱えながら生きている人もいるし、些細ないざこざやストレスは、日常的に誰にでも発生する。
このような状況下で、いまレジリエンスの概念が注目されている。OECD(経済協力開発機構)では21世紀を生き抜くために必要なスキルのひとつとして、レジリエンスを扱っている(OECD, 2019)。コロナ禍の時期には、レジリエンスが取り上げられるニュースが英語圏の国々で多く見られた。レジリエンスは社会情動的スキル(非認知能力)のひとつであると言われ、その定義には諸説あるが、概念の中核は「困難な状況にもかかわらずうまく適応する力」「逆境や困難があったときに立ち直り、回復する力」である(Masten, 1990; 小塩ほか, 2021)。本稿の前半では、筆者らがすでに発表した論文(Ogawa et al., 2024)をもとに、コロナ禍という困難な状況下において、レジリエンスがどのように子どものウェルビーイングを支えていたかを紹介する。後半では、そのレジリエンスを育むための環境について、これまでに実施した調査結果などをもとに議論する。

コロナ禍における子どものウェルビーイングとレジリエンスの関連

ベネッセ教育総合研究所が運営を支援するチャイルド・リサーチ・ネット(CRN)*1では、2021年8~11月に、日本を含むアジア8か国(日本、中国、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、台湾、タイ)の5歳の子どもをもつ母親を対象とした「子どもの生活に関するアジア8か国調査2021」を実施し、結果を論文(Ogawa et al., 2024)として発表した。先行する調査や研究では、コロナ禍の長期化によって多くの子どもが心身に不調を感じ、ウェルビーイングが脅かされていることが明らかになっていた(Mochida et al., 2021)。そこで Ogawa et al. (2024)では、コロナ禍における子どものウェルビーイングを予測する因子を検討した。予測変数としては、初めに、困難において子どもの発達にポジティブに働くと明らかにされている子ども本人のレジリエンス(Masten, 2014)に着目した。さらにブロンフェンブレナーの生態学的システム論(Bronfenbrenner, 1994; Guy-Evans, 2020)を参考に、母親のコロナ感染拡大不安、世帯年収、友達および園/学校サポートおよび家庭の要因、そして子ども本人の日常生活要因を予測因子として設定し、これらの因子が目的変数である子どものウェルビーイングをどのように予測するかを分析した。
ウェルビーイングの測定について、本調査では、QOL(Quality of Life=生活の質)を広く測定するKINDLR尺度を使用した。KINDLR尺度は「身体的QOL」「心理的QOL」「自尊感情」「家族関係のQOL」「友達関係のQOL」「日常機能(学校や園)」という6領域で構成されている(Ravens-Sieberer & Bullinger, 2000)。またレジリエンスについては、PMK-CYRM-R尺度を使用し測定した。この尺度は、「子ども個人に関わるレジリエンス(Personal resilience)」と「養育者等に関わるレジリエンス(Caregiver resilience)」の2領域で構成されている(Resilience Research Centre, 2018)。
分析結果より、子ども本人のレジリエンスが、設定した他のどの予測変数よりも、子どものウェルビーイングを正の方向で強く予測することが明らかになった。8か国の全体データでの分析だけでなく、国別分析においてもすべての国において同様の結果が得られた。このことから、コロナ禍のような困難な状況下におけるレジリエンスの重要性が示されたと言えるだろう。

レジリエンスをどう育むか

では、子どものウェルビーイングの実現に重要なレジリエンスを、どのように育めばよいのだろうか。レジリエンス研究の第一人者であるマステンは、若い人たちの「レジリエンス要因」として「効果的な養育と子育ての質」「(親以外の)大人との親密な関係」「親友や恋人」「知能や課題解決能力」「自己制御、情緒的制御、計画性」「成功への動機づけ」「自己効力感」「信仰・信念、希望、生きることに意味があることの信念」「効果的な学校」「効果的な地域社会、集団としての効力」をあげている。そして、これらは一般的な意味での発達の良好さと関係する諸要因とほぼ同じものであると述べている(Masten, 2014)。

それでは、CRNで実施したアジア8か国調査の結果からはどのようなことが言えるだろうか。全体データから日本のデータを抽出して、子どものレジリエンスに関連する要因について重回帰分析を実施したところ、日本では①母親の応答的な養育態度、②母親の子育て肯定感、③デジタルメディア使用時の親のサポート、④園(保育者)のサポート、⑤遊ぶことができる友達の数が、子どものレジリエンスに正の関連を示すことが明らかになった。ここまでは、マステンが示した「レジリエンス要因」に即した結果となっている。上記①③④について、調査結果をさらに具体的に見ていくと、①母親の応答的な養育態度変数のうち、子どものレジリエンスに特に関連していた項目は「温かく優しい声で話しかける」「スキンシップをとる」「子どもが求めることに応える」「やりたがることに取り組める環境を用意する」であった。また③デジタルメディア使用時の親のサポート変数のうちでは「子どもが使用・視聴するものを親が選ぶ」「子どもが使用・視聴している様子を気にかける」「使用・視聴時間を決めるよう声をかける」「子どもが難しいことに取り組めるよう支援する」という項目が、④園(保育者)のサポート変数のうちでは「保育者/先生は子どものことを気にかけてくれている」「子育てについて相談できる保育者/先生がいる」という項目が、子どものレジリエンスに特に関連していた。

これまでのところ、子どものもっとも身近にいる「親」にかかわる変数が、子どものレジリエンスに関連する要因として複数あがったため、さらに①母親の応答的な養育態度、②母親の子育て肯定感、③デジタルメディア使用時の親のサポートといった「親」変数を目的変数に設定し、その予測要因を確認するため、支援にかかわる変数を説明変数とした重回帰分析を実施した(全体データを使用)。その結果、①母親の応答的な養育態度、②母親の子育て肯定感について、もっとも強く正の方向で予測していたのは、「園(保育者)のサポート」変数であった。③デジタルメディア使用時の親のサポートを目的変数として設定した分析においても、「園(保育者)のサポート」は予測要因として2番目につけており、「園(保育者)のサポート」が、子どもの成長発達だけでなく、いかに保護者の態度やメンタル面を下支えしているかが、うかがい知れる結果となった。

まとめと考察

本稿を通して論じたことを改めて整理し、考察を添える。
1)コロナ禍(困難な状況)での子どものウェルビーイングには本人のレジリエンスが強く関連していた。設定した他のどの予測変数よりも、本人のレジリエンスが、子どものウェルビーイングと強い正の関連を示したのである。子どものウェルビーイングに対するレジリエンスの重要性が示されたと言えよう。
2)子どものレジリエンスを育むには、保護者のサポートが重要である。保護者の温かな働きかけ、本人がやりたがることに取り組めるような環境設定面での支援に加えて、デジタルメディアの視聴時間設定など、ときには親子の間で一定のルールを設けることが、普段から子どもの適応力を高め、子どものレジリエンスの向上につながることが示唆された。
3)園(保育者)のサポートは、子どものレジリエンスはもちろん、保護者の精神的な安定にもつながる大きな要因であった。調査実施時点において、日本では通常通り登園している子どもがほとんどであったが、オンラインとのハイブリッド保育や、登園していない子どもが一定割合を占める国も複数あった。今後の有事においても、園と家庭とのつながりが途切れずに済むような施策を講じるのが望ましい。

上記の結果を踏まえて、現在、保育者を対象にレジリエンスを育む実践に関するインタビュー調査を実施している。保育者から子どもへのかかわり方の具体事例を収集し、整理分析することを通して、引き続き「レジリエンスをどう育むか」について検討していく予定である。園はもちろん、学校や家庭でも参考にできるように情報を整理し、発信していきたい。

*1 チャイルド・リサーチ・ネット(CRN):
学際的な「子ども学」研究所。世界の子どもを取り巻く諸問題を解決するために研究や情報収集・発信を行い、日本語・英語・中国語の3言語のウェブサイトで発信している。
日本語サイト:https://www.blog.crn.or.jp/

参考文献

OECD's Centre for Educational Research and Innovation, Oct. 1, 2019, Educating 21st Century Children Emotional Well-being in the Digital Age
https://www.oecd-ilibrary.org/education/educating-21st-century-children_b7f33425-en

Masten, A. S., Best, K. M., & Garmezy, N. (1990). Resilience and development: Contributions from the study of children who overcome adversity. Development and Psychopathology, 2(4), 425-444.
https://doi.org/10.1017/S0954579400005812

小塩 真司, 平野 真理, 上野雄己編. レジリエンスの心理学. 金子書房, 2021

Ogawa, J., Mochida, S., Kimura, H., Liu, A., & Sakakihara, Y. (2024).
Finding Factors as Predictors of Children’s Well-being Focusing On Resilience During the COVID-19 Pandemic: Based on Analysis Results of the “Survey on Children’s Daily Life Among Eight Asian Countries 2021”. ASIA-PACIFIC JOURNAL OF RESEARCH IN EARLY CHILDHOOD EDUCATION Vol.18, No.1, January 2024, pp.3-24. The Pacific Early Childhood Education Research Association.
https://www.pecerajournal.com/detail/30006473
http://dx.doi.org/10.17206/apjrece.2024.18.1.3

「子どもの生活に関するアジア8か国調査2021」
https://www.blog.crn.or.jp/crna-research-activities.html

Mochida, S., Sanada, M., Shao, Q., Lee, J., Takaoka, J., Ando, S., & Sakakihara, Y. (2021). Factors modifying children’s stress during the COVID-19 pandemic in Japan. European Early Childhood Education Research Journal. DOI:10.1080/1350293X.2021.1872669

Masten, A. S. (2014). ORDINARY MAGIC: Resilience in Development. Guilford Press.

Masten (2014). ORDINARY MAGIC: Resilience in Development. The Guilford Press. (マステン 上山眞知子/J・F・モリス(訳)(2020). 発達とレジリエンス―暮らしに宿る魔法の力 明石書店)

Bronfenbrenner, U. (1994). Ecological models of human development. In International
Encyclopedia of Education, Vol. 3, 2nd. Ed. Oxford: Elsevier. Reprinted in: Gauvin, M.
&Cole, M. (Eds.), Readings on the development of children, 2nd Ed. (1993, pp. 37-43),
NY: Freeman.
https://www.ncj.nl/wp-content/uploads/media-import/docs/6a45c1a4-82ad-4f69-957e-1c76966678e2.pdf

Guy-Evans, O. (2020). Bronfenbrenner’s ecological systems theory. Simply Psychology.
https://www.simplypsychology.org/bronfenbrenner.html

Ulrike Ravens-Sieberer & Monika Bullinger. (2000). KINDLR Questionnaire for Measuring Health-Related Quality of Life in Children and Adolescents Revised Version Manual. Office of Quality of Life Measures.
https://www.kindl.org/english/information/

Resilience Research Centre. (2018). CYRM and ARM user manual. Halifax, NS: Resilience
Research Centre, Dalhousie University.
http://www.resilienceresearch.org/

小川 淳子. “コロナ禍での子どものウェルビーイングとレジリエンス【前編】―レジリエンスとは何か”. チャイルド・リサーチ・ネット. 2022-11-04.
https://www.blog.crn.or.jp/lab/10/41.html

小川 淳子. “コロナ禍での子どものウェルビーイングとレジリエンス【後編】―カギは"保護者の養育態度"と"園でのサポート”. チャイルド・リサーチ・ネット. 2022-11-11.
https://www.blog.crn.or.jp/lab/10/42.html

小川 淳子. “【論文掲載報告】コロナ禍において、レジリエンスに着目した子どものウェルビーイングを予測する因子の探究”. チャイルド・リサーチ・ネット. 2024-01-19. https://www.blog.crn.or.jp/lab/10/49.html

プロフィール

小川 淳子
ベネッセ教育総合研究所 研究員
おがわ じゅんこ

ベネッセコーポレーション入社後、子ども対象の英語教室事業を経て、2013年よりベネッセ教育総合研究所に所属し、チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)を運営。近年はアジア諸国の研究者からなるCRNA(Child Research Network Asia)を組織し、アジア8か国の研究者との国際共同研究を推進している。
https://berd.benesse.jp/aboutus/member.php#0303

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